第192話 泡
戸惑っているリーファの姿に気づいたスーファが声をかける。
「どうしたの?」
「何か体が変なの」
「泡が浮き出て...」
スーファが近づいてきて覗き込む。
「!」
異変を聞いて他の姉妹3人も駆け寄ってきた。
「これは!」
「まずいわね!」
「超やばいじゃん!」
姉妹から口々に不穏な言葉が発せられる。
(やばい?)
(何が起こっているの?)
姉妹のただならない雰囲気を見てとんでもないことが起こっていることを予感する。
「エルファ!」
「うん」
スーファの指示の元、説明するのももどかしい感じでエルファがすぐに結界を張りながら魔法の準備にとりかかる。
そうしている間にもふわっふわっと体から泡が浮き出ては空中に浮かんでいく。
(泡が...)
(これってさっき見たシュラと同じ現象⁉)
(だとしたら...このまま消えてしまうの⁉)
スーファとサイファも魔法行使の体制に入る。
スーファが険しい顔をしながら説明してくれた。
「リーファ。あんたの体には呪いによる消滅魔法がかけられている」
「消滅魔法?」
「そう。人魚はその存在を秘匿するために、死ぬと肉体が泡化して無の存在になるんだけど、生きている状態で泡が出るのは魔法がその身にかけられていると見て間違いないわ。恐らくシュラが戦闘の最中か戦闘前に魔法をかけたんだと思う」
(呪い? いつの間に...あのシュラが...)
戦いの最中に?
私がシュラの分身に噛まれて意識を失っていた時?
それとも自分の死によって発動するよう予め設定されていたとか?
そう言われても何か腑に落ちない。
サイファが大声で叫ぶ。
「シュラ本人ではないわね。おそらくあの場にいた分身の仕業。シュラ本人はこんな姑息な手段は使わない。正々堂々と戦うし、自分の負けを認める潔さもある。あの分身にはそういうのは感じられなかった。消滅する寸前でそれまでの無表情から一瞬得体の知れない笑みを浮かべたのを見たけど、たぶんそれが理由だと思う」
サイファの言うことが正しいとすると、マキをかばって噛まれた時に体内に直接魔法を注入されたのだろう。
エルファの掛け声とともに私の周りに無数の魔法陣が現れた。
スーファとサイファから放たれた魔法が透明な膜となって私を包む。
スーファが私を安心させようと声をかけてくれる。
「そんなに焦んなくていいわよ。私達がなんとかするから」
「待ってて。ちょっとの辛抱よ」
落ち着きながらもテキパキと魔法の準備に取り掛かっている。3人はそれぞれ異なる魔法を使っている。
エルファは呪い(闇の魔法)の解呪のための分析魔法、スーファは私の呪いの進行を遅らせるための魔法、サイファは私の体力回復と分析中の現れるバグを取り除く魔法。
オルファはここに加わってない。体力の回復に専念している。魔法の回復には少し時間がかかりそうだ。
咄嗟の状況で3人のこの息の合った連携は流石としか言いようがない。
私も魔法を使って体の中の異物を追跡しようとしたが、何かにブロックされた。
一筋縄ではいかないようだ。
エルファの魔法を皮切りに、一斉に魔法がかけられる。
キーンという音やシューという音が耳に入ってくる。
心地よい薄い光が私を包んでくれる。
3人の姉の大きな愛を感じずにはいられない。
姉さん達はいつも末っ子でどうしようもない私を気にかけてくれた。
今もこうして姉さん達によって救われようとしている。
姉達の偉大さを改めて痛感する。
解呪の魔法開始から5分が過ぎた。
事態を軽く見ていたわけ訳ではないけれど、それ程時間をかけないで終わるものと思っていた。
人魚の中でも魔法レベルトップクラスの3人の手にかかれば呪いの魔法などすぐに解呪できるのものと。
でも、実際は私の楽観など嘲笑うかのように複雑で難解であるらしかった。
「エルファ。どうなの?」
サイファが魔法を使って状況解析中のエルファに聞く。
「かなり厄介だわ。簡単に解呪できないように幾重にもレジスタウォールが設定されている。レジスタウォールは1つ1つが暗号化されていて暗号の解読に成功しないと先に進めないようになっている」
