第134話 腕相撲対決
夜とは言っても宵の口らしく、城内の廊下には公務に従事しているであろう人がまだまだ多かった。リーファは姿を消す魔法を使って、誰にも気づかれないよう廊下を急ぎ足で走り去る。
難なく城を出ると、街へと続く街道を思い切り駆けてゆく。
どれくらい駆けただろうか? 疲れと空腹がリーファの足を止めた。
(もうだめ。お腹がすきすぎて走れない)
(でも、お金持ってないし。無一文じゃどうしようもないか)
どこか体を休める場所を探していると、通り沿いの商店街の方から声が聞こえた。
「さあ。腕に覚えのあるものはこの店に寄ってきな」
「1人抜きで金貨1枚、3人抜きで金貨5枚だ。ただし途中で負けたらその時点で金貨は没収。元手はいらねえ。参加は自由。ただ勝っても負けてもこの店で食事をしていってもらう。これが条件だ。どうだ、こんないい話はないだろう。次の挑戦は誰だい?」
リーファはそっと店を覗いてみる。
筋肉質の屈強な男とやや細身だが筋肉質の男が手を組んで腕相撲をしている。周りではそれに対してどちらが勝つか賭けて盛り上がっている。
筋肉質の屈強な男が顔を真っ赤にして渾身の力を入れているがびくともしない。一方の細身の男は余裕の表情だ。
その内、細身の男が腕に力を込めると勝負はあっけなくついた。細身の男は拍手喝さいの中ガッツポーズを上げる。細身の男は主催者側の人間だったようだ。
(腕相撲だったか)
(金貨5枚は魅力的だな。それに最初の勝負で勝ってそのお金を元手にすれば何十倍ものお金を手にすることができる。食事をしても十分お釣がくる)
何気ない様子でイベント会場に視線を向ける。
店内は進行役のアナウンスで絶好調の盛り上がりを見せている。
「次。我こそはという者はいるかな?」
挙手する人間がいないことを見計らってリーファは手を真っすぐ上げて前に出る。
「はい! 挑戦します」
進行役の男が言葉を失い、不思議なものを見る目で見返してくる。
「・・・」
「挑戦します」リーファは進行役の男の戸惑いなどお構いなしにもう一度自分をアピールした。
このやり取りを見てさっきまで騒いでいた周囲が静まり返る。
進行役は急に真顔になって言い放つ。
「いや。あんたにゃ無理だ。止めといた方がいい」
リーファは反論する。
「そんなの。やってみなきゃ、分からないと思いますけどね」
進行役の男は、自分の忠告を全く聞く気がない様子を見て、左右に首を振って会話を打ち切ってしまった。
周囲の野次馬が無責任にはやし立てる。
「いいじゃねえか。やらせてみなよ」
「姉ちゃん、威勢がいいな」
やれやれといった表情で進行役の男がリーファを少し憐れんだ目で見る。
「腕痛めても、責任とらねえからな」
「責任とってもらおうなんて思ってません」
「いいんだな」
「はい」
進行役の男は姿勢を正し、仕事モードに切り替える。
「えー、それでは挑戦者。名前は?」
「ミーティア!」
「では、こちらのアーネストと挑戦者ミーティアの腕相撲対決を始めます」
「挑戦者ミーティア。イベントの主旨は理解しているか? それとも説明が必要か?」
「さっきの勝負の時聞いたわ。説明は結構よ」
店内から野次が飛んでくる。
「別嬪の姉ちゃん、頑張れよー」
「アーネスト。鼻の下伸びてんぞー」
「怪我だけはさせんなよー」
「では腕相撲対決1回戦。両者手を組んで」
リーファはアーネストと呼ばれる男とガッチリ腕を組む。
彫の深い顔のアーネストがこちらを睨みながら言う。
「どういうつもりか知らねえが、力の差があり過ぎる勝負って逆にしらけるんだよな。周りはあんな風に盛り上がってるけど、一気に勝負をつけさせてもらうぜ。勝負の世界を甘く見ないことだ、お姉ちゃん」
対戦相手のアーネストは相手が女性でも容赦しない様子だ。リーファに対して圧力をかけてくる。
「やだーっ、そんな怖い顔して。お互い頑張りましょうねー」
リーファはニッコリ微笑む。
「ブチッ」と何かが切れたような音がしたが気付かない振りをする。
(私だって負けるつもりは1mmだってないわ)
体中の質量を右手に集中させる。
「はじめ!」
「金剛撃手」
相手の腕力が右腕に伝わってくるが、金剛撃手の前にびくともしない。さらに力が込められるが結果は同じだった。
相手の表情にみるみる焦りの色が浮かび上がる。
進行役の実況も想定と違う展開によって言葉を失っているのは明らかで、「アーネスト選手。まだまだ余裕の表情です」から「お姉ちゃん。アーネスト選手に対して互角の勝負」に変わり「そろそろ勝負を決めてもいいでしょう」と言ったきり、10秒経ってもアーネストはリーファの腕を倒せないどころか1mmも動かせないでいる。
歯を食いしばり、顔を真っ赤にしているアーネストがふと力を抜いた瞬間を見計らってリーファは腕に力を込めた。
