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永遠の人魚姫 ~世界はやがて一つにつながる~  作者: 伊奈部たかし
第3章 天使と悪魔の顔をあわせ持つ人魚姫とそんな人魚姫に振り回されながらも優しさを失わない王子の揺れるブエナビスタ城 編
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第172話 激流の罠

 イースを先頭にハイドライド、リーファの順で通路を走る。


 リーファは二人の背中を見ながら短いため息を吐く。

 ザナドゥを救う目的は達した。けど、二人の背中からは覇気は失せ、淡々とした気持ちが伝わってくる。


 王女から話を聞いて急遽参加したので、詳しいことは分からないけど、救出だけすればいいという単純な話ではなかったようだ。


(命がけで救出したザナドゥを横からひょいと現れた人間に連れていかれれば、やっぱ面白くはないわよね。まさに鳶に油揚げをさらわれたって感じだけど...仕方ないわね)

(いつまでも引きずらず、すぐに気持ちを切り替えていかなければいけないってことは当人が一番理解しているはずだから、ここは下手に声をかけるより様子を見ておいた方がいいかな)

 二人の背中に、そっとエールを送る。

(悔しいかもしれないけど頑張って!)


 通路の突き当りの奥に狭い通路があり、その先に流れる用水路に脱出用の船が準備されているという。


「ちょっと待って」

 広い通路から狭い通路に入ったところで、先に用水路へ向かう二人に向かって叫んだ。

 二人は足を止め、私の方を振り返る。

「どうしたんだ?」イースが早口で聞いてくる。


 前方、船があるという用水路の辺りに魔法の残渣がある。もしかしたら、シュラがここに何かしらの罠を仕掛けている可能性が考えられる。

 だが、それをどうやって二人に説明すればいいのか。


「様子がおかしいの」

 そう言って急ぎたい二人を止めて、ゆっくり歩を進める。

 二人は不思議そうにこちらを眺めている。

「どうしたっていうんだい⁉」


(ええい。面倒だわ)


 ハイドライドが問いかけたところで、リーファは魔法を使って天井に伝う配管を1本落下させた。


 配管は床に向かって真っすぐ落下する。だが、床に落下する前に空中を跳ね上がり踊るように次から次へと方向を変えて動き回ってところで、何かに寄りかかるようにして空中で静止した。


 リーファは空中で止まった配管を見つめる。

(なるほど、こういう仕掛けか)


 二人は目の前で起こった出来事に呆然としている。

「何が起こってる?」


「糸よ。それも恐ろしく頑丈な糸」

 そう言ってリーファは目に見えるところの糸をつまんでみせる。

(もし、何も知らずに突っ込んでいたら、この糸に触れて大怪我を負っていたところだった)


 よく見るとリーファが摘まんだところ以外にも、糸が縦横に張り巡らされている。


「予め罠が張ってあったってことか」イースが唸る。

「そうね」

 指先で糸を弾くと、糸全体に振動が伝わっていく。

「あぶね。リーファが止めてくれなかったら、俺達があの配管のように糸によって踊らされているところだった」

 ハイドライドが冷や汗を手で拭う。


「さあ、どうする?」

 二人に問いかける。

「罠はこれだけかな?」

 イースが張り巡らされた糸、そしてその先を見る。

「分からん。割と手の込んだ仕掛けだから、ここはこれだけのような気がするけど」

 突如現れた罠に二人は逡巡している。


「誰か来るわ」

 3人に決断を促すかのように、通路に人がやってきた。


 イースが声をかける。

「ここでじっと考えていたところでどうにもならない」

「行くか」

「よし!」ハイドライドが威勢よく返事をする。

「大丈夫かな?」リーファが不安を口にするとハイドライドが心配を打ち消すように背中を押してくれた。

「大丈夫だって」

「行こう」

「うん」

 完全に心配は拭えていないけど心配ばかりしていても、と気を取り直して一歩先に踏み出した。


 注意深く糸の間を潜り抜けながら狭い通路を進んでいく。

 薄暗い通路の床に大きな影が見える。見ると先程落下させた配管の影だった。

 空中にぶら下がったままの配管がやけに不気味に見える。


 それほど長くない距離をゆっくりと慎重に潜り抜けていく。

 もうすぐ。もうすぐ抜けられる。

 そう思った時に背後で男性の声がした。

「なんだ。これは?」

 さっき見かけた男性がここに辿り着いたようだ。通路に張り巡らされた糸を見て驚いている。


 不意に声がしたので、気を取られて足を滑らせた。踏ん張りがきかず倒れこんだ時に運悪く脇腹に糸が食い込んだ。

「痛いっ」

 苦痛に顔をゆがめる。

「大丈夫か!」

 イースが緊張を込めた声で聞いてくる。

「だ、大丈夫」

 弱弱しい声で返事をする。

 返事とは裏腹に脇腹からは猛烈な痛みが伝わってくる。

(いやいや。ちょっとこれは大丈夫じゃない)

 両手をついて自分の不覚を呪った。


「誰かいるのか?」

 声の主が狭い通路に入ってくる。


(困ったな。足に力が入らない)


 先行していたイースが私を気遣って戻ろうとしている。その時後ろで「ガクン」という作動音のような音がした。

(何?)


