第183話 人間と人魚の未来
人間の姿に変身し砂浜に上陸するとこぼれ落ちる涙を拭うこともせず、マキの元に駆け足で向かった。
「今、助けるから!」
しかし、マキの周囲には結界が張られている。近づくことはできても触れることができない。
それならと魔法を使うが、結界によって魔法も無効化されてしまう。
「なんで? どうなってんの?」
もどかしさが苛立ちを募らせる。
「無駄よ。いくら頑張っても結界は簡単には解除できない」
瞬時に身構えて、声がした方を見据える。
誰もいない。
しかし、確かに気配はある。
「そこっ」
空気の密度が違うところ目がけて光球を放つ。
光球の向かう先にシュラが姿を現す。
シュラが何か唱えると尾をひいて伸びていた光球は散り散りに弾けて消えた。
シュラを睨みながら声を張り上げる。
「マキを元に戻しなさい」
「嫌だと言ったら?」
シュラの態度に眉をしかめ、歯を噛みしめる。
「ふざけた言いぐさを」
怒りをぶつけんばかりに声を吐き捨てる。
「力づくでも取り返す」
シュラはいきりたつリーファを冷めた目で見据えると不敵に微笑んだ。
「望むところ」
戦う前にこれだけは言っておかなければならない。
「シュラ。爆弾は爆発したわ。女王が海底資源と関係ないところに爆弾を運んで爆発させたから海底資源の誘爆は起こらないし、いくら待っても津波は来ない。あなたの狂気の計画は私達によって未然に防がれた」
「あなたの野望を知ってしまった以上、私達は全力であなたを阻止する」
「ここまでよ。シュラ」
リーファは言い終わるとシュラの表情をそっと窺った。
計画の破綻に焦るかと思われたシュラは予想に反して余裕の笑みを浮かべている。
「そう。いいアイデアだったんだけどね」
「それならそれでいいわ。私は私の信念に基づいて世界の秩序を改めようとした。けれど私の計画はあなた達によって阻止された。神は私にではなくあなた達に微笑んだ」
シュラはそこで話を切り、間をとる。
目からは笑みが消えている。
「人間と人魚、2つの種族の行く末について考えたことはある? 共存か、それとも反目か、今はまだお互い干渉し合わないでいられる。けれど近い将来人間が人魚を、人魚が人間を深く意識し合う時期がくる。人魚は純粋だ。人間の欲望を前に利用されるか忍耐で過ごさなければならなくなるだろう。ナターシャ様の時代のようにあるいは迫害されるかもしれない。歴史は繰り返す。そうなった時に人魚が平和に暮らすために何をすればいいの?」
「・・・・・・」
「今享受している幸せが未来永劫続くなんて幻想もいいところだわ。神に祈るだけで全てが解決する? そんな訳ない」
「人間社会の伸長、それは遠くない未来に人魚社会に及ぶ。数の論理で人間は人魚を追い込んでいく。人魚は肩身の狭い思いをして暮らさなければならない。いいの? それで」
「私は見たくない。そんな未来を私は見たくなかった」
「だからと言って、あなたのやろうとしていることは...」
「常軌を逸している、と・・・」
シュラの言葉に首を縦に振る。
リーファはシュラを真っすぐ見据える。
(この人は自分の信念に揺るぎない)
(強い人だ!)
(人魚のことも未来のことも本気で考えてくれている)
(だけど、やっぱり認める訳にはいかない。理由はどうあれ多くの犠牲を出していいなんてない。そんなのはただの身勝手だ)
シュラはリーファの挑戦的な視線を受け止めるとゆっくりした仕草で表情を和らげた。
「神がお前達を選び、お前達の手によって世界が救われたのだとしたら、世界の行く末は私の手からお前達の手に委ねられたということになったのだろう」
「こうなってしまった以上、全てあなた達に託すわ。リーファ」
「ただ、だからと言って私もこのまま簡単に引き下がる訳にはいかない。私から認められたければこの私を倒してみせよ」
リーファは話し合いによる解決を図れればと、シュラの主張に耳を傾けてみたものの、シュラが自説に絶対の信念を抱いていることが分かって、こちらの説得に応じる可能性はなさそうと感じていた。
(この口振りからすると、シュラは自分の計画が私達によって阻止されることを見通していたのだろうか?)
(いずれにしてもマキだ。マキを助けないと。マキを助けるためには...)
リーファはマキを横目で見ると唇をキュッと結んだ。
「シュラを倒す!」




