第126話 投降勧告
「見つけたぞ。あの家の角を右だ」
騎兵が後ろから迫ってくる。一緒に走っているマキのスピードが明らかに落ちてきた。
「マキ。足は大丈夫?」
「うん。完治してる。大丈夫よ。それにこんな状況で足が痛いとか言ってられないじゃない」
「そうだけど...。大丈夫ならいいや」
明らかに大丈夫ではなかったが、この状況では二人でそう納得するしかなかった。
「そろそろ川に当たるはずなんだけど、見通しが悪いし、暗いから。ひょっとしたら方向を間違えたかな?」
マキが心配顔でつぶやく。表情と呼吸から疲労が限界に近いことが分かる。
(ごめん。マキ。巻き込んじゃって)
リーファは心の中でマキに詫びを入れる。
(あっ)
鼻腔に匂いを感じた。
「ううん。合ってる。水の匂いがする。たぶんここを抜けたところが川よ」
細い路地を抜けたところで大きな橋が見えた。
「よしっ...って⁉」
二人は橋の手前で足を止める。
「そこまでだ。リーファ、マキ。カミーユ王子殺人未遂の容疑で一緒に城まで来てもらう」
先回りして待っていた兵達に前方を塞がれた。後ろから追っていきた騎兵も一旦止まって成り行きを見守る。
完全に前後を挟まれた。
「万事休すか。川は目の前なのに」
リーファはチラリと川の方に目を向けると、そのまま前を見据えた。
マキが膝に手をやりながら上目遣いでリーファに尋ねる。その姿から、マキの体力はやはり限界であることが分かる。
「どうする? リーファ」
「誰かに操られていたなんて主張しても信じてもらえないわよね。だとすると...そのまま牢獄行き。ソロモンの時のように誰か助けてくれるって期待はもてない」
リーファの言葉にマキも覚悟を決めたように頷く。
「強行突破しかないわね。この人数。しかも相手は訓練を積んでいる兵隊だから、簡単ではないけど」
「最後の大暴れね。相手を倒すことが目的じゃなく川に飛び込むことが目的だから」
「分かった」
リーファとマキが息を整えつつ突進の構えをとると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「リーファさん、マキさん」
その人物はこちらに対して応戦の構えをとっている兵隊の中から現れた。
「ギル・マーレンさん」
ギル・マーレンは兵達の前に立つと穏やかに話し始めた。
「君達がここを通るのは予想できていた。見逃すという手もあったが、それは私の信条に反すること」
「・・・」
「私は現場にはいませんでしたが、カミーユ王子を短剣で刺そうとしたとか...。信じられませんが事実なのでしょう。抵抗するのも結構ですが、それだと容疑を認めることになります。もし何か事情があるのでしたら、大人しく投降することをオススメします」
「悪い様にはしません。私を信じてください」
「・・・」
「カミーユ王子もあなたの本当の気持ちを知りたいと思ってます。このまま逃げては何もかも有耶無耶なまま悪名だけが残ることになります」
「私からのお願いです。王子を憎からず思っているなら本当の事、真実を話していただけませんか?」
「・・・」
心に訴えかける言葉には、説得力がある。
リーファの迷いを見てマキが声を荒げる。
「どうしたの? 何を迷っているの? そりゃ、カミーユは理解を示してくれるかもしれないけど、他の人は違う。下手したら死刑になるかもしれない。ここは逃げるしかないの。逃げ切るしかないの!」
「マキ。私、残る」
信じられないといった表情でマキが反論してくる。
「ちょっ、何言ってるの。残ってどうするの⁉ 殺人の容疑者なのよ。それに真実を話したって誰も信じないって。荒唐無稽な話だと笑われて終わり。ギル・マーレンさんの言うことを真に受けてはダメ」
マキは必死の形相でリーファに詰め寄る。
「マキは逃げて。私は残る」
「リーファ!」
マキは今にも泣きだしそうな顔をして声を張り上げる。
「私が真実を話さなければ、真実を知る機会は永遠に失われる」
「ダメよ。いくらリーファが誠意を尽くして話そうとも人間達は自分の都合しか考えない。人間はあなたが考えるよりずっと狡猾なの」
「大丈夫」
「何が? 意味わかんない」
「舞踏会の時、どんな状況だったか忘れちゃったの?」
マキはリーファを責めるように捲し立てる。
マキが私のことを真剣に心配してくれているのは分かる。だけど決心を変えるつもりはなかった。
「マキ。後ろっ!」
マキが私の掛け声で後ろを振り返った瞬間に前へと駆け出した。
「じゃあ。マキ、うまく逃げて。みんなによろしく」
唖然とするマキに別れを告げてギル・マーレンの元へ向かう。
 
マキはリーファの意志が固いと見るや建物の影に隠れるような位置に移動し、魔法を使って姿を消した。
「リーファ。海に戻って女王に報告だけしたら、また戻ってくるから、それまで頑張って。間違っても死のうなんて考えてはダメよ」
「分かった。ありがとう。マキ」
「じゃあ。私は行くね」
その場からマキの気配が消えた。
リーファは一歩一歩を力強く踏みしめながらギル・マーレンの元へ向かう。
「ギル・マーレン。あなたの言葉に従い投降します。抵抗しないので手荒なまねは慎んで下さい。それとマキについては、私を慮っての行為だったので、彼女に罪はありません。私が投降する代わりに彼女の追跡をしないと約束していただけますか?」
ギル・マーレンはリーファの目に強い光が宿っているのを見て、静かに頷く。
「リーファさん。賢明な判断です。マキさんは容疑者逃亡の補助罪の疑いがあるのですが、当事者のあなたが投降するのであれば無理して追うこともないでしょう」
「話は馬車の中で? それとも法廷で?」
「どちらでも。複雑な事情があるのでしたら、私が話を聞きます」
「では、お願いします」
リーファは両手を差し出す。
ガチャリ
リーファの手首に手錠がかけられる。手錠は想像したよりもずっしりと重かった。




