第133話 レムリアの記憶
リーファはその日の内に城内の医療室に移された。
リーファが毒殺されかけたことは伏せられ、健康状態の悪化によるものとされた。医療室に移されたことも必要な人間以外には知らせないように情報統制され、部屋と食事にも徹底した管理体制が敷かれた。
リーファはあれ以来まだ眠ったままだ。
カミーユの部屋で、ドイル医師とギル・マーレン、カミーユが顔を寄せ合う。
「全く信じられない」ドイル医師が驚きに満ちた目で二人に話す。
「今回使われた毒物は、ゲキサイシンという毒で、たった1mlで牛10頭を死に至らせることができるきわめて強力な毒です。この物質が現場に落ちていたコップとリーファ殿の吐瀉物から検出されました」
「ということは、つまり?」カミーユは先を促す。
「つまりですね。致死量以上の猛毒を口に含んで通常なら即死になってもおかしくない状態で生きているなんて有り得ないのですが...本当に奇跡としか言いようがない」
カミーユは説明を聞いて背筋が凍る思いがした。
(神がリーファを救ってくれたのだ)
そして、リーファが生きていることを改めて神に感謝した。
ドイル医師が部屋から退出した後、ギル・マーレンが90度に頭を下げた。
「申し訳ございませんでした、王子。私の落ち度です。もっと管理を厳重にすべきでした」
「過ぎたことはいい。リーファにこのような形で魔の手が及ぶことなんて誰にも予期できなかった。誰のせいでもない」
ギル・マーレンが伺うような視線を向けてくる。
「真犯人の仕業でしょうか?」
「間違いないだろう」
カミーユは拳で机を思い切り叩いた。
普段温厚なカミーユだが、感情の抑制ができないほど激高している。
ベッドでのリーファとした会話が頭に蘇る。
(彼女が何をした。何故彼女が殺されなければならないんだ)
ギル・マーレンがカミーユの感情が治まったタイミングで話を切り出す。
「王と王妃から検察に、捜査を一から見直しするよう厳命がありました。さすがの王妃も事の重大さを認識したようで、軽はずみな厳罰論を慎むよう自ら声を上げているということです」
「当然だ。真犯人は由緒あるブエナビスタ城でやりたい放題。こんなことが許されるはずがない」
カミーユはギル・マーレンに鋭い視線を向ける。
「ギル・マーレン。手段は問わない。これ以上真犯人に好き勝手させるな」
「かしこまりました。必ずや尻尾を掴んでみせます」
「頼む」カミーユは信頼厚き臣下に対し、頭を下げた。
「では私も職務に戻ります」
部屋の出口に向かう所で、ギル・マーレンが振り返った。
「そう言えば、ミランダ様からリーファ殿のことをいろいろ聞かれました。当たり障りのないところで答えておきましたが、よろしかったでしょうか?」
「ミランダが⁉」カミーユは怪訝な顔で返す。
「はい。リーファ殿のことをえらく気にしておられる様子でした」
「事件の第一発見者だからな。どうしても気になるんだろう」
「それだけが理由ではないようです」
「どういうことだ⁉」
「将来、私のお姉さんになるかもしれない人だから、と。そうおっしゃっていましたが、そうなのですか?」
途端にギル・マーレンの目が悪戯っぽいものになる。
「余計な詮索してないで。さっさと仕事に戻れ!」
「失礼しました、王子。ではまた」
(全く!)
《睡眠中のリーファの意識》
リーファは緑と水に囲まれた美しい空中都市の入口に立っている。
「ここは?」
「最果ての地レムリアだよ」
周囲には誰もいない。声だけが脳に響いてくる。
「レムリア?」
「そう。選ばれた者しか見ることができない。地上最後の楽園さ」
「何故、私が⁉」
「選ばれた者だからだよ。リーファ」
「意味が分からない」
「分かりやすく言うと、君達人魚族とレムリアは元は同じの仲間だった。同じ一族ということさ。だから君をここに連れてきた。どお? それで納得したかい⁉」
「ナターシャ様よりもずっとずっと昔の頃の話ね」
「そういうこと」
遥か先の崖の上に扉が見える。
(あの扉がレムリアへ通じる扉なのだろうか)
「私達人魚とあなた方につながりがあるということは分かったけど、私は人魚。海の中での暮らしが全て。いきなりレムリアだなんて言われても興味ないわ」
「レムリアには君の欲しいもの、望むものが全て揃っている。一度来れば素晴らしさは分かるはずだけど...まあいい。興味が湧いたらいつでもおいで。君なら大歓迎だ」
「ないって言ってる!」
「それじゃ、また」
その言葉が終わるや否や目の前の空中都市はパッと消え失せた。
(なんだったのかしら?)
目の前にマキが現れた。
「リーファ!」
「マキ!」
「こんなところで何やってるの? さあ行くわよ」
マキに手を引かれるがマキはそのままスタスタ行ってしまう。
「ああ。マキ。待って。私も行く」
(あれっ。動かない。手も足も)
手も足も鉛のように重く、全く動かない。
マキは動けないリーファにお構いなしにどんどん先を歩いていく。
「マキー。待ってったらぁ...」
目を覚ましたリーファは周囲を見渡した。
(ん。夢か⁉)
薄暗い部屋の中、ベッドの上に自分はいる。
(...部屋が暗い。夜なのかしら)
リーファは仰向けの状態で手に力を入れてみる。
夢の中では手も足も全然動かせなかった。現実ではどうだろうか?
(動く)
次に足に力を入れる
(足も動く)
お腹と頭も確認してみる。
(お腹はすっきりしている。頭も問題ない)
(それにしても危なかった)
カラファからもらった薬のお陰だ。
あの時のカラファとのやり取りを思い出す。
「この薬はね。人間と私達人魚では基本的な体の構造は同じだけど、食べ物によっては人間は平気でも人魚には良くないものもあるかもしれない。何かを食べたり飲んだりして体に異変を感じた時、この薬を飲んで。私達人魚にとって良くない毒素を緩和できる万能薬よ」
「何か食べてお腹が痛くなっても、これを飲めば大丈夫ってこと?」リーファは瓶から黒い丸薬を取り出して凝視する。
「そうよ」
「ただ、本格的な毒、例えばゲキサイシンとかの場合はこの薬だけではダメね。その場合は体中の細胞を強制的に仮死状態にして、毒が体に入り込まないようにするとかの工夫が必要ね」
カラファの言った通り、薬を口にした後、毒を口に含むか含まないかのタイミングで全身の細胞を仮死状態にして、毒が口内と胃の中以外いきわたらないように封じ込めたことで、最悪の事態を回避することができた。
女の高笑いが脳裏に浮かぶ。
(全てはあの女が元凶だった)
(シュラ。いけしゃあしゃあと、よくも私にカミーユの嘘の伝言を。許せない!)
リーファはふとんを押しのけガバッと起きると軽く体を動かして見せる。
(気持ち悪いとかもないし。大丈夫)
(こうしてはいられないわ)
部屋の入口から廊下に出ると誰もいないことを確認して、廊下を駆け出していった。




