第153話 神の力(シュラの過去編⑩)
教祖は祭壇の前にいた。
炎を見ながら、薄笑いを浮かべている。
風はなく炎は真っすぐ伸びるように灯っている。
手には採取したシュウの血液を持つ。
「いよいよだ。最後の水晶にこの魂を込めれば私は絶対の力を手に入れることができる」
炎を反映して教祖の顔がオレンジに染まる。
「ネガバラック。お前は儂の忠実なしもべとして本当に良く働いてくれた。最後は死んでしまったがな。くっくっくっ」
「儀式が終わったら、子供殺しの犯人はネガバラックだったと告発する。それで世間は納得し全て丸く収まる。完璧じゃ。ハハハ、笑いが止まらんわ」
「さて、始めるか」
教祖が祈祷を始める。祈祷の熱量に比例して炎は大きさを増す。
炎が燃え盛ってきたところで、シュウの血液を炎の中に投入する。炎はボウッと音を立て、一段と高く舞い上がる。
そして、最後の水晶玉にぼんやりとした炎が浮かぶ。ぼんやりとした炎は時間の経過とともに強い炎へと変わっていく。
今まさに祭壇前の6つの水晶玉全てに炎が宿った。
教祖はさらに祈祷に集中する。
6つの水晶の炎が白い光へ変化すると水晶玉が割れて白い光が空中に飛び上がった。白い光は空中で六角形の形に並んだ。
頭上から男の声とも女の声ともつかない声が響いてきた。
「よくやった。約束だ。そなたに力を授けよう」
「受け取るが良い。この力をどう使うかはお前次第。研鑽し精度を上げれば大きな力になるが、鍛錬を怠ればそれなりの力でしかない」
「はい。ありがとうございます」
「節度を守れよ。私利私欲に走ればそなた自身に災いが降りかかる。そのこと常に肝に銘じよ」
「はい」
声が消えると同時に、空中に浮かんだ6つの光の球は遠くへ飛んでいってしまった。
「やった。ついに念願の力がわが手に」
教祖は右手の人差し指を前に向けて「炎射」と叫ぶと指先から炎が一直線に伸びて5m先の地面をえぐった。
「素晴らしい」
「伝承本に書かれた通りの力だ」
「この力があれば神になれる」
教祖は両手を広げ感嘆の声を上げた。
「神って⁉ あんたみたいなのが神だなんて世も末だわ」
「誰だ⁉」
教祖は慌てて周囲を警戒する。
誰もいないはずの暗闇を凝視する。女性の声は暗闇から聞こえた。声のした方へ今しがた手に入れた力を行使する。
「炎射」
教祖の指先から炎が放たれる。
炎は一直線に伸びて空中で拡散した。
いや、見えない壁に阻まれて、飛び散った。
飛び散った炎の向こうから、見目麗しい少女が現れた。
切れ長の目、意志の強さを感じさせる口、セミロングの美しい髪。
美しい容貌でありながら、野生の猛獣のような危険な存在感も合わせ持っている。
少女を見て、先程より鋭い声でもう一度尋ねる。
「誰だ⁉」
「通りすがりのただの美少女よ」
「はっ⁉」
気まずい沈黙が二人の間に流れる。
(ちょっとぉ、何とか言ってくれないかなぁ。変な雰囲気になってるじゃない。せっかく私が美少女と名乗ってるのに、そんな薄いリアクションされたら、私はどうすればいいの?)
(って言っても今回は仕方ない。今後は相手を選ぶようにしよう)
シュラは余計なことを言ったと後悔しつつ、教祖に対して直球で挑むことにした。
「ネガバラックさんの関係者と言えば分かってもらえるかしら」
「ネガバラックの?」
「そお」
(正確には、ネガバラックさんと仲が良かったハルさんの知り合いなんだけど。そんなのはいいわ。説明面倒だし)
「あなたはその神の力を手に入れるためにネガバラックさんを利用して子供たちを次々に死に追いやった」
「違う?」
シュラは噛みつかんばかりに強く問いかける。
「言いがかりだな。ネガバラックは私の描くビジョンに賛同していた。彼は彼の意思で行動していた」
教祖は面倒臭さそうに釈明すると居丈高に声をあげる。
「邪魔だ。早々に立ち去れ。ここは一般人が興味本位で入っていい場所ではない」
「炎射」
シュラの人差し指から炎が放たれた。
炎は一直線に教祖に向かって突き進み、教祖の右側を通り抜け背後で爆発した。
教祖が息を呑む様子がわかる。
「貴様、私と同じ力を...」
「だとしたら、どうだって言うの? 自分だけが特別だなんて思い上がりも甚だしいわ」
「自分の犯した罪を認め、法の下に委ねなさい」
「うるさい。法が何だってんだ。私こそが神だ。神の力の下に人々が従うのだ」
「せっかく手に入れたこの素晴らしい力を手放してなるものか」
「埒があかないとはこのことね」
シュラは右手の人差し指を教祖に向けて真っすぐ伸ばす。
それを見た教祖は自身の前に両手を広げて叫ぶ。
「絶対防御!」
「ハハハハハ。この壁はあらゆるものを遮断する。剣も矢も、そして魔法も」
シュラは足元の小石を拾い、教祖に向かって思い切り投げつけてみる。
コン、と音をたてて小石は教祖の手前で跳ね返った。
(・・・)
教祖の言う通り、そこには見えない壁が存在する。間違いないようだ。
シュラは教祖を凝視しつつ、「炎射)」と叫んで炎を放出した。
炎は教祖目がけて一直線に向かって行く。
炎は教祖を包み込んだかに見えたが、実際には教祖に届く前に、見えない壁によって霧散していた。
最前、教祖が放った攻撃がシュラの目の前で弾かれたのと同じことが起こった。
消えた炎の先、口元に笑みを讃え勝ち誇った顔の教祖の姿がそこにあった。
「無駄だ。何度繰り返しても同じこと。絶対防御の壁はあらゆる攻撃を跳ね返す」
シュラは動じない。鋭い眼光を教祖に向けつつ頭の中で状況を整理する。
(ハッタリではないようね。確かに強力な壁が存在する)
(絶対防御の魔法なら、全ての攻撃は壁によって遮断される)
(さっきの炎の攻撃といい、教祖と呼ばれるこの男の使う力は魔法そのものだわ。人間の中にも魔法を使える人間が存在するの?)
