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永遠の人魚姫 ~世界はやがて一つにつながる~  作者: 伊奈部たかし
第3章 天使と悪魔の顔をあわせ持つ人魚姫とそんな人魚姫に振り回されながらも優しさを失わない王子の揺れるブエナビスタ城 編
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第189話 宣戦布告

 サイファとオルファは走りながら、時には跳躍を織り交ぜながら地上を飛ぶように進んでいく。


 先行するメッセンジャーバードから位置情報が入ってくる。

(近い)


 木々の間を蛇行しながら飛行するメッセンジャーバード、そして小走りで進む人の姿が視界に入った。


「見つけた。足止めする」


 サイファは意識を集中させ魔法を唱えた。

草海グラスジュ


 シュラのいる場所を中心に半径10mの範囲で草が急激に成長する。成長した草は人の背丈ほどまで伸びてシュラを包み込んだ。


 シュラは立ち止まって、眞空刃の魔法を使って伸びた草を刈っていく。


 草を刈っていた真空刃の一部がサイファに向かって飛んでくる。サイファは真空刃の軌道を見極めると、冷静に軌道を変えて真空刃をシュラの元へと返した。


 サイファによって軌道を変えられた真空刃は弧を描いてシュラに迫ったが、シュラは最小限の動きで真空刃をかわした。

 真空刃はそのままシュラの背後の地面を大きく抉った。


 シュラはサイファの存在を確認するとニヤリと笑みを浮かべる。


 サイファとオルファの姉妹とシュラが対峙する。


「シュラ。もう逃げられないわ。残念だけど鬼ごっこはここまで」


 シュラは余裕の表情で返す。

「あら、人数が随分減ったわね」

「一人は仲間の治療のため離脱、一人はドラゴンの相手、もう一人は途中のトラップで石化ってところかしら」


「くっ」サイファは奥歯を噛みしめる。


「図星のようね」


「なあに。あんたを倒すのには十分な人数だわ」

 強がってみせるが、こちらの人数を削るシュラの策は見事にはまっている。


 シュラ。

 それなりの年齢のはずだがそれを感じさせない端正な顔立ち。頭脳明晰で魔法全般に精通し、超然と構える姿には凛としたものを感じさせる。

 現女王ルナの実姉で人魚界に残っていたなら、女王となったであろう人物。人魚界を追放された時に記憶を消され魔法を封印されたが、過去の記憶は戻り、魔法は使えるようになっている。

 ソロモン国で生活していたが、ソロモンの宰相グロティアとともにブエナブスタへ戻ってきた。

 涼しい顔を見せながらも心の奥底にある決意を秘めている。それは海底資源の爆発による世界の破滅。


 幸いにも世界の破滅は阻止できたが、その思想をどうにかしない限り、再び世界が危険にさらされる可能性がある。

 そして、彼女の暴走を止めるのは身内である私達人魚に課せられた使命でもある。


 サイファはシュラに気づかれないように足の具合を確認していた。

 神速は足への負担が大きい。疲れが残る今のままだと魔法の精度に狂いが生じる可能性がある。疲労回復も兼ねてひと息つくためシュラに会話を振ってみた。


「ねえ。あんた、ルナの姉さんだって本当なの?」

「ええ、本当よ。それがどうかした?」

「別に」

「何で、爆弾を使って人魚の国を破滅に導こうとした? 記憶を消され魔法を封印されたことを今でも恨んでいるってこと?」


 一番気になることを聞いてみる。

 短いやり取りの中で感じたことだが、シュラには知性がある。

 世界の破滅にしてもシュラなりの考えがあるはずだ。戦いの前にそれを聞いておくのは悪くない。聞いたからといって対応を変えることはこれっぽっちも考えていないのだけれど。


「恨む? 私が人魚を?」

 シュラは声をたてて笑った。


 一通り笑い終えると大きく息を吐き出し答えた。


「確かに人魚の規律を犯したことで記憶を消され魔法を封印されたわ。それについては私も覚悟の上でのこととして受け入れている。罪を犯せば当然法に基づいた罰を負わなければならない。それを恨むなんて愚かなこと、そう思わない?」

 予想と違う返答だったが、正論だ。何も間違えてはいない。

 素直に頷いて見せる。


(なら何故?)


 その疑問に答えるように理由が説明される。


「手っ取り早く世界の有り様を変えるためには必要なことだった。恨みとか情動的な理由ではなく、合理的な判断で海底のエネルギー資源に着目してそれを利用しようとした」


「そんな...。そのために何の罪もない人魚達を巻き添えに...。いくらなんでも酷過ぎない? 私達人魚を何だと思ってるの? そんなことが許される訳ないわ」

 シュラの目的は海底資源であって過去の遺恨ではなかったが、人魚達の犠牲を顧みず捨て駒として扱っていたことにショックを受けた。


 体の奥底から怒りがこみあがってくる。

「大義のためと言いつつ、理屈を並べて自分の理想を正当化してるけど、あんたのやろうとしたことはただの大量虐殺じゃない。海底資源の誘爆で沸き起こった津波によって世界は阿鼻叫喚の地獄と化し、分断される。秩序を失い泥と化した街は混沌を極める。そんなんで世界を理想の世界に変える? どうかしてる。どうかしてるしか言いようがない」


