第170話 2つのミッション編④犬
「グロティア暗殺はいろいろな意味で公にすると都合が悪いことが多くて。政府として隠蔽することにした」
(だろうな。下手すると政治問題に発展する)
政治に参画していないハイドライドでも、そのくらいは理解できる。
「しかし、落ちぶれたとは言え、グロティアは私の古くからの友人。それを殺した者をそのまま野放しにしておく訳にはいかない」
「ちょっと待ってください。ザナドゥがグロティアを殺したっていうのは本当なんですか? 何か証拠があるのですか?」
「そこなんだ。決定的な証拠はない。当日の夜、暴走したデモ隊は街道沿いを進んでボルノ川の橋まで至り、そこで引き返している。デモ隊に同行していたグロティアは橋に至ったところで何者かに矢で討たれ、川に落ちた。翌日に川の下流で死体が発見された」
「その日、ザナドゥは街道の警備に出てデモ隊の暴走を止めるべく説得に動き回っているのが確認されている」
「だからと言って、犯人と断定するのはちょっと乱暴すぎませんか?」
「政府はこの事件を隠蔽すると決めた。このことは覆らない。ザナドゥが直接行ったのか、他の誰かに指示したのかは分からないが、関わっている、そして何かを知っているのは確実だ」
「そうしたら、何故こんな手の込んだ真似を...」
「処刑するとなった段階で妨害する輩が現れると踏んで一芝居打ったのだが、案の定君たちが引っかかってくれた」
「・・・・・・」
「君たちに罪はない。ザナドゥの処刑が終わるまでちょっとばかり大人しくしていてもらう」
ガイル・コナーが部下に二人の捕縛を命じる。
「このことは他言無用だ。でないと君達の未来を閉ざさなければならない」
「まあ、言ったところで、何がどうなるわけでもない」
ガイル・コナーは不敵に微笑んで部下に捕縛されるハイドライドを見つめる。
(くっそっ。このまま言いなりになるしかないのか!)
(ザナドゥの処刑を食い止めることは、できないのか!)
悔しさで拳を握り締めていると、遠くから声が聞こえた。
「逃げて!」
声に続いて、大量の犬の群れが通路に現れてこちらに向かってきた。
犬は吠えながら飛ぶような勢いでこちらに走ってくる。
闘争心剥き出しの犬達はガイル・コナーと部下を取り囲むと甲高く吠えたて、牙をむきながら唸り声をあげている。
部下の一人がハイドライドを強く締め上げると、犬達は一斉にその部下に襲いかかった。
部下は圧倒的な数の犬に為すすべもなく押し倒される。ガイル・コナーも犬達の圧力で壁際に追い詰められた。
その隙にイースがハイドライドの捕縛を解くと、犬に囲まれたガイル・コナー達を横目に二人は通路を走り出した。
通路の行く手には真紅の服に黒いズボンを着こんだリーファが姿を見せている。
「待て!」
後ろからガイル・コナーの声がしたが、殺気立った犬達がガイル・コナーを上回る声で吠えたてる。
犬に周囲を囲まれ身動きのとれないガイル・コナーは逃げる二人を苦い顔で見送るしかなかった。
殺気立って唸り声をあげている犬達は、なりふり構わず襲いかかっている訳ではなく、相手にケガを負わせることなくその一歩手前で踏みとどまっている。リーファによって仕込まれた犬達はリーファの命令を忠実に守っていた。
二人がリーファの元に駆けつけると「さあ早く」と言って先を駆けだした。
後を追いかけながら尋ねる。
「体調は大丈夫なのかい?」
「ええ。問題ないわ」
さっきは歩くのもままならない程、疲れ切った体だったのに、短時間でよく回復したものだ。
不思議な感じはしたが、様子を見ると本人の言う通り、問題はないようだった。
「犬は? どこから連れてきたの?」
「王女様から王宮専属の犬を借りたの」
リーファは事も無げに答える。
「あんなにたくさん?」
「うん? そうね。最初は少なかったけど、いつの間にかたくさん増えていた」
「?」
隣のイースに聞いてみる。
「犬って増える?」
「野犬の群れの規模が大きくなるのは有り得る話だと思うけど、王宮の犬は野犬とは違うからな」
「だよな。どういうことなんだろ?」
「分からないな。政府が保護していた野犬がたまたま城にいたのかもしれないな」
「そうなのかな?」
「まあ、いい。お陰でこうして逃げることができたんだから」
前を行くリーファに向かって声をかける。
「ザナドゥは留置場だ。だが鍵がない。鍵がないことには助け出すことはできない」
するとリーファが足を止めて振り向いた。
「鍵ならあるわ」
そう言って指でつまんだ鍵をこちらに見せた。
「えっ、あっ、いつの間に・・・」
あまりの手際の良さに我を忘れて感心する。
「急ぎましょう。犬達が食い止めている間に救出して脱出しましょう」
「よし、分かった」
そこから3人は一気に走り出した。
留置場の入口、看守のいる部屋の手前で立ち止まる。
「私が看守を引き付けるから」
リーファから鍵を渡される。
そのままリーファは看守の部屋に入っていった。
「お久しぶりです。お元気ですか?」
リーファが看守に声をかけると、看守は驚きのあまり目を白黒させた。
「あっ、あんたは...」
「お城に戻ったので挨拶に伺いました」
リーファは看守が入口を背にするよう立ち位置を調整すると、目で我々に合図を送った。
イースと二人、看守に気づかれないよう部屋の入口を速足で通り過ぎる。
そのまま奥へ進むと、留置場の中で佇んでいるザナドゥを見つけた。
「ザナドゥ」
小声で呼びかけるとすぐに通路側に移動してきた。
「お前ら、どうしてここに?」
「助けにきました。今すぐここを出てください」
早速、リーファから受け取った鍵を鍵穴に差し込む。
しかし、違う鍵なのか留置場の鍵は開かなかった。
「ダメだ。開かない」
尚もガチャガチャと鍵を刺しこんだりを繰り返していると「貸して」と声がした。
いつの間にか隣に来ていたリーファが割って入るようにして鍵を手に取り鍵穴に差し込むと、鍵はカチャリと訳もなく開いた。
「あっ」
そうしてザナドゥが留置場から出てくる。
「どういうことだ? 何故俺を助ける」
ザナドゥが睨みをきかせてくる。
「何もご存じないようですね」
「すぐに脱出してください。ガイル・コナーがあなたの暗殺を企んでいます」
「何だって⁉ 暗殺⁉」
イースが補足する。
「グロティアを殺したのはザナドゥ。そう思い込んでいます」
「ほほう。なるほど」ザナドィは意味深な表情を見せる。
「追手がすぐ来るかもしれません。早く」
横にいるリーファに聞く。
「リーファ。看守はどうした?」
「看守部屋で寝てるわ」
「寝てる⁉...そっか」
「追手が来る前に、ここを抜けよう」
「了解」
4人は狭い通路を駆け抜ける。
すると、行く手に一人の男が立ちふさがった。
その男の前で立ち止まり、イースと二人で身構える。
男はやれやれといった雰囲気で呟く。
「最近の若者は全く無茶をするね」




