第54話 キスカ・レン
「グロティアは、ソロモンの宰相だ。権勢は国王をしのぎ、実質的にソロモンの政治経済を動かしている人物だ」
リーファの問いに対してイースが説明してくれる。
「その宰相様が狙われている?」
「グロティア失脚を狙う反対派閥か。あるいはグロティアが何かを企んでそれを阻止しようとしているのか」
「他国の事なので、詳しくは知らないが、グロティアはかなり強引なことをして今の地位を手に入れたらしい。一度した約束を平気で破る人物でもある。正直俺は好きになれない」
イースの説明にハイドライドも同調する。
「同感だ。グロティアが裏で何をやっているかなど、それこそ叩けば叩くほど埃が出てくるだろうよ。グロティアが好き勝手して、この国の政治が乱れていると言っても過言ではない」
「私達は、そのグロティア側の人間だと思われて襲われた。そういうことなのかしら?」
「そのようだ」イースの淡々とした答えが返ってきた。
「んー」
(なんなの、全く)
納得いかないわ。人違いで襲われるなんて。
近くにあった小石を思い切り蹴り飛ばす。
「とにかくカミーユを早く安静にさせよう」
「そうね」
夜道を歩いていると、目の前に先程の黒布の襲撃者が現れた。
「!」
気配を全く感じなかった。
襲ってこなかったからよかったものの、襲われていたらアウトだったろう。
しかし、イースは感じていたのか、私とマキ、カミーユを背負っているハイドライドをかばうようにして既に身構えている。さらに左右と後ろを確認する。
イースが黒布の襲撃者に向かって話しかける。
「我々はグロティアとは無関係な者だ。道を開けてもらおう」
無言のまま超然と立つ黒布の襲撃者。
「何が目的か分からないが、後ろの者達には指一本触れさせない。俺が相手だ」
イースは剣を抜くと、相手に向けて構えた。
「待て。慌てるな!」
黒布の襲撃者は片手でストップのジェスチャーをしながら、落ち着いた声で話しかけてきた。
「私の名はキスカ・レン。憂国の士の幹部だ。先程の非礼については心からお詫びする」
そう言うと頭と顔に巻いていた黒い布を取った。
顔が露わになる。
端正な顔立ち、穏やかな目元、引き締まった唇、そして小顔。
(えっ、嘘っ。女?)
髪の毛は、後ろに団子状にまとめられていた。
呆気にとられている間に、キスカ・レンはこちらの間合いに入ってきた。
ハイドライドの背後にいるカミーユの様子を観察する。
「今はまだ苦しいだろうが、直に普通に呼吸ができるようになる。そうすれば歩くことも会話することも可能になる」
キスカ・レンは無表情のまま、そう言った。
「てめえ、人をいきなり殴っておいて、ごめんの一言で済ますつもりか」
ハイドライドが、キスカと名乗った人物に毒づく。
「ごめんで済ますつもりはない。もし良かったら、我々のアジトに案内する。そこで体力が戻るまで休養すればいい。夜道は憲兵隊が目を光らせているので危険だ。しかもその状態なら尚更憲兵隊に目に着けられる」
「てめえが、危険な目にあわせたんだろうが...」
「まあまあ」
リーファがいきり立つハイドライドをなだめる。
キスカ・レンが不思議な目でリーファを眺める。
「お前は、なんともないのか? 私の一撃は正確にみぞおちを突いたはずだが」
「平気よ。かすり傷程度だから」
キスカ・レンは信じられないというように、目を瞠った。
イースは剣を鞘に納めると、静かだが厳しい口調でキスカ・レンに言った。
「分かった。好意には甘えたいが、何故我々を襲ったのか、理由を聞かせてもらおう」
「・・・・・そうだな。当然の要求だ」
「もういい。出てこい」キスカ・レンは暗闇に向かって声をかけると、二人の若い女性が姿を現した。
「心配ない。私の部下だ」
(そう言えば、この人、頭領って呼ばれていたな)
リーファは、先程から顔色一つ変えない麗人とも言えるこの女性を横目でチラリと見た。
「ねえ、憂国の士の幹部ってことは、ニースさんの仲間ってこと?」
