第178話 リューナの意識
シュラの動きが止まる。
怒りの表情で両手の拳を強く握りながら体を震わせている。
「うまくいったわ。あなたがリューナのことを意識した瞬間に『潜在意識の覚醒』って魔法をかけたの」
「潜在意識の覚醒だと⁉」シュラが鋭い声を上げる。
「ええ、普通この魔法は自信をなくして落ち込んでいる人が再び自信をもって動き出せるように導くための魔法なんだけど」
「!」
「私の中に存在するリューナの意識を目覚めさせ、力を与えたということか」
「そう」リーファは両手を腰にあて、どうだと言わんばかりに大きく頷く。
「おのれ。そんな姑息な手を! このままで済むと思うなよ。リーファ」
シュラは今にも噛みつかんばかりの捨て台詞をリーファに向けたが、リーファはすまし顔のまま意に介さない。
「べーだっ」
悔しさを全開に憤るシュラからあどけなさが残るリューナに入れ替わる。
「リューナ」
「リーファさん」
リーファはリューナの両手を握って再会を喜んだ。
リューナもうれしそうにはにかむ。
一泊間を置いてリューナが目を輝かせて言う。
「シュラを出し抜くなんて。リーファさん、すごい。すごいです」
「それはいいから。感心してないで早く。爆弾をどうにかしないと」
「そうでした。急ぎましょう」
二人は爆弾が収められている箱の前にやってきた。
鉄製の箱は簡単に開けられないよう何重にもロックがかけられている。
リューナが説明する。
「頑丈に取り付けてあるように見えますが、海に落とす時に手数をかけなくて済むように限られた場所のロックを外せば簡単に外れるようになってます」
そう言いながらリューナは箱の外側から順々にロックを外していく。
リューナによって箱は難なく開いて、布団にくるまれた状態の爆弾が現れた。続けてロープを外し、布団を除くと、大人の上半身くらいの大きさの黒光りした爆弾が現れた。
リーファは目を赤く光らせ、爆弾の構造をスキャンする。
「変な仕掛けはないわね。強い衝撃を与えると中の火薬が爆発する。至ってシンプルな構造」
「どうするんですか⁉」リューナが尋ねる。
「構造はシンプルだけど何種類かの魔法が施されてる。どんな魔法でどの程度強化されてるかは見ただけでは分からない」
「魔法を解除さえすればどうってことのないただの爆弾。恐れることは何もないんだけど、この一度施された魔法の解除って言うほど単純にはいかないの。術者が簡単に解除できないよう暗号を設定するのがほとんどで、その暗号を読み解くのにとてつもない時間を要する可能性がある。時には罠が仕掛けられていたりもするし」
リーファの説明を聞いてリューナが尋ねる。
「どのくらいかかるんですか?」
「まる1日とか、もっとかもしれない」
「そんなぁ」リューナが失望の声をあげる。
「だから魔法の解除は考えない」
「?」
「私に考えがあるの」
そう言うとリーファは爆弾に向かって魔法を放った。
爆弾はガタガタと音を立てて動き出す。
「えっ、何したんですか? 爆弾が!」
揺れ出した爆弾を見てリューナが焦りの声を上げる。
「大丈夫。見てて」
リューナの不安を和らげるように優しい声で囁く。
爆弾を固定する最後のロープを外すと爆弾はすぅーっと空中に浮かび上がった。そのまま風船のようにフワフワと空中を漂っていく。
「爆弾が風船みたいに浮かんだ⁉」
「爆弾の質量をヘリウムガスなみの質量に変えたの。ヘリウムガスは空気より軽いからヘリウムガスなみの質量になった爆弾は空気中を上昇していく」
「へえー」爆弾を見ながらリューナが感心の声をあげる。
「空中高く上がったところで爆弾を爆発させれば、津波も起こらないし誰も不幸にならない」
「リーファさん、すごーい」
リューナがリーファに抱きつく。
「あなたのお陰よ。リューナ。あなたの存在が爆弾の脅威から世界を救った」
「私の...」
「そうよ。ありがとう、リューナ」
リューナの頭を優しくポンポンと撫でる。
リューナはリーファの腕の中でうれしそうに微笑んだ。
微笑みながら寄り添っていたリューナが突然目を見開き、リーファを突き飛ばした。
リーファは不意を突かれてバランスを崩しながらも何とか踏ん張った。
「痛っ。どうしたのリューナ」
リーファがリューナに目を向けると、氷の槍に体を貫かれたリューナの姿がそこにあった。
槍を伝って血がぼたぼたと流れ落ちている。
「...リューナ...」
呆然とするリーファ。
リューナは痛みに耐えながら、何とか声を振り絞る。
「リーファ。シュラが、シュラが目覚めた。私の意識がシュラに変わる前に爆弾を...破壊...して」
「リューナ。分かったわ」
リーファは空中に浮いている爆弾に鋭い眼光を向ける。爆弾はふわふわと空中を漂っていたが、閃光とともに大きな爆発を起こし、轟音とともにその存在が消滅した。
「爆弾は始末したわ」
「よかった」
リューナは苦し気に呼吸しながらも安堵の表情を見せた。
「待ってて。今、氷を溶かすから」
