第30話 プレゼント
「ああ、美味しい」
差し出される料理を次々と平らげながら、リーファは満足げに湧き上がる感情を素直に言葉にした。
「いつも、こんな美味しいご飯をいただいてるんですか?」
「いつもという訳ではないが、美味しいご飯を食べて、健康を維持するようにしておる。食はエネルギーの根源じゃからな。病院食というものはどうも物足りない」
会長も食事を美味しそうに食べるリーファとマキを見て、満足そうに目を細める。
会長の選んだお店のご飯は、人間界に来て一番の美味だった。出てくる料理の全てが想像以上の美味しさで、思わず頬が緩む。
何でもデグレトで一番美味しいお店らしい。照明を落とした内装の感じもよく、会話も弾む。
「本当に美味しいですね」カミーユが明るい表情で、会長に料理の感想を言う。社交辞令ではなく本心からの言葉のようだ。
「カミーユさんに、そう言っていただけるのは、光栄の至りです」
会長がカミーユの感想に対して、言葉を選びながら丁寧に返す。
リーファは、不思議に思った。
(何だろ。豪快なお祖父ちゃんなんだけど、カミーユさんとハイドライドさんには、態度も言葉遣いも随分と丁寧だな。お客さんだからかな)
誰もそこについては触れていない。会話も違和感なく進んでいる。
(いっか。別に)
一通り食べ終わって、お腹も気持ちも満足で寛いだ雰囲気となる。テーブルを見ると料理が少し残っている。そう言えば私達だけご飯でシェルは外で待っているのだった。残った料理にもう誰も手を付けようとしていないのを見計らってリーファが声をかけた。
「あの。残った料理、もらってもいいですか?」
「外で待っているシェルにも食べさせてあげたいんです。今回、ヘルマンの息子さんを発見できたのはシェルのお陰でもあるんです」
「おおっ。外で待っているかわいいワンちゃんか。そうじゃな。承知した。では容器に入れさせよう」
ダルクファクトは店員を呼んで指示すると、店員が残った料理を取り下げて持ち帰り用の容器に入れ直してくれた。リーファはそれをうれしそうに受け取る。
そして、気になっていたことを聞いてみた。
「ヘルマンさんは、これからどうなるんですか?」
ヘルマンは組織を辞めると言っていた。会長がバラリスを追放したことで、今まで通り組織で仕事することになりそうだとは、ヘルマンと会長の会話で察しがついていたが、実際どうなるのか。そのヘルマンは、息子と一緒に一足先に家に帰っている。
「わしの元で引き続き働いてもらう。子供はヘルマンがどうしたいか聞いて、一緒に住みたければ住めばいいし、病気が心配なら入院すればいい。奴次第じゃな。治療費は会社で一時的に負担してもいいと思っている。返済については、無理せずできる範囲で返してくれればいい。心配はいらん、悪い様にはしない」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろした。
「ところでお嬢さん」
「リーファです。会長さん」
「リーファさん」
「わしはお前さんが気に入った」
「私も会長が好きになりました」
「そうか」
ダルクファクトは途端に表情を崩し、顔を赤らめる。
「お前さんに、わしから特別にプレゼントをしたい。何か希望があれば、1つだけ願いを叶えよう。どうじゃな。何かあるか?」
二人は完全にお爺ちゃんと孫娘のような関係になっている。
イースも普段見せない祖父の楽しそうな姿を目を細めて見守っていた。
「えー。いいんですか?」
リーファがはしゃいだ声を出す。
「いいとも。何でも叶えてやる」
「じゃあ、お願いしよっかなー」
「何じゃ」
「でも、さすがに難しいかな」
「ははは。わしにできないことはない。遠慮するな」
ダルクファクトは胸を張る。
「本当?」
リーファは、一瞬戸惑いを見せたが、意を決して言ってみた。
「私...。私、ソロモンに行きたい」
「どうしても行かなきゃならない用事があって。船出してもらえますか?」
和気藹々とした雰囲気が、一瞬にして凍り付いた空気感に変わった。
その場にいる全員から笑顔が消えた。
「あれっ。私、言ってはいけないこと、言ってしまったかしら」 リーファは空気の変化を察知したが、それでも笑顔でみんなの様子を窺ってみる。
「ソロモンって」
ハイドライドが何か言おうとして口をつぐんだ。
マキが小声で聞いてくる。
「行かなきゃならない用事って、あれのこと?」
「うん」
やれやれ、といった表情を見せる。そして他のみんなの反応を窺う。
ダルクファクトは先程までとは打って変わって、真剣な表情で何か考え込んでいる。
重い沈黙の中、カミーユが口を開いた。
「ソロモンは、戦争の真っ最中だ。厳戒態勢を敷いて、出入国を厳しくチェックしている。とても行ける状態じゃない。行ったとしても帰ってこれるかどうかも分からない。どうしても行かなきゃならない用事が何だか分からないが、今は止めた方がいい」
「同感だ」
イースが同調する。
ダルクファクトが難しい顔をしたまま、鋭い眼光を向けてくる。
「そうだな。今、ソロモンに行くなど自殺行為もいいところだ。その用事はソロモンに行かないとできないことなのか? ここに留まったままでやれる方法をまず考えてみることだ」
リーファはゆっくり深呼吸する。
「私の用事についてお話しないと納得していただけそうにないですね」
前を向き、姿勢を正した。そして、少し目を伏せるようにして静かに自らの事情を語りだす。
「ここでお話しすることは他言無用にお願いします。ここだけの話として、心に留めていただけますか?」
休みの日は、小説の執筆と洗濯・掃除が日課。
床には見た目では目立たないけど、いつの間にかホコリが溜まっている。
掃除は面倒だけど、きれいな部屋はやはり気分がいい。
次回、「リーファの憂い」です。




