第135話 剛腕姉ちゃん
「こいつは俄然面白くなってきた。アンドレア、ちょっと耳貸せ」
進行役の男が第二戦の男に何やら吹き込んでいる。
「ちょっと待て! 俺にわざと...」
「しーっ。声が大きい」
「いいか、アンドレア。あの剛腕姉ちゃんが強いのは分かったが、それでも客はお前が勝つと思ってる」
「当然だ。俺が負けるわけがない」
「そうなった場合、我々の賭けの取り分はどうなると思う?」
「それなりだろうな。そもそも腕相撲は単なる客寄せだ。賭けの収益もそう。余興の余興だ」
「店の方針はそうだけどさ。今月はまとまった金が必要なんだよ。わざと負けるなんてプライドが許さないのは分かるけど、まとまった金があればみんなが幸せになれる。頼むよ。アンドレア」
「断る。いくらお前の頼みでもそんな自分を裏切るようなマネはできねえ」
進行役の男はアンドレアを一睨みするが、諦めたように視線を反らした。
「ちぇっ。分かったよ。好きにしろ。全く」
リーファはお店から水をもらって、空腹の足しにしていた。
(美味しい)
「よう。剛腕姉ちゃん」
(ご、剛腕姉ちゃん?)
声のした方を見ると次の対戦相手が歩み寄って来ていた。
「何か?」
「あんた、それどこで鍛えた?」
(腕力のことかな?)
「海」
アンドレアと呼ばれた対戦相手は相好を崩した。
「海? へーっ。奇遇だな。俺も元々は漁師だった」
「漁師? 海の男ね」
「ああ。海の男だ」
アンドレアは誇らしげに胸を叩く。
「あんた、どこから来た」
「デグレト」
「デグレトか。俺の知り合いでハルって婆さんがイエローシティに住んでいるんだけど知ってるか?」
「ハル...さん? 知らないわ」
「そっか。昔、デグレトのズーン村ってところで果樹園を経営していた頃、とても世話になった人だ。両親を早くに病気で亡くして身寄りのない俺にとても優しくしてくれた人なんだ」
「へー」
「いろいろあってね。苦労している人だから困ってる人を放っておけないし、そんなハルさんだから俺らもハルさんのためならってんで頑張ってしまう」
「へー」
「あんた、人魚の存在を信じるかい?」
「人魚⁉」
(何だろ。唐突に)
リーファは不思議そうな顔で、対戦相手の顔を見る。
対戦相手のアンドレアが無言でリーファの顔をじーと見る。
(まさか。私が人魚だとバレた⁉(汗))
リーファは内心の焦りを隠し、平静を装う。
アンドレアは神妙な顔つきで話を続ける。
「ハルさんは人魚の存在を信じてる。人魚の話になるとハルさんは人魚は存在すると言い張るんだ。ただ理由を聞いてもそれには答えない。そんなハルさんを世間はちょっと変わった人だと決めつけているけど、俺はそうは思わない。きっと人には言えない理由があるんじゃないかと思っている」
「・・・」
(どういうことかしら?)
(ハルさんか?)
リーファは気になって尋ねてみる。
「そのハルさんっていくつくらいの人なの?」
「もうだいぶ年だ。年齢までは覚えていない」
アンドレアは遠くを見て考える目つきをする。
「イエローシティに住んでいるの?」
「ああ。もう引退して悠々自適に暮らしている」
穏やかな顔で話すアンドレアを見てつい和んでしまう。
「せっかくだからデグレトに戻ったら訪ねてみるわ。ついでにアンドレアがよろしく言ってたって伝えといてあげる」
「そうか。助かる。場所は・・・」
リーファはアンドレアからハルさんの住所の書かれた紙を受け取るとポケットにしまった。
(考えられるのはただ一つ、人間の姿なのか人魚の姿なのか分からないけど、人魚と接触した)
(時間がある時にイエローシティに立ち寄ってみよう)
リーファは目で相手の様子を窺う。
「これから対戦するってのにこんな話してる場合じゃねえよな。済まねえ。デグレトの出身と聞いてついうれしくて話し込んじまった」
「俺は手加減しねえからそっちも手加減なしで来てくれ」
「もちろん」
リーファは人が好さそうなアンドレアに笑顔で頷きながら、気合で返答した。
「そろそろ、やるぞー」
進行役の男からお呼びがかかった。
二戦目の相手アンドレアと手を組む。リーファはアンドレアの顔をじーと眺めた。集中している。
(さっきまでの人のいいお兄さんとは別人の顔つきね)
右手に意識を集中させる。
「用意!」
(どっちにしても、同情より私にとって大事なのは...)
(ご飯なの!)
「はじめ!」
 
『特別警戒隊 第3地区』
黄色い腕章をつけた3人の兵士が馬に乗って、宵の街を歩く。
「うおーーー」
どこからか大きな喚声が聞こえる。
中央の体格のがっちりした男が訝し気に隣の兵士に尋ねる。
「何だ⁉ 何の騒ぎだ⁉」
「向こうの通りからですね。ちょっと見てきます」
そう言うと並んで歩いていた騎馬の一騎が小走りで離れて行った。
騎馬はすぐに戻ってきて体格のいい男に報告した。
「飲食店で腕相撲のイベントが行われていて、喚声はそこのものでした」
「腕相撲⁉」体格のいい男は首を傾げる。
「はい。ちょっと見に行きませんか? 若くて美しい女性が屈強な男を3人倒したそうで、すごい盛り上がりを見せてます。もう一回、最期の勝負があるそうなので覗いてみませんか?」
「ああ」
気のない返事をした後で考える。
野次馬見学するつもりはないが、興奮状態の人が集まると何が起こるか分からない、任務とは関係ないが一応は確認しておこうか。
「興味がおありでないようならいいですが」
返事を聞いて興味がないと思ったのか、若い方の兵士が気を回す。
「誰が興味がないと言った。その飲食店に案内せよ」
若い兵士は一瞬戸惑った顔をしたが「はい」と返事をすると「こちらです」とお店の方に足を向けた。
なるほど。店内はお祭り騒ぎだ。
店の外にまで腕相撲見学の野次馬で溢れかえっている。
「この不景気にすごい人だな」
店に群がる人達の声が聞こえる。
「おめえ、どっちに賭けるよ」
「そうだなぁ。剛腕姉ちゃんも捨てがたいけど、実績からやっぱりアルタイルかな。無冠の帝王の異名は伊達じゃねえ」
「確かにな。剛腕姉ちゃんが強くてもさすがにアルタイルには敵わねえだろう」
(剛腕姉ちゃん?)
体格のいい男は隣の兵士に話しかける。
「お前が言っていたその女性、どうやらアルタイルと勝負するらしいな」
「そのようですね」
「アルタイルじゃ、勝負になんないだろ。もし俺が客だったら全額アルタイルに賭ける」
「もの好きな女がいるものだな。せっかく来たし、その剛腕姉ちゃんとやらの顔を拝んでみるとするか」
体格のいい男と兵士はそれぞれ下馬して、店に近づくが人垣で埋め尽くされ中の様子を見ることができない。
「全然分かんねえ」
「まあいい。腕相撲の見学に来たわけではないからな」
体格のいい男は踵を返すと、近くの柱に寄りかかってポケットから出したミニボトルを口に含んだ。若い兵士二人は何とか中の様子を見ようと人垣の中へ入っていく。
店内の喧騒に交じって、「腕を組んで。用意。スタート」とアナウンスする声が聞こえた。
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まだ物語の途中なので評価は難しいと思いますが、一次選考に選ばれるといいなと勝手に思ってます。
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