第21話 人魚姫と王子
リーファはつっけんどんに言い放つ。
「何を言っているのか、分からないわ」
「さっき手にした配当金の半分を俺達に恵んでくれないかな。今お金に困っててさ」
男は揉み手をしながら懇願してきた。
「何故初対面のあなた達に配当金を分けないといけないの。意味が分からない」リーファがあきれ顔で答える。
マキがリーファを肘で突いて合図を送る。
「リーファ。もういいから。立ち去りましょ」
「私達はあなた達に用はないので。それでは」
マキが雲行きの妖しさを察して、リーファの手を引いて立ち去ろうとすると
「おっと、そっちに用はなくてもこっちは用ありなんだ」
そう言って不愛想な方の男が、前方に立ちふさがった。
「通して頂戴」
マキが憮然と言う。
「通りたければ、金を渡すことだ。そうすれば手荒な真似はしない。どうだ」
人懐っこい方の男は上から目線で言い放つ。先程までの柔らかい口調から、鋭い口調に変わっている。
「お金は渡さない」リーファが毅然とした口調で言う。
「そうか。素直に俺達の言う通りにしていればいいものを」
「謝るなら、今の内だ。そうすれば許してやる」
男は落ち着いた態度でありつつも、恫喝を込め、じわじわ追い詰めてくる。
リーファはため息交じりに言った。
「面倒くさい人達ね」
「姉妹きっての武闘派のこの私にケンカを売るとはいい度胸じゃない」
「リーファ。人前で魔法を使うのは禁止よ」マキが横から釘を刺してくる。
「分かってる!」
「俺達としても、その美しい顔を傷つけたくないんだ」
人懐っこい方の男は、さらに心理的に追い詰めようと迫る。
「いいから。さっさと金を渡せ」
大柄の男がイラつきながら、マキの手首を掴んで睨みを利かせる。
「痛い!」マキが顔をしかめる。
途端にリーファの瞳が、赤く妖しい光を帯びる。
「リーファ。待って!」
港に続く大通りをカミーユは小走りで走っていた。
懐中時計を見ると、案の定、約束の時間を過ぎていた。
(この辺を曲がれば少しは早く着くかな)
小走りのまま、細い路地に入っていく。
「リーファ。ダメ!」
路地の奥から、女性の声が聞こえた。
(ん。リーファ?)
足を止めて、声がした方に向かってみる。
路地を折れ曲がると、二人の男性と二人の女性が何やら揉めているであろう場面に出くわした。よく見ると、女性が一人、大柄の男性に手首を掴まれ、苦しげな表情をしている。もう一人の女性は男に迫られ立ちすくんでいるように見えた。
(状況がよくわからない)
目の前の状況だけを見ると、若い女性2人を助けるべきなんだろうが、男達を悪と決めつけてしまっていいのだろうか。
カミーユは逡巡しながら、物陰から様子をうかがっていると、立ちすくんでいたと思われた女性が、女性の手を捕まえている男性の顔に、思いっきりパンチを食らわせた。高速回転をかけた見事なパンチだ。
大柄の男はその勢いで思い切り後ろにのけぞり倒れ込んだ。
そして、その瞬間、それまで後姿でしか確認できなかったその女性の横顔が見えた。
(あの時の子!)
カミーユは物陰から飛び出し、女性の後姿に声をかけた。
「おい。今の内だ。早く逃げろ」
手を掴まれていた方の女性が、こっちを向いて頷く。そのままもう一人の女性の手を引いて走ろうとしたが、どういう訳かその女性は、その場に立ちつくしたままだ。
カミーユは走って、その場に到達すると、女性の手を握って、強く手を引いた。
「早くこの場を離れよう」
そう促すと、ようやくその子は走り出した。
「リーファ、しっかり走って! 今は逃げるのよ!」
もう一人の女性が叱咤すると「うん」と言って、走りに集中しだした。
「待てっ」と言って、男4人が追いかけてくる。
(4人? 何故? 2人だったはず)
カミーユは不思議に思ったが、すぐに理解した。
(そういうことか? 最初から。仕組まれていたんだ。逃げても隠れている2人が取り押さえる。そういう算段だった)
カミーユは、女性の手を引きながら大通りに出た。
大通りを駆けながら、後ろを振り返る。
人通りの多い場所に出ればあきらめるかと思ったが、男達はしつこく追いかけてきた。
気付いたら待ち合わせのカフェの横を走り去っていた。
(......)
