第130話 留置場内の急変(前編)
人影が壁ごしに留置場の様子を窺う。
「よし、誰もいない」
人がいたような気配があったが、気のせいだったようだ。
ミランダはほっと一息ついて、留置場の中を忍び足で進んでいった。
(お兄ちゃんはもう来たのかな?)
「初めて来たけど、この雰囲気は正直苦手だな」
心臓が早鐘のように高鳴る。何かしゃべってないと恐怖に押しつぶされてしまう。
「あっ。ここだ」
「リーファさぁーん」
部屋の中を見ると、入り口付近にリーファと思われる女性が横たわっている。
「そんなところで寝ていると風邪ひいちゃいますよー。起きてくださーい。おぉーきぃーてぇー」ミランダは優しく呼びかける。
「反応なしか」
ミランダは不満気な顔で横になっているリーファを観察する。頭の辺りに紙コップが転がっている。
「!」
「リーファさん! リーファさん!」
扉をドンドン叩きながら、大声で呼びかけてみるが、全く動く気配がない。
異変を察したミランダは通路に向かって思い切り叫んだ。
「大変! 誰かー、誰か来てー」
足音が聞こえる。
(良かった。誰か来た!)
野暮ったい人物が廊下を駆けてくるのが見えた。
「ミランダか。どうしたんだ⁉」
野暮ったい人物は自分を知っているかのように親し気に声をかけてきた。知らない人に呼び捨てにされたことを不快に思いながら、誰だこいつと睨みつけたが、頭の中である予感が閃いた。
この声、聞き覚えがある。
「お兄ちゃん⁉」
随分と手の込んだ変装で見た目では全然分からなかったが、現れたのはミランダの兄、カミーユ王子だった。
兄なら話が早い。早速留置場内の異変を知らせる。
「見て! リーファさんの様子が変なの」
ミランダの声に導かれて野暮ったい格好のカミーユが部屋の中の様子を確認する。
「リーファ?」
「確かに様子が変だ! 何があった?」
カミーユに迫られるが私にも何が何だか分からない。
「私が来た時はこの状態だった」
私がそう言うとカミーユは軽く頷き私の頭に手を置いた。
「ここで待っててくれ。看守を呼んでくる」
「でも、お兄ちゃん。ここに来たことがばれたら怒られるんじゃない?」
「どうでもいいよ。そんなこと。それより彼女の無事を確認する方が大事だ」カミーユは力強い声で言った。
「分かった。じゃあ、お願い」
カミーユは通路を走って戻っていく。
「リーファさん。リーファさん」
必死に呼びかけるが、横たわったままのリーファは全く動く気配がなかった。




