第17話 桜の木の下で
鬱蒼とした林の中を一本の小径が続いていく。
道は狭く、人一人が通れる程の幅しかない。
時折、射しこむ陽光と鳥のさえずりが、清々しい気分にさせてくれる。
ギル・マーレンとカミーユは、岬に向かう林の中の小径を歩いている。
岬へと続く道の入口までは馬車を使ったが、そこから先は道幅が狭いため徒歩で進んだ。徒歩で30分ほど歩いているが、ただひたすら林の中を1本道が奥に続いているだけだった。
ようやく目印である岐路に出くわした。道が2つに分かれている。
「ここを真っすぐ行くと、海の見える岬の先端に出ます」
「石碑へは、こっちの道です」
ギルが事前に調べてくれていたお陰で迷わずに進むことができる。
「先に石碑を見て、後で岬に行ってみよう」
カミーユはギルに言った。
「分かりました」
二人は、道を折れて石碑のある道に入っていった。
波の音がかすかに聞こえる。木々で視界が遮られて周りの景色は分からないが、海に近づいているようだ。
視界が一層狭まり木々が覆うトンネルに入る。若干前屈みになって木々のトンネルを進む。
(こんなところに道があるのが奇跡だな)
そんなことを感じながら、ようやくトンネルを抜ける。すると目の前に空間が開け、予想だにしない景色が現れた。
「これは...すごい」
正面には大きな桜の木があり、一面に花を咲かせている。今までの鬱蒼とした状態が嘘のように、日差しが桜の木をまばゆく照らしている。時折吹く風によって、ピンク色の花びらが宙を舞う様子はとても幻想的だった。
そして、その桜の木の根元に、子供の背丈くらいの小さな石碑がポツンと建っており、その石碑に向き合うように、髪の長い若い女性が、花束を手にして立っていた。
ギルもその光景を呆然とした表情で見ている。
女性は腰をかがめて、花束を石碑の前に置いた。よく見ると、石碑には既に一つ花束が置かれている。そして、女性は両手を顔の前で組み、静かに祈りを捧げる。
カミーユは、目の前の美しさに目を奪われていた。
(こんな、まさか...)
言葉にならない。
まるで、別世界に迷い込んだようだった。
と、その時、後ろから声を掛けられた。
「こんにちは」
全く予想もしてない方向から声をかけられ、慌てて振り向くと、女性が笑みを浮かべながら立っていた。
女性と目が合った。
(きれいな人だな)
ひきつった顔を取り繕い、返事を返そうとすると、女性の方が先に言葉を継いできた。
「あら、びっくりさせてしまったかしら。ごめんなさい」
そう申し訳なさそうに言いながらも、表情は楽しそうだった。
「いえ、こちらこそ。お祈りに集中しているところを邪魔してしまったみたいで、すみません」
横目で石碑の方を見る。女性はこちらに気付かず祈りに集中している。
「大丈夫。気にしないでいいですよ」
カミーユは、自分達の存在が、女性に不快さを与えたのではないかと気にしたが、女性が柔らかい口調で返事をくれたので、ホッと胸を撫でおろした。
「きれいですね」
カミーユは桜を見上げながら話しかけてみた。
「ええ。花はいいですね。花の前では純粋でいられます」
女性は、桜を見ながら微笑んだ。
石碑の前で祈りを捧げていた女性が祈りを終え、こちらへと歩いてきた。
目の前の女性とそっくりのきれいな女性だ。だが、年齢は若い。自分と同じ歳くらいだろうか。透き通る程の碧い瞳には人を吸い込ませるような魅力がある。
「終わった? リーファ」
「はい」
「では、行きましょう」
リーファと呼ばれた女性は、カミーユ達の横を通り過ぎて女性の横に着くと、こちらに向かって丁寧に会釈した。
たったそれだけの仕草だったが、カミーユはその仕草に目を奪われた。
愛嬌を感じさせる微笑み、純粋な中にも芯の強さを感じさせる目、礼儀をわきまえた振る舞い、それらが取り繕ったものでなく、ごく自然に一瞬の仕草の中で表現されたことに強い感銘を受けた。
「では、ごゆっくり」
先程の女性は、そう声をかけると、そのまま立ち去っていった。リーファとは会釈が終わったところで、一瞬目が合った。その時クスッと笑ったような気がしたが、すぐに踵を返して行ってしまった。
お伽話に迷い込んだかと思うような、幻想的で魅惑的な時間だった。
光の中で、満開の花を咲かせている桜を眺める。そして根元の石碑と石碑の前に置かれた花束を見る。カミーユは幻想の余韻に酔いしれながら、小さく息を吐いた。
ギルは石碑に近づき、丹念に石碑を見ていた。
「見てください。王子。石碑がきれいに清められています」
身を屈めて、石碑を観察する。年月による風化は見られるが、ギルの言う通り、水できれいに洗浄されている。
「あの二人。例の魔女狩りで亡くなった人たちの子孫なのかな」
カミーユは心に思ったことを口ずさんでいた。
「花束を用意しているところを見ると、何らかの関係者なのでしょう。それにしても、美しい方々でしたね」
「うん。この景色、そしてあの女性達。絵本の世界に迷い込んだようだった」
先程の女性達を思い出す。
(ただ美しいだけじゃない。内面を含めた全体の雰囲気から不思議なオーラのようなものを感じた。一体何者なんだろう)
石碑に書かれた文字を見つめる。
『海に身を捧げた愛する者に捧ぐ
海があなた達にとっての安住の地になりますように』
なるほど、意味深な言葉だ。
ただの祈りとも身を投げた者が人魚として生きながらえたとも解釈できる。
桜の木を下から見上げる。
この石碑は、桜の木の存在を知ってここに置かれたのか、それとも石碑の場所に桜を新たに植えたのか。
「ギル」
「はい」
「何か、不思議な気分だ。この場所に来たことも、こうしてここにいることも何かの巡り合わせのような気がする。うまく言えないけど」
祝福。と言うのは飛躍し過ぎだろうか?
この地に立ってみて感じることは、哀悼や悲嘆、無念などのネガティブなイメージではなく、むしろ喜び、再会、運命、慈愛といった感情だ。躍動する感情が内面から溢れてくる。
「私も自分の運気が上向くようなそんな感じを受け取ってます」
不可能と思われていたことでも可能にしてしまえる、ここはそう言ったことを感じさせてくれる場所なのかもしれない。
あの女性達もこの場所で同じように感じたのだろうか?
「よし。岬の方へ行ってみよう」
王子と人魚姫、成長した二人が嵐の海での出会いから、再会を果たします。
うーん。長かった。
この17話は、物語の核となりえる内容がギュッと盛り込まれており、見方によっていろいろな解釈ができるお話となってます。これを契機に二人の距離が徐々に縮まっていきます。
この話は特にビジュアルイメージに気を遣って書きました。きれいな挿絵など挿入できればよかったのですが、残念ながら原作者には絵を描く才能もなく(._.)、そこは読者さんの想像力にお任せしたいと思います。桜の木の下での妄想を思いっきり楽しんでください(^O^)/。
次週、「ピエード岬」をお届けします。