その言葉に反応して、キスカがこちらを向いた。少しだけ感情が顔に現れたような気がする。
「ニースを知っているのか?」
「ええ、ロカの村で一緒だったわ。村が憲兵隊に襲われて、私達は助けに向かったんだけど、子供が人質に取られてどうにも手が出ない状況で、ニースが現れて、私達と子供達を助けてくれた」
「・・・・・」
「ロカの村が憲兵隊に踏み込まれた話は聞いていたが...。お前達はその場に居合わせていたのか。ロカの村の件、詳しい話を聞かせて欲しい」
不愛想で能面のように表情を崩さないが、どうやら、素直な性格のようだ。 悪い人ではないような気がする。
「待て。それより、僕達を襲った理由が先だ。きちんと説明してもらおう」
ハイドライドが強い口調で言う。
「分かった。彼を安静にさせる必要もあるので、まずはアジトへ行こう。お互い話はそれからだ。少し歩くことになるが大丈夫か?」
「アジトだと?」
「信用できないというのなら、仕方がないが...」
「どうする?」と問いかけるキスカの視線に、ハイドライドが吹っ切れたように答えた。
「分かった。信用しよう。見ての通り、おんぶしながらなので早くは歩けない。そこは配慮していただきたい」
ハイドライドは背中のカミーユに声をかける。
「大丈夫か?」
「ああ。悪いな。世話焼かせて」
「もう少しの辛抱だ。行くぞ」
そうして、キスカ・レンは暗い路地に入り込んでいく。
後をついていくが、狭い路地から狭い路地へ、まるで迷路の中を進んでいるような感覚だったが、キスカは迷うことなく確信をもって進んでいく。
「こんな分かりづらい道をたどるのは、我々に道を覚えさせないためと尾行対策か?」
「そうかもしれないな」
ハイドライドとイースは、キスカ・レンを見失わないよう必死に追いかける。その後をリーファとマキが続く。
その内に大きな門扉の前に着いた。キスカ・レンが手に持ったランプで合図を送ると、頑丈そうな扉が内側から開かれた。
キスカと部下は開け放たれた門をくぐっていく。続いて私達が入っていくと、後ろで門が閉められる音がした。
辺りはすっかり暗闇に包まれている。
門内の仲間らしき人が、キスカ・レンに対して深々と頭を下げている。
暗いのでよく分らないが、庭園を思わせる造りの庭と古い大きな建物が見える。もしかしたら王族か貴族が昔使っていた邸宅なのかもしれない。建物に入り、部屋を案内される。ベッドが置かれた立派な部屋だった。とりあえず、怪我人のカミーユをベッドに寝かせる。
ハイドライドは、深呼吸してから椅子に腰かけた。
あれからずっとハイドライドはカミーユを背負って歩いてきた。その間カミーユの負担にならないように、常に気を遣っていた。
結構疲れているだろうに、そんな様子を微塵も見せずにたいしたものだと思う。
「ハイドライドさん、お疲れ様」
そう言って、ハイドライドに水を差しだした。
「ああ、ありがとう」
ハイドライドは、差し出された水を美味しそうにごくごく飲んだ。
キスカ・レンは、本部に帰還の報告をすると言って、部屋を出ていった。
「ここは、どこなんだ?」
ハイドライドが呟いた。
「さあな。見当もつかない」
イースの答えは素っ気ない。
カミーユの様子を見ていたリーファがみんなに知らせる。
「カミーユさん、寝てしまったみたい」
「寝かせておきましょう。いろいろあったし、疲れも溜まっていると思うから」マキが優しく答える。
カミーユの無邪気な寝顔を見ながら、リーファが呟いた。
「そうね」
自分も含めてですけど、人って何でもないことに意味を見出そうとしてしまいます。
何ででしょうね。
小説を書いていて「何で小説を書いているんだろう」とか「何のために生きているんだろう」とか思ってしまいます。
答えなんかないのにね。そう考えずにいられない。
人間だけが余計なことを考えて、その都度悩んでしまう。
面倒臭いですね、人間って。




