第51話 絆
聞きづてならない内容だった。歯を噛みしめる。
(ロカの村を燃やし尽くした、だと?)
カミーユは、ロカの村の子供達を思い出す。あの子たちが村の復興をどれだけ心の拠り所にしていたか。家を建て、畑を耕し、自分達の未来を新しい村に託していた。それを上からの命令だか何だか知らねえが、燃やし尽くした、だと。
怒りで、フォークを持つ手が震える。
「ハア、ハア」隣からハイドライドの激しい吐息が聞こえる。
ハイドライドは食事を中断して、一点を見つめながら深呼吸をして自分の感情を律していた。
(耐えろハイドライド。今、事を起こすのは危険だ。こんなところで捕まっては元も子もない)
カミーユがハイドライドに意識を向けていると、目の前でガタンと音がした。リーファが立ち上がっている。剣呑としたオーラが体中から沸き起こっている。横ではマキが慌てて手を引き、席に座るよう必死に宥めている。
(やばい)
リーファは、マキの手を振りほどくと、凄まじい足取りで歩き出す。
憲兵隊のいるテーブルの前に来て、今にも殴りかからんばかりの形相で睨みつける。
(止められない)
リーファの気迫に、カミーユも圧倒されていた。
憲兵隊たちは、突然のリーファの登場に呆気に取られている。
「あなた達、ロカの村に何をしたの?」
「何だ、お前?」
「答えなさい!」
店中に響くほどの大きな声で怒鳴りつける。
一方、憲兵隊は眉をひそめながらも平然として答える。
「ロカの村の関係者か? さては今の我々の会話を聞いていたな」
「なら、聞いた通りだ。我々の手で、村の家々に火をかけ、全て燃やした。誤解のないように言っておくが、村には誰もいなかった。あれは廃墟だった。廃墟をそのままにしておくと犯罪の温床になる。だから我々の手で犯罪の芽を事前に摘んだ。もしかしたら何らかの思い入れがあるのかもしれないが、それは我々の知ったことではない。我々は職務を全うしただけ。非難される言われはない」
憲兵隊の隊長とおぼしき者が、いけしゃあしゃあと言い放つ。
やったこと自体をとやかく言っても平行線のままだろう。相手には相手の正義があり、こちらにはこちらの正義がある。おそらくそれは何時間議論しても相いれないものだ。
リーファや我々は、その行為自体に怒っているのも勿論あるが、根本的にはそこではない。村を燃やすことを自身の出世のために考えていたり、面白可笑しく語っていることに腹を立てているのだが、この者達は、そんなこと露ほど理解しないだろう。
そうなるとリーファには申し訳ないし悔しい事この上ないが、この場は頭を下げて迅速に立ち去るのが正解だ。
カミーユはそう考えてこの場をなんとか収めようと考えたが、リーファはそんなカミーユの思惑などお構いなしに、隊長と思われる人物に平手打ちを食らわせた。
「あなたにとっては廃墟でも、あの村の子供達にとっては希望そのものだったのよ。それを手柄話として洋々と話すなんて、人間として最低だわ」
それだけ言うと、踵を返す。
憲兵隊は、色めき立ち、一斉に席を立った。
背後からは、彼の部下からの口汚い罵倒や恫喝の言葉が乱れ飛んだが、一切無視して元の席に座った。同席しているこちらの心臓は跳ね上がる思いだったが、本人はまるで平気の平左で、まるで何事もなかったかのように、ご飯の続きを食べ始める。
部下の一人がいきり立ち、リーファの隣まで来て詰め寄ったが、隊長がそれを制した。
「やめろ。こんなところで騒ぎをおこすんじゃない」
そう言われて部下は、拳を握りながら残念そうな悔しそうな顔をして、その場を去り、隣のテーブルに戻る。
隣のテーブルから、もの凄い威圧感を感じる。
カミーユは食事を途中で切り上げた。いざとなったら、事を構えることも覚悟した。
