第27話 小さな相棒
「シェル。おいで」
リーファの足元に、小さな犬が近づいてきた。
(小犬。チワワか?)
ヘルマンはリーファの足元にいる小さな犬を見た。雨が降った訳でもないのに、何故か全身びしょ濡れだ。
「犬の嗅覚は人間の1億倍だそうですね。息子さんの匂いが付いたものはお持ちですか?」
「そいつで探そうって言うのか?」
ヘルマンはリーファの足元でちょこんと座り込んでこちらをじっと見ているの犬をじっと見つめる。何となく頼りなさそうだ。
無理だろ、と言おうとして口をつぐんだ。
(こんなところでウジウジ悩んでいるより、この子とこの犬に賭けてみるか。今なら組織の監視もないし、ジャックも油断している)
(そうだ。やるなら今だ。もしかしたら運命の分かれ道というやつかもしれない。もしダメだったなら、運がなかった。それだけのことだ)
ヘルマンは拳をぎゅっと握りしめる。
「家に行けば、匂いのついたものはある。ついて来てくれ」
ヘルマンは走り出した。
(まずは息子を取り返す。そうすれば後はどうにでもなる)
知らず知らず胸が高鳴っている自分に気付く。気が急いた。
後ろから声が聞こえる。振り返るとリーファは遥か後ろをゆっくりと走っている。
「ねーちょっと! はぁはぁはぁ」
「そんなに早く走らないでよ!」
リーファは走るのが遅い上にもう息切れしていた。仕方なく彼女のスピードに合わせることにした。
教会の前で一旦別れ、15分後の再会を約束して、それぞれの家に戻ることにした。
リーファが家のドアを開けるとマキがリビングでお菓子を食べていた。
「おかえり。シェルは見つかった?」
「うん。この通り」
足元にいる小犬を両手で持ち上げてみせる。
「おっ。見事に犬に変身したわね」
犬のシェルが、マキを見てシッポを振る。
「仕草まで犬そのものになっている」
マキがシェルを前に楽しそうに笑う。
「シェル。こんな姿になっちゃって。あんたのご主人のわがままぶりも困ったものねえ。おっと吠えちゃダメよ」
「マキ? 犬をつなぐ紐ってどこだっけ?」
「棚の上に乗ってない?」
「ああ。あった」
「えっ、出かけるの?」
「うん。シェルと散歩」
「リーファ?」
「何?」
「嘘ね。どこへ行こうとしているの?」
マキが眉間に皺を寄せて、顔をぐっと近づける。
「ああ。あのね....」リーファは犬のリードを手で弄びながらマキの顔を見て、焦りながらも説明を始めた。
教会の前は広場になっている。
夜にも関わらず行きかう人は多い。
ヘルマンは壁に持たれてリーファの到着を待っていた。
家に着いた時も家を出てからも尾行がいないことは確認した。
約束の時間は過ぎている。
家に帰ったまま来ないということはないと思っているが、若干の不安があった。
(俺が彼女の立場だったら、見ず知らずの男の為に危険を冒すことはしない。それが常識ある人間の行動だ。例えこのまま彼女が現れなかったしても、それはそれで受け入れよう)
そう考えていた時、リーファが現れた。
「遅れてすみません」
「犬が通りの角々で何度も立ち止まって」
遅れた理由を釈明する彼女を見る内に、感動が広がる。
(約束したとは言え、本当に来た)
固まっているヘルマンをよそに、早速用件を切り出すリーファ。
「匂いのついたもの、ありますか?」
「ああ。これを。昔息子が大切にしていた玩具です」
リーファは受け取って、犬の鼻先に持って行った。
「さあシェル。これと同じ匂いを見つけてちょうだい」
シェルは匂いを嗅ぐと、走り出した。
「ちょっとシェル、走らないで」
リードを持つ手が持っていかれる。
ヘルマンは、再度辺りに目を配ると、リーファを見失わないよう距離を取りながら、後を追った。
30分程歩くと、病院に着いた。リーファは犬と一緒にそのまま病院の敷地に入っていく。
ヘルマンは失望を覚えた。
この病院は先日まで息子が入院していた病院だ。当然匂いはある。だが、目的はここじゃない。別の場所だ。
ヘルマンは走って、リーファにそのことを伝える。リーファはヘルマンから説明を受けると歩みを止め、しゃがみ込んで犬に話しかけた。
犬にこちらの事情が理解できるのか? ヘルマンは半信半疑で様子を見守る。
リーファは、距離を開けて待っているヘルマンに歩み寄る。
