第159話 ボルノ川の流れ
「心当たりと言ってもなぁ」
舞踏会会場から出る馬車に飛び乗ったハイドライドが愚痴る。
「ザナドゥさんが言ったことが事実なら、ガナッシュの港を目指したはずだ」すかさずイースが意見する。
日が沈んで暗くなった夜道を馬車は港町目指して進んでいる。
二人は馬車の中で舞踏会用の衣装から普段着へと着替えた。
「しかし、ザナドゥさんは手配が早いな。こうして普段着をちゃんと準備してくれているのは助かる。舞踏会用の衣装のままじゃ、目立つし、変な目で見られるのをいちいち気にしながら歩くのも億劫だから、とても助かる」
「ああ。こういう配慮はさすがだな」
「と言ってももう夜だ。行方知れずのリーファさんを夜通し探す訳にもいかないし、落ち着ける場所を探そう」
ハイドライドは小さく息を吐き、天井を仰いだ。
(とりあえずはこの疲れを早く癒したい。舞踏会もそれなりに気を遣ったからな)
一刻も早く休みたかったのだが、イースからは別の提案が出される。
「それもそうだが、ザナドゥさんが最後に姿を見たという橋を見ておきたい。時間も丁度今くらいの時間だったろう」
イースの提案に同意する。
(疲れはあるけど、手がかりが得られるかもしれないんだったら、そっち優先だな)
「了解。じゃあ、ボルノ川の橋をまず目指そう」
 
暗闇の中、電灯に照らされた橋は、何か特別な場所であるかのようにいつもと違う存在感を放っていた。
橋の下を流れるボルノ川は城を越えた遥か先の山を源流として城と港町を結ぶ街道に沿って流れ、最後には港町で海に到達する。大雨の時には猛威を奮い手がつけられなくなるボルノ川も今日はいつも通り、穏やかに静かに流れている。
二人は橋の中央に留まって橋を見回す。一通り観察を終えると橋の下を流れるボルノ川に目を向けていた。
「案外、速いな」
川を見てハイドライドは呟いた。
そのまま橋から身を乗り出して橋脚付近の様子を眺める。
イースから声がかかった。
「どうだ?」
「ああ。暗くてはっきり見ることはできないが、可能かもしれない」
ハイドライドの返事に満足するようにイースがゆっくりと頷いた。
ザナドゥがここでリーファを見た時、マキの姿もあったと言う。とすればマキが事前に橋脚の袂に船を用意して、川を船で下った可能性も考えられる。
イースがここに来る前にそんなことを呟いた。
実際はどうだか分からないが、もしそうならばリーファのその後の足取りを掴むことは困難だ。どのように船の段取りを行ったかなど検討の余地はあるが可能性としては充分考えられる。
ザナドゥから聞いた情報(病院から脱出後にリーファと接触した)は、二人にとっても初めて聞いた内容だった。
カミーユとギル・マーレンが一時期躍起になって消えたリーファの行方を捜していたが、おそらく二人には、って言うか誰にもリーファのその後の足取りの情報を伝えていないのだろう。その情報が伝えられていればもっと捜索は進展していたはずだ。
そんな重要な情報をザナドゥが何故カミーユにも秘匿しているのかは分からない。何か事情があるのかもしれないし、リーファ本人から口止めされて言うに言えないのかもしれない。
(それとも、変貌してしまったカミーユと距離を置くことにしたのだろうか?)
リーファのカミーユ殺害未遂から始まって、リーファの暗殺未遂、リーファの失踪、そして突然のカミーユの婚約者候補の発表。ハイドライドの知らないところでカミーユを取り巻く環境が激しく変化している。
(俺にはついていけないことだらけだ)
婚約者のリューナさんについてもカミーユから一言の相談もなかった。
(王子だし。結婚相手をいちいち友達に相談しなければいけないかって言われるとそういうものではないけれど。でもそれにしても水臭いじゃないか)
俺達の付き合いはそんな浅いものだったのかとカミーユに突き詰めたくなる。
(今までもこれからも一緒に支え合っていける友達のつもりだったけど、あいつはそうじゃなかったってことなのかな...)
うじうじ考えていると、イースが声をかけてきた。
「今から船の手配をする。明朝船で川を下ってみよう」
「分かった。船は?」
「ジャッカルが懇意にしている船問屋が近くにある。そこに頼んでみる。今夜は流石に無理だろうから、明朝で交渉する」
「じゃあ。今晩はこの辺りで宿泊か?」
「そうなるな。ついでに宿の手配もしてもらおうと思ってる」
今夜落ち着くことが決まって一安心すると、心の中に押し留めていた不安が表に出てくる。
(ギル・マーレンが躍起になって探したけれどまるで足取りがつかめなかったリーファ。我々二人だけで見つけられるだろうか?)
「見つかるかな? リーファ」
気が付いたら声が出ていた。
「さあな。俺らにできることは、足取りを掴む。追いかける。この2つだけだ。余計なことを考えても仕方がない」
「カミーユのことも、だ」
「ああ」
 