(いや、違うわね。おそらく魔法を使えるようになったのはごく最近。でも、一体どうやって⁉)
「どうだ。恐れ入ったか。この力を駆使して世界の王、そして神に私はなる。私こそが神になるべき選ばれた人間なのだ」
「だが、私は無茶はしない。ここでそなたと争う気はない。さらばだ」
シュラは教祖の挑発に応じず、教祖と教祖の繰り出した魔法の壁をじっと見つめる。
(やっぱり。まだ慣れてないから魔法の使い方が粗い。本人もそれを自覚している。だから魔法を使いこなせるようになるまでできるだけリスクは避けようとしている)
(つまりはこの場から逃げようとしている)
(それにしても世界の王、神になるとは!)
(結局、魔法の教育が充分でない者がその力を手にしてしまうと私利私欲に走る。それが如何に愚かなことか。だけど当人はその愚かさを全く分かってない)
(なんでこんな奴に魔法を授けたのか)
シュラは頭に手をやり項垂れた。
その姿を見た教祖がさらに追い打ちをかけて高笑する。
「今からでも遅くない。泣いて詫びを入れれば弟子のひとりに加えてやろう。どうだ悪くない条件だろ。王の元に跪け。儂が王になれば死んだ者達も浮かばれる」
教祖の勝ち誇った態度、そして犠牲になった者を嘲笑う言葉がシュラの熱情に火をつけ、苛立ちを加速させた。
(人を導く立場を利用して人を弄び、子供達そして子供を失った人達への償いの言葉も一切ない。さらに魔法の持つ力に浮かれ神聖なる魔法の尊厳をも冒涜する。この傲慢さ、心の底から腹が立つ)
「許せない」
シュラの顔つきが変わる。目の色が赤く変化し獲物を狙う猛獣のような鋭い眼光を教祖に向ける。
「魔法の力を手に入れた程度で神などと...」
「上には上がいるってことを思い知れ!」
右手を高らかに掲げ、そこから真っすぐ教祖に向け人差し指を差し向けると地面へと指を向けた。
「牙岩群槍)」
シュラの叫びと共に教祖の足元の大地が割け、無数の尖った岩が突き出し、教祖の体に突き刺さる。
「ば、馬鹿な」
教祖は口から血を吐出すと苦痛に顔を歪めながら呻いた。
「そなたは一体何者だ⁉」
「お前が知る必要はない」
絶対防御の壁は消失している。
シュラは教祖に近づき、無数の岩で身動きがとれない教祖目がけて、両手の手のひらを開いた状態で腕を伸ばす。そこから一気に気を集中させる。
「紅華煉獄」
シュラの両手から放たれた強力な熱量の炎が教祖の体を包み込む。断末魔の叫びと共に教祖の体はみるみる燃え盛り、骨も残さないほどに燃え尽きてしまった。
シュラは何事もなかったかのように掲げた手を下ろすと、鉄面の表情のままスタスタとその場から離れた。
(ハルさん、終わりました。シュウくん、フユリさん、ネガバラックさんの仇であり、全ての元凶であった教祖はこの世から抹殺しました)
(しかし、私も罪を犯したからにはただではすみません)
その目には強い覚悟が宿っている。
頭の中で声が響く。
『人間界で魔法を使ってはならない』
『魔法を己の私利私欲の道具にしてはいけない』
幼い頃から女王に言い含められてきた絶対の掟を破ってしまった。さらに魔法で人間を殺してしまった。
(最早弁解の余地はない)
裁判の結果次第になるが、おそらく記憶を消され魔法を封印されることになるだろう。勿論、次期女王への道は閉ざされる。
(後悔はしていない。私は私の意志で、他人の尊厳を踏みにじり、魔法を自身の権力拡大の道具にしようとした人間を抹殺した)
ふと、出発前に握手を交わした時のルナのあどけない笑顔を思い出した。甘えん坊でやんちゃなルナ。
(ルナ。後のことは頼んだわよ)
立ち止まり腰に手を添えて大きくため息を吐く。
「ま、しゃーないな」
(恐らく奴(教祖)を唆したのはレムリアだろう。どういった経緯かは知らないが、あんなクソに魔法を授けることをしなければ、こんなことにならずに済んだはずだ。今度会ったら厳しい言葉で問い詰めさせてもらおう)
シュラは海へ向かって歩き出した。