リーファは溶解の魔法をリューナを貫いている氷に向けて放つが、氷が溶ける気配はなかった。
「どうして?」
焦るリーファがさらに魔法を駆使しようとするのをリューナが止める。
「リーファさん。たぶん氷を溶かすのは不可能です。シュラの怒りが氷への強度を極限まで高めています。私はもう長くありません」
「そんなっ。何か、何か方法はあるはず」
必死の表情でリューナに訴えかける。
リューナは静かに首を振った。
「最後に1つお願いがあります」
今にも途切れそうなそれでいて力強い声に思わず引き込まれた。
「何?」
「カミーユ王子のこと」
「カミーユ...⁉」
リューナからカミーユの名前を聞いたことで、リーファは複雑な気分になった。
(そう言えばこの子はカミーユのお妃候補だったわね)
リーファが海中に帰っている間に、リューナはカミーユに接近し電光石火の早業でお妃候補の座を手中にした。「セイレーンの誘惑」を駆使したとは言え、幼さすら残る風貌の裏に存在する抜け目のなさ、あざとさを彼女は持っている。
それを意識して二の足を踏んでいる自分がいる。
今はそんな場合じゃないと自分に強く言い聞かせるが、意識すればするほど感情が混乱してきた。
リューナと目が合った。
顔を歪めつつ必死に何かを訴えようとしている。
(逃げちゃダメだ。リューナの最後の願い。それが何であろうと受け入れよう)
そう自分に言い聞かせる。
リーファは静かに頷くとリューナは言葉を少し詰まらせながらも話し出した。
「私はカミーユ王子が好きです」
「!」
リーファは目で「続けて」と促す。
「私は王子が好きだった。一緒に過ごした時間は長くないけど本気で彼を愛していた」
「彼は宮廷内のことなど分からない私にとても優しくしてくれた。気づいたら彼のことが好きになっていた」
「ある日突然私がお妃候補の一人だと伝えられた」
「周りの人たちもお似合いだとか言って、天にも昇るような気分だった」
「・・・」
「だけど違う。全部全部、歌の効果。みんな私の歌に酔いしれていただけ。誰も本当の私を見てくれていなかった」
「カミーユ王子だけは普段から私を気にかけてくれていた。それがうれしくてつい彼に甘えていたんだけど、ちょっと遅かったみたい」
「彼の心の中には既に別の女性がいた。そう、心の奥にはいつもあなたがいた」
「・・・」
「最初は悔しかった。いつか絶対振り向かせてみせるって息巻いてみたこともあったけど、結局彼の心は変わらなかった」
「それが分かってからは無性にあなたに会いたくなった。会って直接話がしたかった」
「どんな人なんだろうってずっと考えてたんだよ。ようやく会えたあなたは私のイメージ通りの人だった。強くて優しくて、私の憧れ」
リューナの表情からだんだん生気が消えていく。
「リューナ・・・」
「私はシュラの作り出した第二の人格。だからいずれは消え去る運命だった」
「おかしいよね。第二の人格が一丁前に恋をするなんて。お前、何様なんだよって」
リューナの目に涙が溜まり、一滴一滴目からあふれ出した。
リーファはリューナに伝わるように必死に首を振った。
「そんなことない。誰かを好きになる気持ちは時に儚く、傷つきやすい。それだからこそ尊いもの、なんだよ」
「私が消えたら全ての人から私の記憶は消える」
「そんな!」
「でもね。私寂しくなんてないよ」
「カミーユ王子やリーファに出会えたから...」
リューナは微笑みかけたが、すぐに泣き顔に変わった。
「寂しくなんかない...。私...私...」
「みんなともっともっと一緒に過ごしたかった」
リューナの目から滂沱と涙が溢れてくる。
「お願い、リーファ、みんなの記憶から私が消えてしまっても、私のこと忘れないで」
リーファはリューナの顔に頬を寄せると両腕で優しく包み込んだ。
「リューナ。私は忘れない。リューナという女の子がこの世に存在していたという事実を。そして世界のために戦い続けていたことを」
リーファの目からも涙が零れる。
「ありがとう。リーファ...」
最後の言葉を言い終えるとリューナの意識は途絶えた。
リューナの体が変化し、シュラがその姿を現す。
体を貫いていた槍は融解し、傷口はみるみる塞がっていく。
「シュラっ」
再び出現したシュラに警戒心を露わにする。
「悪いけど、もうあなたと遊んでいる暇はないの」
シュラは冷めた声を放つとリーファと距離をおくように船縁へと移動した。
直後にシュラの背後の海から巨大な黒いドラゴンが現れた。
船の上に降り立つドラゴンにシュラが飛び乗る。
ドラゴンはリーファを一瞥するが戦闘の意思はないようですぐに顔を背けた。
シュラの号令一下、ドラゴンは翼をばたつかせながら上空高く飛び上がった。
リーファはドラゴンの翼から生じる風圧に飛ばされないように身を低くして踏ん張る。海水の混じった風が頭上に降りかかった。
上空を飛行するドラゴンは船の上を一回りすると、夜空の彼方へと一気に飛び去っていってしまった。




