第167話 2つのミッション編①リーファ救出
ハイドライドは鏡の前で固まっていた。
昨日つけたススはきれいになくなっていた。
(こいつが...)
「どうやらビンゴみたいね」
「ジータさん」
ハイドライドの隣に呪術師のジータが興味津々という顔をして立っていた。ジータは30歳手前の若い呪術師だ。
「その女性がここでいなくなったのなら、今からそれを再現する準備をするから。今のうちにイースくんを呼んできてくれない」
「はい」
喫茶室でザナドゥ奪還計画のイメージのチェックをしているはずのイースを呼びに行く。
喫茶室にはイースとともにミランダ王女も一緒にいた。とても和やかな雰囲気で話をしているが、二人とも内心はかなりピリピリしているはずだ。
ハイドライドの姿を見たイースが腰を浮かした。
「ススは落ちていた。今ジータさんが再現の準備をしている」
「分かった。すぐ行く」
返事をするとイースはミランダ王女に目で何かを訴える。
「私も行きます」
ミランダ王女の返事は早かった。
3人は走って城門に向かう。
城門左側の通路は一般人が入れないように通行止めになっている。壁にかけられた鏡の前に呪術師のジータが微笑みながら立っていた。
鏡の縁には黒いリボンがグルグル巻かれている。
呪術師は王女の姿を確認すると緩やかに頭を下げた。
「見ててください。リーファさんが消えたその現象を再現します」
呪術師はハイドライドとイースに細かい指示をする。
二人は、当時リーファがつけていたものと同じ札を首から下げて、お腹にロープを括り付けていた。ロープの元は城門の出口の柱にしっかり結ばれている。
「準備はいい?」ジータが呼びかける。
「OK。いつでもいいですよ」
「じゃあ。入口から出口に向かって二人で歩いて行って」
「了解」
二人は並んで通路を歩いていく。
鏡の前に差し掛かったところで床に大きな穴が開いて二人が床の穴に落ちる。穴の中から「うわっ」と声が聞こえた。
穴はみるみる小さくなるが、二人がつけたロープによって完全に閉まることはなかった。
続けて声が聞こえる。
「リーファ。いましたぁ」
ミランダ王女の目がパッと輝いた。
呪術師が穴の中に向かって声をかける。
「高さはどれくらい?」
「3mって所でしょうか」
「OK。イースとハイドライド。二人が土台になってリーファさんを上にあげてくれるかな。姿が見えたらこっちで受け取る」
「分かりました」
20秒ほどして、穴の中から手が出て、頭が出てきた。
ミランダがリーファの顔を見て感激のあまり声を出す。
「リーファさん。無事でよかった」
「ごめんなさい。手を引っ張ってもらっていいですか?」
ミランダとジータがリーファの腕をつかみ、せーので引っ張るとリーファの体がスルスルと床へ投げ出された。
呪術師が穴に向かって声をかける。
「リーファさんOK。次誰?」
ハイドライドが返事する。
「俺行きます」
ハイドライドが穴から出てきて、最後に全員でイースのロープを引っ張ってイースを穴から引き抜く。すると空いていた穴は跡形もなく閉じられた。
「どういうこと?」
ハイドライドが疑問を投げかける。
呪術師が一歩前に出て疑問に答える。
「たぶん。この札がスイッチになっていて、これを鏡に写すと次元の異なる部屋に落下させるように、鏡に術がかけられていたんだと思う。ついでに言うとこの鏡の前の通路を通るようになんていう指示は今いる監察官は出してない。誰かが監察官に成りすましてリーファさんにこの鏡の前を歩かせ陥れた」
「誰が仕組んだのか分からないけど、本当に恐ろしい」
呪術師が身震いする。
(何の変哲もない鏡に見えるけど...)
心なしか鏡の表面が歪んでるようにも見える。
「もし、鏡の謎に気づかなければリーファはあの真っ暗な部屋で閉じ込められたままだったのか。考えただけでぞっとするな」
床にしゃがみこんでいるリーファに手を差し伸べる。
「大丈夫かい。リーファ」
「ええ。飲まず食わずだったから、ちょっと体がフラフラするけど心配いらないわ」
心配いらないと言うけれど疲れ切っているのは一目でわかる。
イースが王女に呼びかける。
「ミランダ王女」
「はい」
「申し訳ない。彼女を見ててもらっていいですか?」
「えっ、そっか。時間ね」
「ハイドライド。行こう」
「ああ」
リーファのことは気になったが、王女とジータがいれば心配ないだろう。そのままイースとともに城内へ向かった。
ミランダは立ち上がり背丈が釣り合わない中でも必死にリーファを支えようとしている。
「大丈夫? リーファさん」
「ありがとう。大丈夫よ。えっとあなた、カミーユの妹のミランダさん?」
「はい。そうです」
「はじめまして...」
リーファは優しく微笑むが、足がもつれて体制を崩す。
「ああ。無理しないで」
「一旦医務室に行きましょう。ジータさん申し訳ございませんが運ぶのを手伝ってもらっていいですか?」
「はい」
呪術師ジータは手を貸しながら一旦後ろを振り返る。
「王女。あの鏡ですが私の方で預からせていただいてよろしいですか? 一見ただの鏡に見えますが、強力な呪詛が込められた危険な鏡です。解呪を施し鏡の邪気を発散させる必要があります」
呪術師の真剣な表情を見て王女が答える。
「分かりました。では鏡はあなたに預けます。次の犠牲者が出ない内に適切な処置を施してください」
「はい。畏まりました」
ハイドライドとイースの二人は、平穏を装って和気藹々軽口をたたき合いながら廊下を歩いていく。
略奪ポイントに近い部屋の一室に入るとそっとドアを閉めた。
「まだ時間はあるな」
イースが椅子に座って背もたれに背中を預ける。
この国では処刑自体が珍しい。
ザナドゥの処刑は極秘で行われる。
従って処刑の予定は一部の人にしか知られていない。
処刑は人知れずひっそりと行われる。
「政治の闇だな」
「どういうことだ。ルイス・ザックバーンもギル・マーレンも王の顔色を窺って無実のザナドゥが殺されるのを見て見ぬふりか。賢臣と名高いが見損なったな」
不安からくる苛立ちが抑えられない。そうやって誰かを悪者にしてストレスを発散しないとプレッシャーに押し潰されそうだ。
護送途中の略奪は成功するだろう。
歴史をみても不意をついての攻撃が成功している例は多い。
問題は略奪後だ。当然追手が差し向けられる。
「船を準備している」
「城の用水路を使ってボルノ川に出て、そこから船を乗り換えて海に出る」
「大丈夫か?」
「大丈夫とは言い切れない。例えば奇襲が事前に読まれていればアウトだ。我々に勝ち目はない。想定と違う事態になった時もそうだ。どう対応するかはその時になってみないと分からない」




