第58話 私達を信頼していないってことでしょう
「何を驚いている。婚約者の顔を忘れてしまったの?」
カミーユはその言葉にはっと息をつめた。
「まさか。あなたは?」
「そう。久しぶり。8年ぶりね。カミーユ王子。随分と凛々しくなっていたから、全然分からなかったわ。この短剣を見るまでは」
そうして、短剣をカミーユから取り返すと、柄のところの紋章を指さす。
「この紋章は、ブエナビスタ王家の紋章でしょ。この剣の持ち主でブエナビスタ出身者と言えば、言わずもがな、よね」
先程までの礼儀正しい態度から一変、話しぶりが鼻につく。こちらが王子だと分かった途端に手のひらを反したということか。それとも今までの下手な態度は演技だったのか。
「そう。あなたの想像通り、私はソロモン国王女カノン・ギルリア・ソロモン。憂国の士とともに腐敗したこの国を正すため、活動している」
「丁度よかったわ。二人きりで話をしましょ。今後の事とか、ね」
「いらっしゃい」
カノンに手を引かれる。
「ちょっと待て。彼らを解放しろ」
カミーユは後ろで拘束されている仲間を指さし訴えた。
「ふふっ。それはあなたの態度次第」
「キスカ。4人を逃げられないようにしっかり拘束しておいて」
「はい。御館様」
御館様からの号令を受け、衛兵が締め付けを強める。
カミーユは臍をかんだが、仕方なしにカノン王女に従うことにした。
(くっ、詰めを誤った。まさか短剣の紋様の意味を知る者がいたなんて。なんて迂闊なんだ)
リーファは抵抗らしい抵抗をすることなく、衛兵の指示に従った。脳裏にはカノン王女の高笑いが浮かぶ。
(嫌な感じの女だ。フン)
結局、私達4人は、そのまま拘束され、部屋に閉じ込められた。ドアには鍵が掛けられ、入り口には見張りが立つ。
嫌悪感が心を支配し、同時に怒りが混みあがってきた。
カノン王女の言葉の1つ1つが癇に障る。
『ブエナビスタ王国カミーユ王子。婚約者の顔を忘れてしまったの?』
(カミーユがブエナビスタの王子? そして彼女がソロモンの王女で婚約者? はっ、何それ)
リーファは自身の理解を超えたこの現実を、怒りを持って猛烈に拒絶しようとしていた。
(有り得ない。有り得ない。有り得ない。絶対に有り得ない!)
目の前の枕をグーで、思い切り叩く。
ボコッ、ボコッという音とリーファの「クソッ」「エイ」という声が室内にこだまする。もう何十回枕を叩いたか、わからない。
3人は、とても話しかけられる雰囲気でないリーファをそのままに困った顔をしていた。
実際、事態は最悪だった。
カミーユが、このままソロモンに拘束され、言わば人質となれば、ブエナビスタはソロモンの言いなりに動かざるを得ないだろう。カミーユ王子の迂闊さを王と大臣は糾弾し、最悪の場合、カミーユはブエナビスタに見捨てられる可能性だってある。見捨てられないにしても、ブエナビスタはソロモンの下風について、下僕的な扱いで出兵を要請される可能性も否定できない。政府が行ってきた今までの努力を全て、カミーユの軽率さが無にしてしまう事態にさらされている。
イースが事態の深刻さを思って黙考する傍らで、リーファの文句と枕を叩く音がこだまする。
「婚約者が何よ。私だって、私だって。私達の絆はこんなもんじゃないんだから」
「王女だからって、なめんな」
枕を叩く音に声が混じる。心の声が、思わず漏れてしまっているのだが、リーファは気付かず、感情を爆発させたまま、まだ枕を叩いている。
さすがに、マキがリーファの元に行き、たしなめる。
「リーファ。気持ちは分かるけど、いつまでも枕に当たってたって仕方ないよ」
「分かってるわよ。そんなこと」
「でも、こうでもしてないと感情が抑えられない」
リーファは振り返ってマキを見つめると、切なげに声を張り上げた。
「カミーユは王子であることを私達に隠していた。こんなにも一緒にいたのに。楽しいことも苦しいことも一緒に過ごして、同じ景色を見ていた。そう思っていたのに違ってた。許せないわ。許せないからこうしてる」
