第118話 ラストダンス
(私⁉ カミーユが私を指名した⁉)
突然の指名に頭の中が真っ白になっている。
隣ではマキがうれしそうに手を合わせて微笑んでいる。
「あっ、あれ。私、どうしたら...」
動揺している内に気付くと目の前にカミーユがいた。いつもと同じカミーユだがいつもと同じじゃないカミーユにも見える。
「あの...」
何を言っていいのか、言い淀んでいるとカミーユが声をかけてくれた。
「リーファさん。突然名前を呼ばれてビックリしたでしょう。本当に申し訳ない」
「ザナドゥにいっぱい食わされたんだ。だけど彼には感謝している。君とこうやって踊る機会を与えてくれた」
「もしよろしければ僕と一緒に踊っていただけませんか?」
カミーユは片膝をついて恭しく右手を差し伸ばしてきた。目には真剣な光が宿っている。
(そんな目で見つめられたら...)
感情が高ぶり、頬が紅潮する。
リーファは一歩前に出て差し出された右手に右手を添える。
 
「まだまだダンスは未熟ですが、こんな私でよければ一緒に踊らせてください王子」
リーファの言葉を受け、カミーユがすうっと顔を上げた。
「ありがとう」
快活な言葉とともに二人は目と目を合わせて頷き合う。
どこからか、拍手が起こった。
拍手はだんだんと広がり、最後には会場中が拍手の渦と化した。
拍手の中、カミーユとリーファは手を取り合って会場の中央へ向かう。
群衆の中で二人だけのダンス。
最後に用意された夢のような展開にリーファは束の間酔いしれていたが、自分を取り戻すと、大げさに首を振って見せた。
(陶酔してる場合じゃないわよ。集中、集中)
既に準備を終えているカミーユの手をギュッと握る。
(緊張⁉)
(してる。思いっきり)
会場中の視線が全て、カミーユと私に注がれている。当然といえば当然だ。
(でも、それよりもカミーユと踊れる喜びが勝っている。あれだけ一生懸命練習して、もう一緒に踊るのは無理かなってあきらめてた。だから余計にうれしい)
カミーユがこちらをじっと見つめているのに気づき、軽く微笑んで見せた。
心の中で祈りを捧げる。
(神様、最後にこのような機会を与えてくださって、本当にありがとうございます。こんな私なんかを指名してくれたカミーユに恥じないよう一生懸命踊りたいと思います)
カミーユとつながっている手に意識を向ける。手からカミーユの温もりが伝わってくる。
カミーユの合図で演奏が始まる。音楽に合わせて動き出す。
水が流れるような柔軟な動きを早速披露する。最初の内は少し動きのズレがあったが、お互いが相手のリズムに合わせながら、ズレを見事に解消する。二人の動作が徐々に一体化し、1つのリズムになっていく。
キレは少ないが、見ていてうっとりする程の優雅さが感じられる。
リーファは感じてとっていた。
カミーユのステップ、手の動き、体重移動、全てが感覚の中で理解できる。
実際、練習時にカミーユには何度も相手をしてもらっていた。その感覚が今自然な形で対応できている。
踊っていて、心地いい。顔がうれしさで綻ぶ。
まるで海の中を自由に泳ぎ回っているような滑らかな感覚を感じていた。自然に体が動く。
心地いい。ずっとこうしていたい。カミーユとこのまま何時間も踊っていたい。
この瞬間瞬間が幸せで、永遠にこの時間が続けばいいと思った。
 
リーファの感情がダンスに現れる。見る人が幸せを感じられるダンス。二人のダンスはそんな幸せに包まれたダンスだ。
緩急をつけたステップが冴えわたる。技術的な完成度は高くないが、エモーショナルな甘美さが見る者を魅了する。周りの人全てが二人のダンスに心奪われていた。
時間が経つのも忘れ、甘美な踊りは永遠に続くかに思われたが、もう音楽が終わりにさしかかろうとしている。
カミーユの腕の中でリーファはそっと目を閉じる。
(ああ、もう終わる。もっとこうして踊っていたいけどそういう訳にはいかない。神様、素敵な時間を与えてくれてありがとう。そしてカミーユ、私を指名してくれてありがとう。とても楽しかった)
リーファはこの世に存在する全てに感謝の祈りを捧げる。
音楽が終わり、二人はピタリと動きを止めた。
会場中が静寂に包まれる。
次の瞬間、どっと拍手が沸き起こった。
(やり切った)
カミーユとともに、会場のみんなに深くお礼をする。
拍手が二人を温かく包んでいる。
カミーユと目が合ったところでハイタッチを交わす。
会場が終わりにふさわしい演技を見せた二人に賛辞を送る中、二人を取り囲む群衆の中から一人の人物が現れた。
大きな拍手をゆったりとした動作で行っている。
圧倒的な威厳。ブエナビスタの最高権力者ガーナ国王その人だった。
国王が大きく咳ばらいをすると周囲の拍手はすっと鳴り止んだ。
「二人とも見事なダンスだった。久々に楽しませてもらった」
「ありがとうございます。国王」二人は声を揃えて礼を言う。
心なしかカミーユが少し誇らしい顔をしているように見える。
国王の炯眼が私達に向けられる。
「ところで、リーファさん。もうひと踊りできる体力は残っているかな?」
国王は呼吸を整えているリーファに向かって言った。
「⁉」
リーファは国王の言葉の真意が掴めず、不思議そうな顔で国王を見つめたが、とりあえず「はい」と答えておいた。
(アンコール? もう一曲踊れと言う事なのかな?)