「それにしても何このバグの量。次から次へとうじゃうじゃ。イカレてるわ」エルファが怒りをともなった声で不満をぶちまける。
「レジスタウォールへの接触によって発生したものとレジスタウォールが破壊された時に発生する残渣がバグとして大量に発生している」
「ため込むと分析の精度とスピードが落ちるから、大変だけどバグの処理手早くやって。よろしく!」
エルファは状況をひとしきり説明した後、ぶっきら棒に告げる。
「よろしくって...、で、どうなのよ。何とかなりそう?」
「ふざけてるわ。こんなの...こんなの解呪できる訳がないって、そういうレベルの魔法よ」
「はぁ⁉」
サイファが怪訝な顔で聞き返すとエルファはさらに説明を加えた。
「暗号解読しながら3分間で150のレジスタウォールを破壊したわ。厄介なのはこのレジスタウォールは細菌が増殖するみたいに自前で増え続けているって事。だから増殖を上回る速度で破壊し続ける必要がある。それともう一つ、レジスタウォールは暗号解読を行ったこっちの手の内を学習している。なので同じ手は通用しないし、解読に辿り着く寸前で暗号がリセットされるなんてことも起こっている。闇の魔法1つにこんなにも奥行きのある防御線を張り巡らせるなんて正気の沙汰じゃないわ。異常よ、異常。異常性格者。サイコパス」
普段感情を表に出さないエルファが感情を前面に押し出して捲し立てている。
エルファの口から出た「サイコパス」を聞いてエルファを除く全員が「あなたも充分その資格をもってるけどね」と声に出さずに呟く。
分身ごときが何故これほど高度な魔法を施行できるのかとの疑問が浮かぶが、恐らくシュラが奥の手として予め作り上げていたものをそのまま使ったと推察すれば有り得ないことではないだろう。
エルファの発言によってスーファとサイファの顔色が変わる。
二人が一斉に私の方を見た。
その時オルファから姉妹に対して指示が出された。
「みんな。女王から指示があったわ。リーファへの対応はそのままで場所を移して。海の中へ移動よ」
「了解」スーファとサイファが同時に返事をする。
「移動は?」解呪に専念しているエルファが聞く。
「私がやる。体力が回復して魔法も使えるようになったから」
「分かったわ。オルファ、お願い」
オルファの転移魔法によって、4人は地上から群青煌めく海の中へ吸い込まれていった。地上に誰もいなくなったのを見届けるとオルファも後を追うようにして海中へ潜っていった。
海の中ではみんな人魚の姿に戻って、それぞれの役割に従ってリーファの呪いの解呪を行っている。
魔法開始から12分経過。
エルファに疲れが見え始めてきた。
一進一退の繰り返しがいつまでも続く状況にイライラが募っているのかもしれない。ぶつぶつ独り言を言いながら、時に声を荒らげる場面が目立ってきた。
暗号の種類は様々あるが120万通りの数字の組み合わせから1つの答えを導き出すものもあると言う。聞いているだけで気が遠くなる。そういった暗号を既に500近く解読しレジスタウォールを解除しているエルファは魔法の実力、メンタルともに尋常ではないと言える。
「すごい。私とスーファもそれなりに魔法には精通しているけどレベルが違う」サイファが素直に感心する。
時間が経過するにつれ、リーファの体力も落ちてきた。スーファの魔法で制御されていると言っても泡化が止まったわけではなく、泡が1つ浮き出るごとに何百分の一かの割合で体力がなくなっていく。
「リーファ。必ず助けるからね」
そんな励ましの言葉に最初こそ言葉を返したり、元気に頷いたりしていたけど、だんだんとシュラと同じようにこのまま泡となって消えてしまうのかもと思い始めていた。
(魔法の天才と言われているエルファですら簡単には解呪できない闇の魔法)
消えるのは別に構わない。でも...。
今、頭に浮かぶのはカミーユへの想いだった。
(せめてもう一度、カミーユに会いたい。会ってちゃんと話がしたい)
(ちゃんと話をすると約束しておきながら、このまま消えてしまうのは切ない)
「リーファ!」
一際大きな声とともに女王ルナが目の前に姿を現した。




