第138話 密命
《5日前 ブエナビスタ城内》
ザナドゥは父に指定された時間に父に指定された部屋を訪れた。ノックをして中に入ると、大臣ルイス・ザックバーンの第一秘書官のランゲランがソファーに座っていた。
ザナドゥは噂に聞く長身の有能な秘書官をじっと見る。
(ザックバーン大臣の信任厚き部下。かなりのやり手とか)
「おはようございます。ザナドゥ・カスティーナです」
「おはよう。よく来た。まあ、かけたまえ」
「はい。失礼します」
薦められたままソファーに腰を下ろすとランゲランは気さくに話しかけてきた。
「私と君の父上カスティーナ卿は仕事上で連携をとることが多くてね。君とは初対面だが君のことはいろいろと聞かされている」
「光栄です」
「父上から話は聞いているかな?」
「はい。こちらに呼ばれた目的と今回の任務について簡単な説明は受けました」
「そうか。なら話が早い。早速だが、私からの用件を話そう」
ランゲランは両手を膝の上で組み、姿勢を少し前のめりにして話しかけてきた。
「王子殺害未遂事件で民衆が連日デモを行使しているのは知っているよね」
「はい。容疑者リーファへの極刑要求のデモですね」
「そう」秘書官ランゲランは返事をして大きくため息を吐いた。
「デモ自体は法に則ったことだし何も問題はない」
「ただ、内容については簡単に容認できるものではない」
「私の言っている意味は分かるかな?」
「はい。デモの内容は自分達の感情を優先し、法を全く無視したもので、政府としては法に則った....」
ザナドゥはランゲランに促されるまま私見を披露した。
ザナドゥとしては突然のフリに思いついたままを述べただけだったが、ランゲランにとっては満足のいく内容だったようだ。
「私の役割は、風紀の乱れに目を光らせる、そのための市中の警備とうがっていますが...」
ザナドゥは話の流れから、ここに呼ばれた理由はデモを抑制するためと推察したが、実際はどうなんだろうと思い、単刀直入に尋ねてみた。
「簡単に言ってしまえば君の言う通り、間違いではない。ただ、それだけなら警察や城の警備兵の力を借りればいいだけの話だ。わざわざ新しく組織を作ってまで対応するほどのものではない」
「・・・」
「ここからの話は君の胸だけに留めてもらいたいのだが・・・」
「つまりは今回の任務の本当の目的ですね」
「そうだ」
「了解しました」
ランゲランの眼光が鋭く光る。
「大臣及び国王は民衆のデモが暴走してしまわないかということをとても危惧している。デモを監視し、暴走に発展することがないように未然に食い止める、そこは最低限として心得てもらいたい。可能であれば首謀者の拘束あるいは逮捕まで行って構わない。そのための権限も与える」ランゲランはあえて抑揚を抑えるようにしてしゃべった。
(なるほど。デモは城の人間にとって目の上のたんこぶ。早めに潰してしまいたいが、警察や城兵を張り付かせる訳にもいかないから、自分達の意のままに動かせる人間をつけて、なんとかしようという魂胆か)
ランゲランから地図を見せられる。
「警備範囲は、城壁から港町までの街道とガナッシュの港町だ。君には見回りを行いつつ現場全体を総括する立場で動いてもらいたい」
「これだけの範囲を一人で把握することは不可能だから、地区を3つに分け、4つの隊で活動してもらおうと思っている」
「3つの隊で見回り、その間1つの隊は休息ということですね」
「そうだ。理解が早いな。既に人員は募っている。揃い次第活動を開始してもらいたい。何か質問は?」
前を向くとランゲランと目が合った。そこで頭の中で用意していたセリフを口にする。
「異変が起こった場合の対処や首謀者の拘束など誰に判断を仰げばいいのですか?」
「私に。本来であれば大臣直属の組織なのだが、一から十まで大臣に判断を仰ぐ訳にはいかないから、報告をもらったものの中で特に重要そうなものだけ大臣に報告する」
「秘書官が捕まらなかったり、現場で一刻を争う事態に直面した時は?」
「その時は現場のリーダーの君が判断して、事後で報告してくれても差し支えない」
「分かりました」
(やれやれ、就職も決まって羽を伸ばそうとした矢先にこれだ。クソ親父め。俺が暇だと思って安請け合いしてきたな)
(仕方ねえな。割のいいバイトだと思って割り切るか)
「これを渡しておこう」
考え事をしていたら手にメモを渡された。人の名前が羅列してある。
「何ですか? これは」
「デモ参加者のリストだ」
ざっと目を通す。
(ほう。もうこんなところまで調査が済んでいるのか)
「リストには書いてないが、元ソロモン国宰相のグロティアがデモに深く関わっているとの情報を入手している」
ランゲランは重要な情報をさらっと伝えてきた。
「亡命してガイル・コナー殿の元に身を寄せていると聞きましたが違うのですか?」
グロティアのことはカミーユ達から度々聞いていた。そうでなければまるで興味のない人間だ。
ブエナビスタに亡命後のグロティアは、元々親交のあったガイル・コナーの元で人が変わったかのように大人しく地味な生活を送っている、と聞いている。
「いや、君の言う通り。今もガイル・コナーの庇護下で生活している。グロティアは元々権力への執着が人並み外れて高い人間だ。最初こそ大人しくしていたが、だんだん我慢できなくなったのだろう」
ランゲランがこちらの覗きこむようにして尋ねてくる。
「もしお前さんがグロティアだとして、デモ隊を自由に操れるとしたら、どう使う?」
「どう使う?」
どう使うと聞かれても、思いつくことがなく黙っているとランゲランが続きを話してくれた。
「私がグロティアならデモ集団を何とか言いくるめて反政府集団として手懐ける。そして折を見て城に攻め込む」
「まさか、そんなことが...」
「相手はあのグロティアだ。用心に用心を重ねるくらいが丁度いい」
「ということで、貴公がもしグロティアを知らないのだとしたら、一度は自分の目で確認しておくことだ」
ランゲランの瞳の奥に、ルイス・ザックバーンの瞳が重なる。
(なるほど。そういうことか)
日が暮れてから随分経つ。食事を終えた客が幸せいっぱいの顔で家路につくのが見える。それとは違う人々の群れ。
「随分集まったな。ざっと40人か」
リーダー格の人物の指示で決められた場所へと散っていく。
腕相撲の店からは食事を終えた人々が続々と出てくる。イベントの方はあの回以降行われないので、今日はあれで終わりなのだろう。あれだけ盛り上がれば店としては大成功だと言える。
ひと際大きな声で挨拶する声が聞こえる。
「ありがとうございましたぁ」
店の人間が全員総出で90度の角度で頭を下げている。
それに対して、一人の若い女性が遠慮がちに「ご馳走様。お料理美味しかった」などと言っている。
(さては、あれか? 例のアルタイルを負かしたっていう剛腕姉ちゃんというのは)
(ここからだと丁度陰になってよく見えないな)
ザナドゥは場所を移動する。
シルエットを見ながら、兵士達の会話を思い出す。
(普通の女性だな。確かに)
ようやく顔の見える位置に移動して見た姿に、びっくりして尻もちをつきそうになってしまった。
(あ、あれは、リーファさんじゃないか)
目を凝らしてもう一度確認する。
やっぱりリーファだ。
(何故、リーファがここに⁉ 健康状態が優れないからと留置場から城の医療室に移されたと聞いていたが...。それとも...同じ顔の他人?)
真偽を確かめるために、飲食店を後にした彼女の後を追うと一人の女性が彼女の前に立ちはだかった。