(まさか!)

 嫌な予感が全身を駆け巡る。


しかけはこれだけじゃじゃなかった⁉)

 根拠はないが、そう確信する。


 後から部屋に入った男性が「うぉっ」と小さく呻いて慌てて元の通路に戻っていく。どうやら不用意にしかけに触れてしまったようだ。


 リーファが周囲を警戒していると、はたして頭上からバリバリバリという音が聞こえた。


 その瞬間大声で叫んでいた。

「来ないでぇー。来ちゃダメェー!!」

 その声にイースがキョトンとして動きを止めた。


(来た!)

 真上の音がした方向に穴が開いて、そこから大量の水が流れ込んでくる。


 滝のように流れる水は一瞬にして床に伏していたリーファを吞み込んだ。

 イースが何か叫んでいるのが見えたが、声は激流にかき消されて聞こえなかった。


トラップは2つあった。おそらく本命はこっちね)

 リーファの身は既に水没している。人間なら溺死は免れないだろう。だがリーファの感覚は徐々に研ぎ澄まされていく。

(ってか、これ海水じゃない)

(ってことは、あの穴は海につながっているってこと⁉)



 突然現れた激流に二人の思考は混乱していた。


 急いで船に到達したハイドライドが激流に逆らうように懸命に船を操作している。船を操作しながら怒涛の流れの中で孤立しているイースに向けて叫んでいる。

「イース、何をやっている。早く船に乗れ」

 水はあっと言う間に狭い通路を満たし、既に腰の辺りにまで水位が上がっている。

 イースはハイドライドの呼びかけに耳を貸さない。激流の中を逆らう様にしてリーファの倒れていた方へ向かっている。

 さっきまで腰の辺りだった水位はみるみる増して、もう胸の辺りにまで達していた。


 目の前の糸を手でつかみ、激流に流されまいと体制を維持させながらイースも叫び返す。

「俺は死んでも構わない。リーファさえ救出できれば」


 そう叫び返すが、水の流れが激し過ぎて自分の身が流されないように維持するだけで精一杯なのは明らかだ。ハァハァと荒い呼吸を繰り返しながら重い荷物を引きずるように腰を低く保って前進している。

「無理だ。水はまだまだ流れてくる。足がつかなくなるのも時間の問題だ。そうなる前に早く船に乗れ。この激流に呑まれたらお前まで死んでしまうぞ」

「俺達がどれだけ彼女に助けられたと思ってるんだ。見捨てるなんて絶対できない」


 ハイドライドは拳を船に叩きつけた。

「分かってる。分かってるよ」

 そう言いながらハイドライドはどこからともなく流れ込む水にこれ以上ない程の恨めし気な瞳を向けた。



 水量が人の身長程に達したのを見て、リーファは人間から人魚に姿を変えた。

 二本の足が尾ひれへと変化する。

(うーん。やっぱりこっちの方がしっくりくるわ)

 尾ひれを小刻みに動かして糸と糸の間をスルスルと難なく突き進む。



 水の流入は一向に止む気配がなく、狭い通路のあらゆるものを水没させていった。

 イースは水中に残されたリーファを救うべく何度も潜行を試みるが、水流が激し過ぎて先に進むことができなかった。水位は首にまで達している。


「ハァハァ」

 水流に流されないように体を維持するだけでも相当体力を消耗する。

 全身を使って呼吸を整える。

 次の潜行に備えて1m㎥でも酸素を体内に蓄積しなければならない。こんなところで呼吸を乱して貴重な体力を消耗させる訳にはいかない。


 意を決して水中に頭を潜り込ませる。

 頭を進行方向に向け、体を真っすぐにして手で水をかき分ける。何cmか何十cmか前には進むが、激しい水流が前進を妨げる。しばらくは体を維持できるが、体のバランスが崩れた途端猛烈な勢いで体ごと流させる。流された先には縦横に張り巡らされた糸があり、背中あるいは腕からもろにぶつかる。皮膚に食い込む糸による激痛に顔をゆがめるが、その糸を掴んでようやく体が流されるのを止めることができる。

 何度もトライしているが結果は同じだった。

 潜行の度に体が流され、その度に水中に張られた糸が体に接触して背中や腕に無数の血膨れが出来上がっていた。

 それでも諦めずに前へ進もうと目の前の糸を手で掴んで体を手繰り寄せる。


「ハァハァハァ...くそっ」


 ゴォと音を立てながら怒涛の勢いで流れる水に流されないように、イースは糸をわきの下に挟み込む。既に体力は限界を超えており、体をもっていかれないように維持するのが精いっぱいの状態になっていた。それでもその場から離れないのは「リーファを助ける」という使命を全うするためだった。


 時折ふっと意識が遠のき流されそうになる。

 腕に力を込めて必死に糸を掴む。

「ハァハァハァハァ」

 疲労が全身に蓄積している。

 手が痺れ、糸を握る手の感覚がなくなってきた。

(くっそっーーー。限界か)

 悔しさに顔をゆがめる。


 ハイドライドの乗る船目指して糸から手を離した瞬間、流れに呑み込まれた。どうすることもできないまま体は流され底の方へ沈んでいく。淡い意識の中、誰かに名前を呼ばれた気がした。

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