第182話 氷の十字架
リーファは港を出て月に照らされた海を進んでいく。
(シュラの目論見は阻止できた)
(これでたくさんの人が悲劇に見舞われる可能性はなくなったわ)
(後は直接対峙してシュラの暴走を止める)
(手荒なマネはしたくないけど...無理ね)
(話の通じる相手じゃない)
シュラの相手を見下した冷たい目が頭に浮かぶ。
(よそう。中途半端な考えでどうにかなる相手じゃない)
(私の全力で・・・シュラを止める)
目の前に壁かと思うような無数の点が見える。
「イワシの群れだわ」
イワシはリーファの存在に気づくと互いに身を寄せ合いながら1つの塊となってジグザグに泳ぎながら距離を取っていく。
「もう相変わらず臆病ね」
呆れかえるが知性のないイワシは習性で生きている。イワシが臆病なのは仕方がない。
「ちょっと協力してもらうわよ。イワシさん」
リーファを真ん中にしてイワシの群れが進んでいく。
(イワシに囲まれながら泳ぐなんてなんか不思議な感じ)
(でもこれでシュラの奇襲や罠を回避することができる)
イワシに囲まれながら、カミーユのことを思い出す。
(カミーユ驚いていたな。私の秘密を知ったらもっと驚くだろうな。そして...)
溜息を一つ吐いて、イワシの群れに話しかける。
「君達には君達なりの苦労はあると思うけど、こっちにもこっちありの苦労があるんだよ。分かるかな?」
イワシはリーファのことを無視して真っすぐ前に向かって泳ぎ続ける。イワシにしてみれば人魚の愚痴なんて知っちゃいない。そうとも読み取れる態度だ。
「そんな目で見ないでよ。分かってるって。君達は自分の生を全うすることに常に全力なんだね。駆け引きとか秘密とかそもそも縁のない世界だもんね」
(イワシに話しかけたところで返事が返ってくる訳じゃないけどさ。少しだけ不安な気持ちを聞いてもらいたかったんだ)
リーファはイワシに温かい目を向けると自身の悩みを振り払うように言い放った。
「仕方がないね。住む世界が違うのに分かれという方が無理だね」
マキから連絡があった場所に到着したリーファはここまで一緒だったイワシに別れを告げた。
「バイバイ。イワシさん」
「マキ。マキ。リーファよ。今どこ?」
海中でマキに呼びかけてみるが返事がない。
「マキの気配が全くしないけど、陸に移動したのかな?」
海面から顔を上げて砂浜を見る。
「どうして?」
砂浜には両手を広げ氷漬けされた無残なマキの姿があった。
「マキッ!」




