第124話 別れ際の言葉
「大きな悲鳴が聞こえたから駆けつけてみれば...。初めからこれが目的でカミーユに近づいたのね」
リーダ王妃が両手をわなわな震わせている。
(いや、そうじゃないんだけど...。でも、この状況では何を言っても無駄だ。私は狂人か暗殺者以外の何者でもない)
王妃が私に向け、指を指す。
「あの女をひっ捕らえなさい」
(やばい!)
王妃の後ろに控えた衛兵が動くより早く、別の影が一直線にリーファに迫って来て、手首を掴んだ。
「逃げるわよ」
マキが手を引きながら窓際に向かうと、素早く窓の鍵を開けた。
その頃にはリーファも自由に動けるようになっていた。
二人で王子の部屋の窓に足をかける。
一瞬、振り返るとカミーユと目が合った。
(カミーユ。いろいろ話したいことがあるけど。ごめんなさい、本当にごめんなさい)
(さよなら)
目で別れの言葉を伝えると、それが聞こえたかのようにカミーユが頷いた。
そのまま飛び降りようとすると、背後から声がした。
「リーファ。僕は信じてる。君がどこにいようと僕は必ず君を迎えに行く。時間はかかるかもしれないけど信じて待っていて欲しい」
リーファはカミーユの声に大きく目を瞠る。
(そんな、私はあなたを殺そうとしたのよ。何でよ。何でそんな私に優しい言葉がかけられるの? 何でそんな私を信じられるの?)
涙が出てきた。
泣いている場合じゃない。衛兵がすぐ後ろに迫っている。
外ではマキが「早く、早く」と促している。
「ごめんなさい」
そう言葉を残して、窓枠から暗闇に向かって飛び降りた。
部屋からは衛兵の怒声が聞こえる。
暗闇の中をマキと一緒に走る。
夜中なので門は閉じられている。
背後が明るくなった。城中の部屋に明かりが点いて衛兵たちがわらわらと建物から出てきた。
城壁沿いを二人で走り、明かりの届いてない暗がりを見つけると、今まで無言でいたマキが口を開いた。
「仕方ないわね」
「原子核崩壊)」
マキが城の壁に手をかざすと城壁が崩壊して壁に大きな穴が空いた。
「ここから、外に出るわよ」
二人はすばやく穴を潜り抜ける。
再びマキが壁の穴に手をかざす。
「原状復帰)」
壁の穴が見る見る塞がっていく。
もういいと思ったのか、走りながらマキが聞いてくる。
「リーファ。一体、何があったの?」
「信じてもらえないかもだけど、何者かに操られて、気が付いたら短剣を持ってカミーユを刺そうとしていた」
「カミーユ王子を刺そうとしていた?」
「そう。誰かが私に魔法をかけて」
「何それ⁉」
「顔は見えなかったけど、女性の声だった」
マキは少し考えた後、確信のこもった声で言った。
「...もしかして昼間預かったっていう鏡に細工が施されてたんじゃない。きっとそうだわ」
「とにかく未遂でよかった」マキは安堵の表情で言う。
「マキは? どうして?」
「夜中にあんたが部屋を出て行ったから、最期に王子のところに行ったのかなと思って、帰ってきたら冷やかしてやろうと待っていたら、「やめてーーー」って絶叫がしたから、慌てて部屋を飛び出すと廊下で王妃様が兵を連れているところに出くわしたから、気付かれないようにこっそり後をついていった、という訳。まさかそんな切羽詰まった状況だったとはね」
「ありがとう。あのままだったら大変なことになってた」
「呪術の類かしら? 舞踏会の時といい、何かしら悪意を感じるわね」
人気のない街並みをかけていると、複数の蹄が地面を叩く音が聞こえた。
咄嗟に路地裏に身を隠す。
隊長と思われる人物が部下に声をかけている。
「容疑者は女二人。まだ遠くには逃げてないはずだ。草の根分けても探し出せ」
建物の影に身を潜めて兵達が過ぎ去るのを待つ。
「このままじゃ見つかる」
リーファが思わず不安を口にすると、マキが「大丈夫」と言って言葉を続けた。
「川を使いましょ。川から海へ。海の中なら追跡は不可能。こんな形で研修を終えたくなかったけど、こんな状況じゃ仕方ないわね」
「残念だけど、仕方ないな」リーファも同意する。
同意しつつリーファはカミーユ王子の別れ際の言葉を思い出す。
『僕は必ず君を迎えに行く』
(流石に海中は無理...よね)
カミーユはベッドの上に突き立っている短剣に手を伸ばすと、力を込めてそれを抜き取った。
剣を不思議そうに眺める。
衛兵が窓枠から身を乗り出して、階下の仲間に大声で何やら指示を出している。
「お怪我はありませんか? 王子」近衛隊隊長のオーリンが気遣いを見せる。
「ああ。大丈夫だ」
オーリンが短剣の鞘を王子に差し出す。王子はそれを受け取ると剣を鞘に収めて、引き出しにしまった。
母のリーダ王妃が金切り声を上げる。
「カミーユ。あの女。何者なの⁉」
「リーファですか? 僕の友達です」
「はぁ⁉ 何言ってるの。あなた、殺されかけたのよ。私はこの目であの女があなたのベッドにナイフを突き立てているのをしっかり見たわ」
「それは、たぶん何か事情があって...」
「どんな事情よ。カミーユあなた、気は確か⁉ いいわ。いずれにしても城の中と外に捜査網を敷いているから。捕まえたら本人から、その事情とやらも聞き出せるわね」
「それにしても恐ろしい。一国の王子の命を狙うなんて大胆な女ね。国王に言って厳しく処罰してもらいましょう。厳しくね」
母が感情的になっている。こんな時は何を言っても無駄だ。何か言えば言う程、火に油を注ぐ結果となり状況は却って悪化する。カミーユは反論したい気持ちをぐっと抑え込んだ。
「カミーユ。さっき何か言ってたけどあの女に気があるとか、冗談はやめてよね。ソロモンで何があったか知らないけど、ずっと一緒だったから情が湧いただけ。もうソロモンでのことは忘れなさい」
リーダ王妃はそう捲し立てると、大きく息を吐いた。
「あなた自身のためでもあるのよ。分かった?」
「とにかく無事で良かったわ。後のことは任せてゆっくり休みなさい」
リーダ王妃はカミーユをそっと抱きしめ囁くと部屋を出て行った。部屋を出た廊下には見張りの衛兵2名が直立不動で待機している。
カミーユは再び部屋に一人となった。近衛隊長のオーリンは母が部屋を出る前に既に出て行ってしまっている。
ベッドに空いた傷を見つめる。
(何があったんだ。リーファ)
(何故、短剣で僕を刺そうとした?...そもそも君は一体何者なんだ?)
もうすぐ春ですね。
寒いのは苦手。早く暖かくなって欲しい。