そう言って、再び渾身の拳で枕を叩く。
「そうね。隠し事は良くない。私もカミーユさんが王子であることを隠していたってことは、許せない。その想いはリーファと同じだわ」
リーファは、枕をマキの目の前に差し出す。マキは頷いて目の前の枕を思い切り叩いた。
「私達を信頼していないってことでしょう」
リーファが悔しさを声にする。
「絶対に許せない」
悔しい思いを一言ずつ言いながら、マキと一緒に枕を叩く。そんなことをしても心が晴れないのは承知の上だ。
「でも、カミーユさんだって何かの事情があって言えなかったんじゃないの。私達がカミーユさん達に正体を言えないのと同じように」マキの小声で言った一言に、動きが止まった。
リーファは拳の跡が残った枕を見つめながら、落ち着いた声で言った。
「そうね。一方的に責めるのはフェアじゃないわね」
そして、怒りの矛先は、ハイドライドとイースに向けられる。
「2人とも、カミーユが王子だって、当然知ってたわよね」
「はい。存じ上げていました」
リーファの剣幕に、ハイドライドがビクッとして返答する。
「なら、こんな危険な場所に一国の王子を連れてくるなんて、ダメじゃない。王子の身に何かあったらどうするつもりだったの?」
「僕は止めたんだけど、あいつがどうしても行くってきかなくて」
「それでも止めるのが友達でしょ」
「はい。ごもっとも」
ほとんど八つ当たりに近い感じだったが、ハイドライドはリーファに叱られてシュンとしてしまった。
「リーファさん」
「何よ」リーファは、続けて声をかけてきたイースにも噛みつく。
イースはリーファの剣幕にも全く動じない。
「カミーユは、他でもないあなたのことが心配で、危険を覚悟の上、身分を偽ってまで船に乗ってきた。身分を偽ってまで。そのことだけは覚えておいて欲しい」
「・・・・・」
リーファはイースの視線を受け止める。
「分かりました。分かりましたわよ。自分だけが被害者みたく騒ぐのはもう止めるわ」
リーファは表情を鎮めると、涼しい顔をしているイースに聞いた。
「聞いていい? カミーユは、あのソロモンの王女と将来、結婚するの?」
「直球で聞いてくるね」イースは苦笑いする。
「こういうのは個人の感情より国と国との利害が絡むから、正直分からない。ただ、過去、カミーユがまだ小さい頃にそんな約束を交わしたのは事実だ。国交が断絶してうやむやになってるけど」
「ふーん。婚約は本当なんだ」リーファは自棄気味に呟いた。
「私がソロモンに行くって言って、カミーユが私を心配でついて来て。ソロモンに来たら婚約者に再会して」
「そっか。私は恋のキューピットってやつね。なんだぁ、そうかぁ」
リーファが宙を見ながら呟いた強がりが、痛々しさをともなって部屋にこだまする。その姿は力なく寂し気だった。
「疲れたわ。ちょっと横にならせて」
そう言うとベッドに横たわり、壁の方に顔を向けてしまった。
「まあ、無理もないわね」
マキが呟く。
「リーファは何事にも一生懸命な子だから。こんなことなってしまったことに、あの子なりに強く動揺してるのよ。カミーユさんが王子だったとか、婚約者がいたとか、信じていたことと違うことがいっぺんに心の中に押し寄せてきたから、不安で不安で、でも自分ではその不安をどうすることもできなくて」
「ごめんなさい。強く当たってしまって」マキはリーファに代わって様子を見守っていた二人に謝った。
「いいよ。いきなり王子とか婚約者とか言われれば、そりゃびっくりもする。カミーユも本当はどこかのタイミングで言うつもりだったんだと思うよ。リーファさんのこともマキさんのこともすごく大切に考えていたから、本当は自分の口できちんと報告したかったんだと思う」ハイドライドが理解を示してくれる。
「マキさん、ハイドライド。俺らも少し休もう。どっちみち、今ここで話しててもどうにもならない。答えはカミーユが持ってくる。それまで待とう」
「了解」
イースの提案に対し、二人は一斉に返事をした。




