第121話 鏡
「分かりました」
リーファは丁寧に頭を下げ、お礼を言った。
「今まで本当にお世話になりました」
使者は満足そうに頷くと、ドアを閉めて去った。
隣のマキが心配そうな目でこちらを見つめている。
仕方ないわよね、という表情をジェスチャーと合わせてマキに送る。マキも同様に、だよね、と言葉では表さないものの表情で返してくる。
舞踏会の日の夜、カミーユのお母様(国王王妃)と長女のミランダ嬢が海外から帰国した。
ミランダ嬢は学校外でコーフボールという競技のチームに所属しており、ミランダの所属しているチームは今年も勝ち進み、見事優勝、そして連覇を果たしている。
優勝チームは2年に1回隣国と交流試合をすることが恒例になっており、チームは海外遠征をおこなっていた。
コーフボールとは、パスをつなぎながら高さ3.5mの籠に直径22cmのボールを入れる競技で、ミランダはチームのトップスコアラーである。
王妃は、早速カミーユとソロモンのカノン王女の婚約解消を耳にすると同時に、ソロモンに同行したリーファとマキという2人の女性が城にいて生活していることを知った。
舞踏会の翌日にリーダ王妃に呼ばれたリーファとマキは、開口一番この城を出て行くように言われた。一方的な物言いに腹は立ったが、元々善意で滞在させてもらっていたので、王妃に「出て行け」と言われれば仕方ない。王妃の言葉に従うことにした。
後からそれを知ったカミーユが王妃に対して、抗議の声を上げたが、結局どうにもならず、私とマキ、そしてハイドライドとイースも城を出て行くことになった。
ハイドライドはガナッシュの自宅へ、イースはデグレトの会長の元へ行くというので、私達2人はイースと同行して、デグレトのイエローシティに戻ることにした。
それほど多くない荷物をまとめながら、1週間近く過ごした部屋を見回し、大きく息をつく。
出発は明日の朝だ。
城での生活がずっと続くと思っていたが、そうはいかないってね。
(そりゃ、そうか)
(むしろ今までよく置いてくれてたな)
カミーユとの友情も勿論だが、国王の厚意もあった気がする。
(あの国王も奥さんには敵わないってことだな)
ソロモンでともに過ごしたみんながバラバラになる寂しさはあるが、元の生活に戻るというだけと思えば、これが自然な気がする。
そして、今夜は最後の晩餐ということで、みんなで食事をする約束をした。楽しみでもあり、寂しくもある。
この城も今夜限りだと思うと、部屋に籠っているのももったいない気がして、マキに断って場内を散歩することにした。マキも誘ったが一人で考え事がしたいらしく、マキを残して部屋を出た。
広い廊下を歩きながら思い出す。
国王との謁見。連日のダンスの練習。そして舞踏会。
短い間だったけど内容の濃い時間だった。
カミーユの優しい顔が頭をよぎる。
(仕方...ないよね)
玄関から庭に出る。午後だというのに、太陽の日差しを強く感じる。
(女王が言った通り、もう潮時海に帰るタイミングなのかしら?)
ふと、視界の先に迷い子なのか見慣れない少女が一人でうろうろしているのが見えた。気になったので声をかけてみる。
「ねえ。どうしたの?」
少女は声を掛けてきたリーファを見つめると思い切ってと言う感じで声を上げた。
「あ、あのね」
そう言って背中のリックから大きな長方形の箱を取り出す。
箱はずっしり重そうだ。これをずっと背負ってたのはさぞ大変だったろうなとそんな感想を抱きながら、少女の行為をみている。
「よいしょ。よいしょ」
少女は続けて紐でしばっている箱の紐を解く。
すると箱の中から中くらいの半身鏡を取りだした。
(鏡?)
リーファが不思議そうに鏡の表面を確認している少女を見つめていると少女はにっこり笑ってリーファに言った。
「ギル・マーレンって人をご存知ですか? これをギル・マーレンって人に渡してください」
「はぁ⁉」
半信半疑でリーファは鏡を受け取る。
「えーと。お名前は?」
「パレットです」
「どうして、この鏡をギル・マーレンさんに渡すの?」
「お母さんにお城に持っていってって頼まれたの」
「お母さん? お母さんは鏡屋さんなの?」
「そだよ」
「パレットちゃん。鏡の代金とか、お母さんから聞いてる?」
「ううん。聞いてない」
「お母さんの名前は?」
「ビスケ」
(それにしてもこの少女はどうやって城に入ってきたのだろう? 城門には守衛がいるはず。守衛が見逃したのか? 少女が城内に1人でいること自体がおかしい)
リーファは鏡を受け取っていいか悩んだが、このまま突き返して、重い鏡を持ち帰らせるのも可哀想な気がして、一旦引き取ることにした。カミーユに鏡を託して、カミーユ経由でギル・マーレンに話して、後は直接対処してもらっても問題はないだろう。
「分かったわ。お姉ちゃんが預かって、ギル・マーレンさんに渡すわね」
「ありがとう。お姉ちゃん」
「リーファよ。パレットちゃん」
「ありがとう。リーファお姉ちゃん」
不安そうな顔がパッと輝く。
「よろしくお願いします」
パレットは自分のリックを背負って両手いっぱいに手を振ると、くるりと背を向けて門の方へ駆けだしていった。
リーファは受け取った鏡を両手で抱えながら、手を振り返しパレットの後ろ姿を見送る。
(お使いとはいえ、場内に子供一人で来させるなんて、やっぱり変...)
(と言っても確かギル・マーレンさんは外出で不在だから、私が一旦預かってカミーユに託すしかないわね)
リーファは鏡を抱えながら部屋のドアを開け、中に入る。
「どうしたの? それ」
マキが早速見つけて尋ねてくる。
「城の玄関を出たところで子供に会って、声をかけたらギル・マーレンさんにこの鏡を渡してくれって頼まれたの」
「子供が⁉」
「うん」
「一人で⁉」
「うん」
マキが首を傾げる。
「なんか不思議な感じがするでしょ。仕方なく受け取ったけど鏡はカミーユからギル・マーレンさんに手渡してもらおうと思ってる」リーファは鏡を床に立てかけてマキに言った。
「そうね。私達は明日には出発しなければならないからね」
「うん」
リーファが返事をするとマキは鏡に興味をなくしたように回れ右をして行ってしまった。
リーファは鏡を覗きこむ。
「!」
その時、何故か鏡の中に引き込まれる感じがしたが、咄嗟にお腹と足に力を入れて踏みとどまった。
(何⁉ 今の)
再び鏡を覗きこむがさっきのようなことはもう起こらなかった。
(なんだったんだろ? 気のせいかしら)
Uruさんの歌を最近よく聞いてます。
夏目友人帳に使われている「remember」と薬屋のひとりごとに使われている「アンビバレント」を特に気に入ってます。
この作品のイメージにも合っていて、作品を書いたり読みかえしたりする時にBGMとして流すととてもテンションが上がります。