リーファは、黙々とご飯の続きを食べている。
(この状況で、ご飯を食べられるなんて、どういう神経をしてるんだ。彼女のメンタルの強さは尋常じゃない)
ハイドライドは努めて平静を装っているが、足はガタガタ震えている。
イースは、既に食事を終え、澄まし顔でコーヒーを飲んでいる。
(こいつの度胸もただものではない。まあ、イースは剣の達人でもあるから何かあっても切り抜けられる自信があるのだろう)
昨夜のイースの言葉を思い出す。
(考えても仕方ない、か)
(そう。考えても仕方ない。なるようになれだ)
そう思うと幾分気が楽になった。
リーファはご飯を食べ終わると、「ご馳走様でした」と言い、さっと席を立ち隣のテーブルに目もくれずスタスタと歩いて食堂を出ていく。そんなリーファの後をマキとイースが脇目も振らずについていく。カミーユとハイドライドが最後に席を立って去ろうとすると、憲兵隊の一人に腕を掴まれた。
「待て。さっきの女は連れだな。どう落とし前をつける?」
憲兵隊の低い声と刺すような視線が、ズシリとしたプレッシャーを与えてくる。
大きな「ドキン」を合図に心臓の激しい鼓動が全身を駆け巡る。体中の温度が一気に上昇する。
(捕まった。どうする?)
腕を掴んだ憲兵隊の方を向き、強い視線を返す。
(どうする?)
「ああ。僕の連れだ。連れがした非礼は謝る。申し訳なかった」カミーユは心の動揺を抱えながらも、淡々と答える。
憲兵隊は掴んだ手にさらに力を込めて握ってくる。
「そんなんで許されると思っているのか?」
(どうする?)
脳裏から声が聞こえる。
お前はお前の感じるままに全力で臨めばいい(イース)
大事なことと感じていながらなんだかんだと言い訳して、大事なことから目を逸らし、ひたすらリスクを避ける。リスクを冒すこと全てが素晴らしいとは言わないけど、リスクを恐れて何も考えられない。そんな大人にはなりたくない(ハイドライド)
謝ってください。私と...あなた自身にも(リーファ)
(そうか。分かったよ)
さっきまで、無難に切り抜けることばかり考えていたが、覚悟を決めた途端、自然と声が出た。怖さはなかった。
「別に許してもらおうとは思ってない。彼女の行為はやり過ぎだったが、あなた達にも非があった。軍事に関することは極秘事項のはずだ。それを声高らかにしゃべること自体、軍事規律違反で懲戒処分とされてもおかしくない。それを望むなら、僕たちをこの場で拘束すればいい。あなた達がロカの村を燃やしたと話していたことは、周りのお客さんが全て聞いている」
さあ、どうするとばかりに腕を掴んだ憲兵隊を睨みつける。
「オング、手を離せ」
隊長が忌々しそうに言った。
「さっきも言った通り、事を構えるつもりはない。行け」
掴んでいた手が離された。
隊長に軽く会釈すると、その場を後にした。
レストランを出たところに、イースとリーファ、マキが待っていた。
「ふう」
緊張感から解放されたことで、肩の力が抜けた。
(間一髪だったな。もし憲兵隊相手に居すくまっていたら、本当に拘束されていたかもしれない)
今更ながら、冷や汗が出る。
「お見事!」
イースがパチパチと手を叩きながら出迎える。
カミーユは抗議の声をあげた。
「冷たいじゃないか。さっさと行っちまって」
「いや、お前なら切り抜けられると思って。実際切り抜けてきただろ」
「・・・・・」
(こいつ確信犯か)
続いて、リーファが現れた。
にっこり笑って、手をグーにして差し出す。
カミーユは右手をグーにして、リーファのグーに合わせた。
そして、マキも手を差し出してきたので、同じように手を合わせる。
そのままの流れで、イースともハイドライドとも手を合わせ、そしてみんなもそれぞれグーパンチで仲間の健闘を称え、絆を確かめ合った。