 辛辣な言葉をもって批判する。しかしシュラは平然としている。


「理解してもらおうなんて思ってないわ。聞かれたから答えただけ。ただこれだけははっきりさせておく。私は人魚に恨みの感情を抱いたことはこれっぽっちもない。それは記憶が戻った時も、そして今もそう」


 堂々とした主張には全く淀みがない。いっそ清々しささえある。だが、主張の清々しさと目的の為には手段を選ばない強引さは別の問題だ。それは正さなければならない。


「最早恨んでいる恨んでないの問題じゃない。そうやって世界を危険にさらすあなたの存在自体が看過できない問題になっている。大人しく身柄を引き渡しなさい。そうしたら、正しいか正しくないかは別として私もあんたの主張を認めるわ」


「残念ながらご希望に沿うことはできないわ。私にだってプライドがある。言われるがままに「はい、そうですか」と応じるほどお人好しじゃないの。例え相手が血のつながりのある人魚でもね。私をどうしても確保したければ...力づくでどうぞ」


「・・・」


 一筋縄ではいかないことは分かっていた。素直に説得に応じるタマではないことを知りつつ問答を続けたのは私の方。


 深呼吸してシュラに尋ねる。

「なら、質問を変えるわ」 

「何故、世界の破滅を望むの? 人間が憎いの?」


 抑揚のない声でシュラが答える。


「人間に対しても個人的な感情はないわ」

「人間は多くなり過ぎた。多くなり過ぎた人間達は何をするか? より多くの食料を確保するため今より多くの生物を殺し、限りある資源を掘りつくす。そして彼らは少なくなった資源をめぐって争いを起こす」 

「彼らはそれを正義だと言って憚らない。私から見ればそんなもの正義でも何でもない。欲望のままに動いている身勝手な行為に屁理屈をつけているだけでしかない。平和を望むと口にしながらも本音では他者よりも優位でありたいと願っている。矛盾だらけだ。愚かだとは思わないか?」


 シュラが問いかけてくる。


(個人的な感情はないって言って、しっかり語っているじゃないか!)

 苦笑いを浮かべたいところだが、心の中だけに留めておく。


(人間は愚か、か。どうだろう?)

(少数で生活している私達人魚は人間に比べれば慎ましいと思う。必要以上に物を必要としないからだ。対して人間は何かに追い立てられるかのように新しいものを欲する傾向が強い。そんな人間の欲を制御なしに放置すれば世界中から資源や生き物が枯渇していく。人間は自らの欲を抑制できるのか?)


(分からない)


(愚かと言えば愚かだが、一方的に断罪する権利が私達にあるかと言えば答えはNoだ)


(シュラ。主張は正しいかもしれない。が、あんたのやり方は間違っている)


 私が黙ったままでいると返答に窮していると見て、シュラは自らの主張をさらに続ける。


「人間は自分達だけで生きているような顔してふんぞり返っている。それは人間が多くなり過ぎたせいだ。なら、いっそのこと全てをリセットしてリスタートさせた方が地球にとっても彼らにとっても最善ではないだろうか? 私はその使命のために生きている」


「痛みを伴わなければ人間は益々利己的になっていく。それを正すための犠牲は必要悪となる」


 シュラは自分の思想を大義だと思い込み、理想に酔っているように見える。

 肥大化した人間が地球にとって、地球上のあらゆる生物にとって脅威となる前に粛清する。それができるのは自分だけだ、と。


(何か言ったところで、耳を貸す状況ではないわけね)

 小さくため息を吐いて覚悟を決めた。


「リーファには独りよがりな妄想と言われたが、確かにそういう一面もあるのを否定しない」


 サイファは内心クスッと笑みを浮かべた。

(なるほど。リーファはそう言ったか)


 シュラは私が笑みを浮かべたのが気に障ったのか、語気を強める。


「人魚には罪はない。が、人間の欲はやがて人魚を絶滅へと追い込む」

「人魚と人間は相容れない。住む世界が違えば価値観も違う。何かのきっかけで争いが生じたなら、数が多い人間が数の少ない人魚を虐げる、必ずそうなるだろう。人間によって虐げられる未来なら、血で血を争う醜い争いが起こるくらいなら、悲劇が起き泥沼化となる前に無にしてしまった方が未来に禍根が生じず幸せのまま幕を閉じられる」


「人魚はきれいなまま、美しい伝説として永遠でいられる」


 勝手なことを。

(妄想にも程がある)


「それはいくら何でも飛躍しすぎではないのか? 到底理解できない。一個人の行動範囲を大きく超えている。ましてや私達人魚の運命が滅亡しかないかのような言い方には断じて違うと言いたい」


 言葉に力がこもる。


「私達人魚は日常の平凡な営みに幸せを感じて生きている。美しい滅亡など誰も望んでいない。大きなお世話というものだ」


 シュラの考えは分かった。狂気をはらんでいるということも。

 これ以上議論は意味がない。

(戦。一択!)


 シュラに向けて指を指しながら、宣戦を布告する。


「あんたを止めるべき良識ある人間が傍にいなかったことが思想の暴走に拍車をかけているのなら、今ここでその引導を私達が渡してやる」

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