「やっぱり、こっちだって。ここから強く匂うし、ここ以外に匂いはないみたい」
「・・・・・」ヘルマンは腕を組んで考える。
「どうする?」リーファが意見を求めてくる。
「分かった。行こう。こいつの鼻が何を突き止めたのか、確認する」
リーファがそのまま行こうとすると、ヘルマンにたしなめられた。
「病院内は犬の持ち込みは禁止だ。バレないように服の中に隠そう」
「了解」
リーファはシェルを両手で持ち上げると、服の中に入れた。
「大人しくしててよ。シェル」
病院内は電気が消され暗かった。
受付に夜間勤務の看護婦が2人、書類を書きながら話をしている。
面会時間はとっくに過ぎている。見つかると面倒だ。
壁際で受付の様子を窺う。
その内、1人の看護婦が受付を出て行った。もう一人は書類作成に集中している。その隙を狙って、2人は受付を通り過ぎた。
暗い廊下を小走りで進んでいく。
階段を上がろうとすると、そっちじゃないというようにシェルが小さく吠えた。シェルは地下に続く階段を促している。
「こっちよ」
2人は、階段を駆け下りていく。
下りる途中で、リーファはつんのめった。何とか手すりに掴まったが、危うく転ぶところだった。
「大丈夫か?」
ヘルマンがそっと声をかける。
「平気」苦笑いで答える。
(もお、階段嫌い!)
しかしながら、犬が服から落ちてしまい、そのまま地下へ続く廊下を走っていってしまった。
「あっ」
それを見たヘルマンが犬を追いかける。
(まさかな。同じ病院の地下室に移されていたとは。ジャックめ、セキュリティがどうたら言っていたが、こんな簡単なカラクリに引っかかるとは)
ヘルマンは走りながら自嘲する。
やがて犬は、奥の部屋の前で止まった。
(あそこか)
部屋の前に到着したところで、中の様子を窺う。
(異常はなさそうだ)
ドアノブに手をかけるが、鍵がかかっている。
(くそっ)
(受付に戻って、鍵を奪うしかない)
廊下を戻ろうとすると、リーファがやってきた。
「ダメだ。鍵がかかっている」
リーファが、ドアノブに手をかけると、鍵の外れる音がして、あっさりドアが開いた。
「あれっ」ヘルマンが狐につままれたようにしている合間に、リーファとシェルが素早く部屋に入っていった。ヘルマンも気を取り直して後から続く。
そこには、ベッドの上で、スヤスヤ寝息を立てて寝ているロダンの姿があった。
「ロダン...」
ヘルマンは心配していた息子の無事な姿を見て、涙している。
「よかったね。息子さんに会えて」
リーファもホッと胸を撫でおろす。
「病気なの?」
リーファは覗き込んで尋ねた。
「2年前、体調を崩して以来、ずっとこの状態だ」
「そう。まだ小さいのにずっと病気なんてかわいそう」
「リーファ。ありがとう。君のお陰で息子に再会することができた。心から礼を言う」
「ふふっ、どういたしまして」何故か誇らしげなリーファ。
「息子はこのまま連れて帰る」
「大丈夫なの? 連れ出して。病気なんでしょ」
「ここは組織の息のかかった病院だ。俺は組織を抜け出し、もう二度と悪事に加担しない、そう誓ったんだ」
そう言って、ヘルマンは子供を背中に背負う。
「うーん」子供は声を出したが、また眠ってしまったようだ。
「行こう」
部屋を出て、地下の廊下を2人と1匹が音を立てずに歩いていく。
階段を上がりきり、1階に出る。
受付を窺うと、看護婦2人が、姿勢を正して座っていた。
「私とシェルが注意を引くから、その隙に玄関を出て」
リーファがそう言って飛び出したところで、病院の電気が一斉に点灯した。
「何?」
お陰様で少しずつですが閲覧数が上がってきてます。書きはじめの頃は閲覧数が伸びず、止めてしまおうかなんて思っていたりしましたが、今では続けて良かったと思ってます。
この小説を書き始める時に「例え一人でも読んでくれる人がいる限り書き続けよう」「書くことをとにかく楽しもう」と心に誓いました。
頑張りが即結果に結びつくとは限らないけど、一文一文に祈りを込めて書きます。
ちょっとでも「いいな」と感じてもらえれば幸いです。
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次回、「バラリスvsリーファ」をお届けします。