リーファの暴走?によって憲兵隊と一触即発の危ない状況に陥った。
リーファの行動は危険極まる行為ではあったが、反面みんなの心の叫びを代弁する形でもあった。
みんな想いは同じだった。ロカの村を燃やした高慢な憲兵隊を、憲兵隊の悪意を黙っていられなかった。このまま見過ごしたくなかった。
リーファは許せなかったのだろう。あの村の子供達がどんな思いで生活していたか知っていたから。子供達の思いを全身で受け取っていたから。
一度は平謝りで、この危地を回避する手立ても考えたが、 リーファの想いを感じたからこそ、リーファの勇気と行動に見て見ぬふりをする訳に行かなかった。
船での時のリーファの言葉が頭によぎった。
「卑屈にならないで」
そういうことか。
危機の状況の中でも、仲間の想いは何よりも尊重しなければならない。仲間の想いを汚してその場を切り抜けての人生に何の意味があろうか。
リーファが目の前で示してくれた。
堂々と自分を生きるということを。
そう感じた時に、こんな奴らのために卑屈になっている自分に腹が立った。こんな奴らに負けてたまるかという気持ちが湧いてきた。
自分の意見を堂々と主張をして、危ない状況を切り抜けられたことは僕自身の成長の証とみていいだろうか?
リーファに対してもイースに対しても、ハイドライドにしてもマキにしても恥ずかしくない自分でいられただろうか?
まだまだと言われるかもしれないが、そんな少しだけ誇れる自分をみんなが手を伸ばして、仲間に迎え入れてくれたような、そんなうれしさがこみ上げてきた。
リーファが、目の前で本当にうれしそうに笑っている。
(恋か・・・)
何故か、イースの言葉が脳裏に浮かんだ。
それとは別に、言うべきことは言っておかなければと思う。
「リーファ。気持ちは理解できる。奴らを許せない想いは同じだ。けど、この国に来た本当の目的を考えると、自粛すべきだったと思う」
「ごめんなさい」リーファは素直に謝った。
リーファは正しい。だが、自重しなければならない場合もある。彼女もそれは理解しているはずだ。
(それにしても全く。いったいどんな心臓を持っているんだ)
目の前のかわいい仕草からは想像もつかない強心臓に、感心するやら呆れるやら複雑な気持ちだった。
リーファが僕の顔を見て、ニヤニヤしている。
「何?」
(なんだ、この笑顔は。なんか嫌な予感がする)
「一発殴らせて」
「はっ?」
「えい!」
そう言って、リーファは返事を待たず、カミーユのお尻に思い切りケリを入れた。
ゴッと音がして、激痛がお尻に走る。
「いっっっ。何すんだ」
訳が分からない。なんで僕は蹴りを入れられた?
蹴られたお尻に手を当て、痛みに堪える僕に関係なく、「あー、今度こそスッキリした」と悪びれることもなく、髪をかき上げながら空を見上げるリーファ。
(⁉⁉⁉⁉)
とってつけたような謝罪をされる。
「ごめんね。痛かった?」
「大丈夫」と言うのも違うような気がして、「痛い」と一言言ってムッとして睨み返していると、「そんなに怖い顔しないで」と返ってきた。
手持ちの袋から何か取り出し、僕の顔の前に差し出す。
干し肉だった。携帯用の非常食。
「これあげるから許して」
「はい。あーん」
さっき憲兵隊の前で啖呵を切った彼女と同一人物とは思えない程な柔らかい甘えた態度を示してきた。
呆然としていると、無理やり干し肉を口に突っ込まれた。
「はい。これでチャラね」
なんか無茶苦茶な気もするが、こんな彼女とのやり取りは案外楽しかった。
ずっと緊張しっぱなしで息がつまる思いだったから、それにリーファの笑顔も久しぶりな気がする。
(たまにはこんな風にふざけあうのもいいか)
お尻がジンジンするけど、上機嫌のリーファを見て、許すことにした。




