第23話 ヘルマン・リック
二人に緊張が走る。
(まずいタイミングで、まずい男に)
リーファは、口をへの字にして相手を見据える。
荷物を持ったままでは逃げられない。置いて逃げるしかない、が、そのそも昨日同様、既に体力が限界でとても走れない。
やるか。相手は一人。やってやれないことはない。
だけど、パンチは昨日一回見せているから、当然警戒してくるはず。同じ手はくわないだろう。避けられたら、それまでだ。
ヘルマン・リックは、無言のまま視線をマキ、リーファ、荷物へと向けた。
リーファは思考を巡らせる。
これだけ人がいる。いざとなれば、大声で助けを求めてもいい。
「お困りのようでしたら、その荷物持って差し上げましょうか?」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
目の前の男は、表情を和らげ、笑みを浮かべた。
「いや、昨日は、怖い思いをさせてしまって申し訳なかった。信じてもらえないかもしないが、悪事はもうやらないことに決めたんです。私にも守るべき人がいまして、自分のせいで、その人に迷惑をかけられないと反省しました」
「市場を散策していると荷物を重そうに持って歩いているあなた達を見かけて、昨日の罪滅ぼしではありませんが、力になれることがあればと声をかけさせていただきました」
そう言って目の前の男は、丁寧に頭を下げた。
昨日とは打って変わっての紳士的な態度だ。
殊勝なことを言っているが、にわかには信じられない。
(罠だ!)
言葉巧みに私達を安心させたところで、仲間に連絡して、昨日の恨みとか言ってボコボコにしようと。
そうに違いない。
うまく考えたわね。この人混みで助けを求められたら、自分が不利になるから、荷物を持って私達を安心させた上で、人のいないところへ誘導するつもりなのね。
(どう返事をする?)
結構ですと言って、すぐ引くようなら白、あくまで食い下がってくるようなら黒。それで判断する。うん、名案だ。
(よし)
「けっこ...!」結構ですと言いかけて、口をつぐんだ。
(なんて悲しい目をしているの!)
顔は笑顔だが、その目は悲しみに満ちている。
「ねえ、左手を出して」
男は言われるがまま左手をリーファの前に差し出した。
リーファは、その手を両手で握ると、しばし目を閉じて意識を集中させた。
目を開けると、「いいわ。丁度重くて大変だったの。家の近くまで運んでもらえると助かるわ」と言った。
「えっ、ちょっと大丈夫なの?」
マキが驚いてこっちを見る。
「大丈夫。この人の言ってることは本当だわ」
「こっちです」言うとリーファは軽めの荷物を1つ持って歩き出した。
ヘルマン・リックも自分で話を振っておきながら、昨日の今日でこんなにすんなり信じてもらえると思ってなかったようで、きょとんとした顔をしていたが、慌てて荷物を持ってリーファの後に従った。
マキが隣に来て、ささやく。
「見えたの?」
「うん。嘘は言ってなかった」
王族の血統の人魚が使える魔法は多岐にわたっている。手を握っただけで相手の意図を読むことができる魔法もある。ただし、何でもかんでもではなく、相手の「知って欲しい」思いとこちらの「知りたい」思いが一致して初めて効力が現れる。
リーファは相手の目に悲しみが宿っているのを見て、何か事情があると察して、この魔法を使うことを思いついた。
「えーと、名前。何だっけ」
「ヘルマン・リックです」
「ヘルマン・リック。私はリーファ。そしてこちらはマキ」
「荷物ありがとう。重くないですか?」
「少し重いけど、このくらいなら全然問題ありません」
「お言葉に甘えるわ。もし疲れたら、言ってちょうだい」
「はい」
ヘルマン・リックは密かに目の前の女性を観察していたが、不思議な何かを感じていた。今までいろいろな女性に接してきたが、その誰とも違う、今まで接したことのないタイプだ。まだよく分らない謎の部分が多いが、1つだけ確かなことがある。先日繰り出したパンチといい、今日の自分を受け入れた態度といい、決断が早い。普通は困難に出くわすと、自分の感情に振り回されて、もっと迷ったり、あれこれ考えるために時間を必要とする。それがごく一般的な普通の人間の在り方だといっていい。しかし、この女性はそう言った迷いがない。よく言えば大物感漂う、悪く言えば無謀で危なっかしい。だが、と思う。
こういうのは、嫌いじゃない。
どこか清々しささえ感じる。
隣の人が何をしているか、いちいち気にしながら小さくまとまって生きるより、周りを気にせず自分の生きたいように生きる。そんな雰囲気を漂わせている。
(買いかぶり過ぎかもしれないがな)
何より悪事をしないと言った俺の言葉を即座に信用してくれたことが、驚きだったし、正直うれしかった。
そして、ヘルマン・リックはずっと気になっていたことを聞いてみた。
「先日のめっぽう強かった男たちは、お知り合いですか?」
「知らないわ。昨日初めて会った」
(やはり)
(助っ人の2人はイースとハイドライドと言ったな。俺の記憶にない名だ。もう一人は名前が分からない。あの男たちは何者なんだろうか?)
(あれだけの腕力であれば、噂が立つはずだが)
(それに何故か俺の名前を知っていた。組織の事もよく知っている風だった)
・・・組織か。もう俺には関係ない。この荷物を届けたら、組織とは、おさらばだ。
「ここでいいわ。ヘルマン。後は自分達で運ぶので」
「分かりました」
「ありがとう。とても助かったわ」
「どういたしまして」
「それでは、私はこれで」ヘルマンは別れの挨拶をして去ろうとすると「ヘルマン。頑張って」と声をかけられた。
(頑張って?)
ヘルマン・リックはリーファの言葉に、自分の心中を言い当てられたように感じたが、
(まさか、私が組織を抜けるために、今から組織を訪れるなんて知る由もないから、さよならと同義でたまたま言葉を変えて言っただけだろう)と解釈した。
【人物紹介】
カミーユ・テスラ・ブエナビスタ
性別 男
年齢 18歳
誕生日 3月23日(おひつじ座)
種族 人間(ブエナビスタ王子)
身長 175cm
体重 64kg
好きなもの チェス、アーチェリー(剣より弓の方が得意)、勉強の合間に飲むコーヒー
・10歳の頃、海に沈みかけているのを人魚に助けられる。
・性格は温厚。真面目な好青年。
・ハイドライドとイースは小学校時代からの親友。
・父親(現国王)からは、次期国王として少々頼り無げに思われている。
・隣国ソロモンに婚約者がいる。