足の疲れはあるが、もう一曲くらいなら、踊れそうだ。
「是非、儂とも踊ってもらいたい。頼めるか?」
「えっ。えーーーーー⁉」
予想だにしない申し出にびっくりして、思わず大声をあげてしまう。
「いやいや。私など恐れ多い。もっと上手な方がいっぱいいらっしゃいます。ほら、えーと。えーと...」
あたふたするリーファを制するように、国王はピシャッと言い放った。
「儂はそなたと踊りたいんじゃ」
「うーーー」
(そんなぁ。カミーユ。どうしよ)
心底困った目でカミーユに訴えてみたが、カミーユも困ったような顔をしたきり、助け舟は出してくれなかった。
(国王直々の申し出だし、やるしかないか)
リーファは国王の正面に向き直り、頭を下げた。
「拙い踊りではございますが、国王陛下のご要望とあらばペアの役目務めさせていただきます」
「ほっほっほ。そう固くならずに力を抜いて。ともにダンスを楽しもう」
「はい」
(そうね。相手が国王様だろうとやることは同じ。同じように踊るだけ)
温かい言葉で緊張をほぐしてくれたガーナ国王に、愛嬌ある笑顔で応える。
国王がオーケストラに指示を出し、周囲が踊りの邪魔にならないように後ろに広がっていく。
準備は整った。
ガーナ国王と手を組む。
大きく深呼吸して、気持ちを整える。
ほどなくして国王とリーファのダンスのための演奏が始まった。
入りのタイミングが少し遅れた。先程のカミーユとのリズムに体が慣れてしまっている。修正が必要だ。感覚を研ぎ澄まして国王の動作に体を合わせる。
(大丈夫。なんとか修正できた)
国王のダンスは動きそのものが優雅だ。余裕を感じさせる所作なため、自分の動きを入れようとするより、安心して身を任せられた方がスムーズにいく。その方が気持ちも楽だ。
国王の動きに合わせてステップを踏む。
国王が余裕の笑みを浮かべるので、そこは合わせて微笑む。
「ほう。儂の動きが読めるか。なかなかやるではないか」
「必死なだけです」
謙遜したが、必死なのは事実だ。感覚の全てを使って国王のダンスに対応しようとしている。
(うん。順調だ。一時はどうなるかと思ったけど、慌てることはなかった。結果的にいろいろな人とペアを組んだことはいい経験になったかも)
群衆からの視線を感じる。
カミーユとのダンスの時は温かく見守る感じだったが、今はやや引いている感じだ。国王に指名を受けたことの嫉妬が入り混じっているのかもしれない。
ザナドゥに目立ちすぎるなと釘を刺されたことを思い浮かべる。
(充分目立ってしまってるけど、仕方ないよね)
その時、不意に強い光が目に飛び込んできた。
(まぶしい。何故光が⁉)
再び強い光が目に入り、目を開けられなくなった。
リズムが崩れる。
(あっ!)
ステップが遅れて、体ごと国王に寄りかかる形になってしまった。そのままバランスが崩れて床に倒れ込んだ。
(しまった。光が気になって)
起き上がろうとして床に両手をつく。
その状況を見て音楽が止み、場内がシーンと静まり返る。
そのまま立とうとするが、足が動かない。鉛のように重くなっている。
(うそっ。足が、足が動かない。足が言うことを聞いてくれない)
床を見つめながら、自分の失態に呆然自失となる。
(立たないと。立ってダンスの続きを)
焦りの感情がどんどん広がってくる。
(何やってるの私。最悪じゃない!)
必死にもがいていると頭上から声が下りてきた。
「リーファ。無理するな。もういい。ここで終わりにしよう」
国王の気遣いと自分の失態の悔しさで涙が溢れてきた。
「もう...申し訳...ございま...せん」
涙声で国王に謝罪する。涙が床にポトポトと滴る。
静寂の中、リーファの小さな嗚咽がこだまする。
「田舎者の分際でいい気になるからよ」
誰かがリーファの失態を嘲う言葉を口にした。
途端に会場がざわめきだし、リーファを非難する心無い言葉が続々と発せられた。
「頑張ってはいたけど結局は初心者だったということね」
「止めとけばいいのに、国王にいい所を見せようと無理したから体がついていかなくなったのね」
「折角いいダンスしてたのに、最後の最後で台無しね」
「国王に恥じかかせたあげく、泣きじゃくるなんてなんて見苦しい」
「もういっそ。舞踏会出入り禁止にしたら?」
群衆の嘲笑はだんだんとエスカレートしていく。
床に両手をついたまま、自身に向けられる嘲笑を背中で聞く。
みじめだった。
一刻も早くこの場を去りたかった。
足はまだ固くなったまま動かない。肝心なところで動かない足が本当に恨めしい。
「本当に、申し訳ございません」
何度、謝ったかわからない。リーファはただただ自分の失態を詫びた。
(もう消えてしまいたい!)
「もういいわ。ここはあなたみたいな庶民が大きな顔をしていられる場所じゃない。さっさと出て行って」
年配の女性がリーファの元に歩み寄り罵声を浴びせる。
そこへザナドゥ、ハイドライド、イースが現れ、涙に濡れるリーファをかばうようにして女性に睨みをきかせる。
一触即発の剣呑とした雰囲気の中、遠くから女性の声が聞こえた。
「お待ちなさい!」
 




