第25話 悪意
ヘルマン・リックは、組織に挨拶に行く前に、病院に寄った。彼の一人息子が、その病院に入院している。病名は何度聞いても覚えられない難しい名前の病名だ。
いつもの個室をノックし、中に入る。
だが、病室はもぬけの殻だった。
ヘルマンは病室を間違えたと思い、もう一度ドアの外に出て確認した。そこで彼は初めて異変に気が付いた。
病院内の廊下を走って、医師のいる部屋へ駆け込む。
息を切らせながら、そこにいた医師に問い詰めた。
「201号室のロダン・リックの父のヘルマン・リックだが、ロダンは今どこに」
医師は仕事の手を止め、ヘルマン・リックに向き合う。
「今朝バラリス様が来られて、急遽病院を移すとかで、慌ただしく病院を移られました。聞いておられないのですか?」
医師は怪訝な表情を見せながら、焦りを浮かべるヘルマン・リックを見た。
「バラリスだと? 何故あいつが俺の息子を⁉」
「で、どこの病院に行った⁉」
「すみません。どこへ移られたかは分かりません。私が聞いても教えてもらえなくて」
「院長はいるか? 院長なら聞いているだろう」
「院長は今外出中です」
「くっ。もういい」
ヘルマン・リックは病院を出ると、バラリスのいる組織へと向かった。
「どけ!」
ヘルマンは部屋の前に立ちふさがるジャックの部下を張り倒すと、勢いよくドアを開けた。
「やあ、ヘルマン君。血相変えてどうした?」
部屋に入ってきたヘルマンに向かって、間延びした声が話しかけてくる。
ヘルマンの上司、バラリス・ガーラがそこにいた。オールバックの髪が光沢を帯び、細い目をさらに細めて、ヘルマン・リックに視線を向ける。
「どぼけるな。俺の息子をどこへやった?」
「ロダン君のことかな?」
「そうだ」
「あそこの病院は、セキュリティが不完全で、もっとセキュリティがしっかりしている病院に移ってもらった」
「ふざけるな。実の父親の俺に一言の相談もなく勝手なことをしやがって」
「それは失敬。何せ急なことだったもので、連絡のタイミングがずれてしまった」
「で、今ロダンはどこにいる?」
「教えて欲しいか?」
「てめえ、ふざけてんのか?」
ヘルマンは拳を握りしめる。
「その前に、ヘルマン。お前組織を抜けようとしてるって、本当なのか?」
「ああ、本当だ。今日にでもボスのところへ挨拶に行くつもりだった。お前の元で悪事に手を染めるのはもううんざりしていた」
「なんだ。その言い草。俺が悪いみたいで気に食わないな。お前だって、たいがい美味しい思いをしてただろ」
「うるさい。いいから、ロダンの居場所を教えろ」
「さあて、どうしようか」
バラリスは耳かきで耳をほじりながら、わざと話をはぐらかす。
耳かきを机に置き、両肘を机について、手の甲の上に顎を乗せた姿勢でヘルマン・リックに視線を送る。
「ヘルマン。お前は今まで組織に忠誠を尽くしてきた。俺はお前を高く評価している。そんなお前に提案がある。これから、この俺に俺だけのために忠誠を尽くせ。俺とお前が組んで、裏の世界で頂点を目指すんだ。どうだ、悪い話ではないだろ」
「組織を裏切るつもりか。ロダンはそのための人質って訳か」
「人質って訳ではないが、かわいい息子の命運は、お前の態度次第。お前が協力してくれるなら、今まで以上にちゃんとした治療が受けられる。断れば、息子の所在は永遠に分からない。おっと、動くなよ」
「俺に危害を加えたらどうなるか。ロダン君が生きるも死ぬも俺の命令一つ」
「ヘルマン。俺もお前も同じ穴の貉なんだ。今更足を洗うなんてできねえ。これからもお互い仲良くやろうぜ。なっ」
バラリスは余裕の表情を浮かべてニヤリと笑った。
ヘルマンは、事態の深刻さを悟った。
組織を抜け、悪事から足を洗って、息子と2人で新しくやり直すつもりだった。組織が肩代わりした入院費と薬代はボスと交渉して、何年かけても返済する覚悟はあった。ボスなら事情を話せば理解してくれる、そういう希望はあった。しかし、目の前の男バラリスによって、ヘルマンの希望は木端微塵に打ち砕かれた。
私事になりますが、Pixivで掲載している小説4作の累計PVが5万を超えました。
イエーイ!
投稿小説は現在投稿中の「永遠の人魚姫」(pixivは日曜投稿)と既に完結している二次創作3作(長編2作、短編1作)です。
興味のある方は、pixivの方へも是非遊びに来て、見てください。
※c-lab名で投稿(二次創作小説:四月は君の嘘、五等分の花嫁、鬼滅の刃(短編))