90度に保たれていた両者の腕は一気に傾き、アーネストの最後の抵抗も虚しく、手の甲が台に着いた。
リーファの勝利に店内の誰もが目を瞠る。
「勝ったわ。嘘みたい」自分でもわざとらしいと思いながらはしゃいでみせた。
アーネストが呆然としながら左手で自身の右腕をさする。
進行役の男は目くばせしながら小声でアーネストに話しかける。
「おい。今のはマジか。それとも場を盛り上げるためにわざと負けたのか?」
それに対して、アーネストは首を振る。
進行役の男がリーファの元に歩み寄る。
「おめでとう。ミーティアさん。すごい腕力をお持ちですね。どこかで格闘の経験でも?」
「ええ、昔ちょっと...」面倒なのでお茶を濁す。
「なるほど」
「皆さん。華奢な体でありながらアーネスト選手を破ったミーティアさんに拍手を!」
大きな声でアナウンスすると、店内から一斉に拍手が沸き起こった。
「さて、ミーティアさん。一人勝ち抜きで金貨1枚の権利を得ましたが、ここで終わりにしますか? それともさらに挑戦しますか?」
「あの...今いただける金貨1枚を次の勝負の掛金にするのはアリですか?」
「掛金に? 勿論。問題ございません」
「さて、どうしますか?」
「やります」
ピースサインで次の勝負への意気込みをアピールする。
店内から「おおー」という歓声が沸き起こった。
「では、二人目。アンドレア選手」
「おう」
野太い声と同時にマッチョな男が現れた。
「かわいい姉ちゃん。次の相手はこの俺だ。お手柔らかに頼むわ」
「こちらこそ」さっきと同じく笑顔で応じる。
早速、店内でどっちに掛けるか、募集する声がかかる。
客の中には先程の勝負を店側の仕掛けた八百長と疑っている者も少なくない。現時点ではアンドレア選手の体格と筋肉への期待がリーファ勝利の期待を上回るオッズとなっている。
「姉ちゃん。今度も期待してるぞ」
「頑張れよ」
店内ではリーファを応援する声が多く飛び交っているが、現実的な判断で目の前の相手アンドレアの勝ちと予測しているのだろう。
「待て」突然店内の客から待ったがかかった。
「そこの姉ちゃんと店の者がグルってことねえよな」
客は真っすぐリーファを見据えて言う。
(何を言い出すかと思えば...でも言われてみればそう思うのも無理はないわね)
「私はたまたま通りすがりで、この店に入っただけですし。このお店自体初めてなので、グルとかそんな...」
リーファの説明が言い終わらない内にさっきのアーネストが、客の疑いを晴らすための主張をする。
「俺は手心なんて加えてない。さっきも全力で戦って、それで負けた」
客は二人の主張を黙って聞いていたが、お店に対し自分のアイデアを提示してきた。
「分かった。ではこうしよう。店と関係ない客の誰かとお姉ちゃんで勝負する。そうすればさっきの勝負がガチの勝負だったか、それとも示し合わせたものだったかが分かるだろう。その勝負を踏まえてもう一回賭けを成立させる。どうだろうか?」
言い終わるや否や「賛成」「いいね」の声が響く。
そしてリーファの相手に選ばれたのは、アレイという若者だった。アーネストやアンドレアに比べれば体格は小さい方だが、それでも女性と腕相撲をして負けるようなタマじゃない。
正式な勝負ではないが、みんな食事する手を休めて注目する。
「では、両者腕を組んで!」
リーファはアレイと手を組む。
さっきと同じように、右手に全身の力を集中させる。
「用意。はじめ!」
今度はさっきのように引き延ばしたりはしなかった。「ごめんね」と言って一気に勝負をつけさせてもらった。
勝負がついた途端、一気に店内がどよめく。
「まじか...」
「あの姉ちゃん、本物だ」
「こりゃ、次もひょっとしたらひょっとするかもしんねえぞ」
「あの華奢な体のどこにそんな力があるんだ?」
客から注目が集まる中、リーファは店内を羨望の眼差しで覗きこむ。料理の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
それにしてもお腹がすいた。
《リーファ、ご飯にありつくまで、残り2勝》
この腕相撲対決に「金剛撃手」という技を使わせていただいてますが、この技には特別な思い入れがあります。
2年前にこの作品に感想を投稿してくれた方がいて、その方もなろうで小説を書いていたんです。以来、その方とはお互いの作品を応援し合って励まし合って、背中を押し押され、そんな関係でした。
既にその方は投降を止めてしまって私だけが続けているという状況ですが。
その方の書いている小説の主人公が「金剛撃手」という名前の必殺技を使っていました。
当時のことを思い出し、懐かしさと感謝を込めて、その作品の「金剛撃手」という技を使わせていただきました。