女性二人を見ると、呼吸が苦し気だ。走るスピードも落ちている。
「もうダメ。これ以上走れない」
リーファが、立ち止まった。膝に手を置いて、大きく呼吸している。
「私も」
マキも止まると、同じように、肩で息をしていた。
それを見た男達は、ここぞとばかりに走り寄ってくる。
カミーユは動けない女性達の前に立ち、二人を守る姿勢を見せた。
「ん。てめえは誰だ? どけよ。俺達はそこの女に用がある」
「どかねえなら、てめえもボコボコにすんぞ」
男達がカミーユに迫る。
「お前ら、最初からこの娘達が逃げても捕まえられるように事前に示し合わせていたな」
カミーユも負けじと睨みを利かせる。
「あーん。別にたまたま仲間が近くにいた。仲間が殴られたから一緒に追いかけた。それだけだ。お前に用はない。女に用があるんだ。どきな。ハンサム君」
尚もカミーユは立ちはだかる。
「女の子とお話したいってそれだけなんだけど。それの何が悪いのかな? 話をするくらいいいでしょ」
男は勝ち誇ったように余裕の表情を浮かべる。
「そっか。お前も、女の子の前でいい格好してあわよくば仲良くしようなんて、そういう魂胆か。同じ男だし気持ちは分かる、が、お前のヒーローごっこに付き合うほど、俺らお人好しじゃないんでね」
「なあ」
男の仲間から笑声が起こる。
「そいつらの目当ては私達のお金よ」
マキがたまりかねて言った。
「強盗か。立派な犯罪だ」
「犯罪? はーん。何を言ってるんだか。証拠はどこにある? そいつらが何故信用できる? 嘘ついてるかもしれないんだぜ。犯罪は立件できて初めて犯罪になる。立件できないものは犯罪にもならない。ふん。この国はそうやって嘘がはびこっている」男は何か含みのある言い方をする。
「まあ、いい。女達を人目につかないところに連行しろ」
人懐っこい顔の男がリーダーらしく、周りの男達に指示を出した。
「させるか」カミーユは女性に手を伸ばそうとする男の手を払った。
「おっと。お前の相手は俺だ」
カミーユは屈強な男に腕を掴まれ、背中に腕を回されると身動きがとれなくなった。
「残念だったな。途中までは格好よかったがな」
「離せ!」 カミーユは腕を掴んでいる男を睨みつけて言った。
カミーユの抵抗も虚しく二人の屈強な男が、体力がなくなって座り込んでいる女性二人の手を引き連れ去ろうとした時、男の頭上から人が降って来た。すかさず2、3発パンチと蹴りをくらわすと二人の男達はあっという間に崩れ落ちた。
突然現れた男は、振り向き様に言い放った。
「よう。ざまあねえな。何て様だ」
「イース。ハイドライド!」
イースはさらに、カミーユを捕まえていた男に体を寄せると、瞬く間にその男を気絶させ、最後に残った男の腕を締め上げた。
「ふっ。形成逆転だな。話は全部聞いた」
「本来なら、お前ら死刑に値する重罪を犯しているのだが、今回は見逃してやる。もう二度と我々とそこの女性に近づくな」
「いいな」
「くっ」男は追い詰められながら尚も、反抗を試みていた。
「いいな!」イースの声が怒号に変わり、さらに腕を締め上げる。
「いていて...。わかった」仕方なくと言った感じで男はイースに応じる。
「分かればいい。シンジゲート ジャッカルが裏で犯罪まがいのことをしている噂は本当だったんだな。もし約束を破ったら、組織にお前の悪事と失態を垂れ流す。分かったな、ヘルマン・リック」
「何故。俺の名を...」
男の顔面が蒼白に変化する。そして全身から力が抜けていった。
「分かった。二度と手出しはしない」
「よし。なら、行け」
イースは、締め上げていた男の手を離した。
男は、目を覚ました男ニ人の元へ駆け寄ると、まだ目覚めない男一人を担ぐよう指示して、仲間と一緒に立ち去った。
「ありがとう。助かったよ。イース、ハイドライド」
カミーユは起死回生の助っ人に礼を言うと、呆然としている女性達の元へ歩み寄った。
「大丈夫? 怪我はない?」
「はい。大丈夫です。助けていただき、ありがとうございました」リーファがカミーユに礼を言う。
「ごめん。実際、僕は役に立たなかったから」
カミーユが謙遜すると、
「そんなことない」とはっきりした口調で否定する。目には強い光が宿っている。そして、もう一度お礼を言う。
「本当にありがとうございました」
「では」
去ろうとするところで、カミーユは咄嗟に口を開いた。
「さっきのパンチすごかった。格闘の経験とかあるの?」
パンチを繰り出した女性が振り返る。桜の木の下で見た時と同じ顔が目の前にあった。やはりこの娘だ。間違いない。
「海でサメに襲われた時に使うんです。一番効果的なの」
リーファは、右手をグーにして、若干得意げな顔で、カミーユの前でパンチを繰り出してみせた。
(えっ? 海でサメに襲われる⁉)
「サメに襲われたことあるの?」
「もう、しょっちゅう。...ああ、ごめんなさい。冗談です。冗談。あはは」
何の冗談かよく分らないが、笑った顔はかわいい。こちらまで釣られて笑顔になる。
「今日は、本当にありがとうございました。ではまた」
カミーユ、そしてイースとハイドライドに向かって、それぞれ頭を下げると、そそくさと行ってしまった。
「あっ」
桜の木の下で会ったことを覚えているか聞きたかったけど、彼女はもう遥か先を歩いている。
(またいつか会えるかな)
そう思って、小さくなっていく後姿を見送った。
振り返ると、親友のイースとハイドライドが、ニヤニヤしている。
「んーと。どういういことかな?」
「待ち合わせに来ないと思ったら、女の子を連れて逃走中とは」
イースが肩に手をかけ、絡んでくる。
「しかも、めちゃくちゃかわいい子だったねえ」
ハイドライドも隣から視線を絡ませる。
「説明してもらおうか。王子!」
二人の声が見事にかぶった。
【裏話①】
文中でリーファがカミーユに「しょっちゅう鮫に襲われる」っぽい事を語っている場面がありますが、鮫またはシャチは基本人魚を襲いません。魔法を使える人魚は海中では、圧倒的な力をもっており生態系の頂点に君臨しています。鮫やシャチもそのことを充分承知しているため、鮫もシャチも人魚には手を出しません。
リーファはある過去の出来事によって、鮫に異様な敵意をもっており、鮫を見つけると敵を見つけたかの如く殴りつけにいくため、鮫にとってはいい迷惑なのだけれど、本人はそのことを全然わかっていません。
次週、「市場回遊」をお届けします。




