第3話 海中での出会い
アンデルセン童話「人魚姫」をリアルに今風な物語として描いてみました。世界は愛で満ちている、そんな愛のあふれる物語を描いています。
-海底1000m-
岩礁に囲まれた海底の一部の洞窟から、妖しい光がこぼれていた。
洞窟内は、小さな光が無数に輝き、まるで満点の星空のように、精彩な光を放っている。
その中で、上半身は人、下半身は魚の形をした女性の人魚が、大きな泡の前で意識を集中させていた。
人魚は、上半身だけを見ると人間の成人女性とほぼ同じ姿形をしているが、おへその下辺りから鱗に覆われ、足の代わりに、先端に大きな尾びれがついている。洋服的なものとして、上半身には白いふわふわしたベールのようなものを身にまとっている。
人魚の見つめる大きな泡の周囲には、中くらいの泡が5個、ふわふわと浮かんでいる。
大きな泡には、海上の船の様子が映し出されている。嵐の中を航行しているが、既に船は斜めに傾いている。周囲の中くらいの泡には嵐の海の別の場面が映っている。
人魚は、しばらく真ん中の大きな泡を注視していたが、視線を右の泡に向けると、洞窟の入り口付近に向かって声をかけた。
「リーファ。いるんでしょ。リーファ」
洞窟の入り口付近では、10歳くらいの女の子の人魚がバンドウイルカと遊んでいた。金色に輝く髪に、透き通るような碧色の瞳の愛くるしい人魚だ。
「いい? これを投げるから持ってくるのよ」
そう言って、手のひらくらいの大きな貝殻を遠くに投げる。すると、それを見たイルカが全速力で、貝殻を追いかけていき、口にくわえて持って帰ってきた。
「よしよし。いい子いい子」
そう言ってイルカの頭をなでる。
通常、海中では水の抵抗があるため、物を投げても遠くには飛ばないが、人魚は特殊な能力で、遠くに飛ばすことを可能にしていた。
「リーファ。いるんでしょ。リーファ」
洞窟の奥から声が聞こえる。
「カレンおばさんの声だ。何だろ」
リーファは尾びれを小刻みに振動さえ、スッと洞窟の奥のカレンのいる場所へ移動していった。イルカも人魚の後を泳いでいく。
「はぁーい。何か用?」
カレンと呼ばれる人魚の前に、子どもの人魚がやってきた。
「リーファ。お願いがあるの」
「うん」
「これを見て」
そう言って、カレンは海中に浮かんだ中くらいの泡を指さす。
「人間の男の子が、海に落ちて沈みかけてる。この男の子を助けて欲しいの。海上には、他の人間がいるから海上に送り届けるだけでいいわ」
「うん。分かった」
「場所は、ここから北へ100m。北はあっちね。近くに着いたら、分かるように合図を送るわね」
「それと、くれぐれも姿を見られないように。姿を消す魔法は使えるわよね」
「できるよ」
リーファは、そう言うと自分の姿を消して見せた。
「いいわ! じゃあ、お願いね」
「行ってきます」
「シェル。行くよ」
リーファは隣にいるイルカに顔を向け、出発を促すと、洞窟の入口に向かって勢いよく泳いでいった。イルカも後を追っていく。
カレンはリーファとイルカが出発するのを見届けると、改めて泡に映る光景に目を向けた。
嵐は徐々に治まっていく。
「あれほど警告しているのに、なんで人間はこの海域を通ろうとするのかしら。お陰で余計な神経を使わなければならない」
泡に映るリーファを見ながら、カレンはため息を吐いた。
リーファは海面に向かって泳いでいく。
(どこにいるんだろう。そろそろ見えてもいい頃なんだけど)
その時、強烈な光が空から海中へ差し込んだ。
「おっ。いたいた。あれかな」
影が見えた方に進んでいくと、自分と同じくらいの年齢の男の子が、ゆっくりと海中を沈んでいくのが見えた。
リーファは男の子を抱えると、海面を目指す。
「プハッ」
海面から顔を出すと、ゴロゴロゴロと凄い音が空中に響き渡っていた。
「さっきの光は雷か。凄いな、カレンおばさん、雷も操れるんだ」
「さて、この子は大丈夫だろうか」
自分の抱えている男の子に目をやる。そこで初めて男の子の体温が尋常でないことに気付いた。
「うわっ。凄い熱じゃん」
「どうしよう。」
想定外の事態に狼狽する。
「そうだ。人間の仲間」
「仲間。仲間...。って誰もいないじゃん」
周囲を見渡したが、人影はおろか船もボートも見当たらない。
傍らの男の子を見る。
(呼吸が荒い)
(どうしよう。このままじゃ死んじゃうかも)
(死にそうな子をほっといて帰るわけにいかないし、かと言って岸まで運ぶには距離があるし。か弱い私には無理!無理!無理!)
顔をブルンブルン震わせながら、否定を肯定する。そして、目の前の現実を見て途方にくれる。
(はあ、どうしよう)
そこに後を追ってきたイルカが姿を現した。
「ちょうどいいわ。シェル。この子を背中に乗せて岸まで運んでちょーだい」
困惑するイルカの感情に関係なく、イルカの背に男の子を乗せ、呪文を唱えて固定化させると、イルカの手を引いて泳ぎだした。
「シェル。海面を泳ぐのよ。潜るのは禁止。ジャンプも禁止。いいわね」
イルカは目で頷くと、ご褒美をねだった。
「分かったわよ。帰ったら、好物の魚をたらふく食べさせてあげるから」
それを聞くやうれしそうに微笑んだ。
ここから陸地まで約100kmだが、途中に島がある。そこまでなら50km。人魚もイルカも最速だと50km/hで泳ぐことができるので、早くて往復約2時間の道のりとなる。しかし実際にはも少し時間がかかるだろう。
「さあ、出発よ」
大海原を、島を目指して泳ぎだす。
人魚リーファとイルカのシェルは、無心に泳ぎ続ける。
(はあ。疲れたわ。少し休もうかしら)
イルカに話しかけようとすると、男の子の苦し気な表情が目に入る。
(...。 もうちょっとだけ、頑張ってみようかな)
本作品をお読みくださり、ありがとうございます。
慣れなくて、投降をミスってしまいました。改めての投稿です。