第115話 リーファの舞踏会デビュー
舞踏会の会場は既に紳士淑女が大勢集まっていた。
ハイドライドによると、年に何回かダンスのコンテストがあるそうだ。踊りの切れとアビリティを評価対象としたプラチナコンテスト、優雅さや流れを重視したサファイヤコンテスト、オリジナルダンスを競うエメラルドコンテスト、そしてその3つの大会の優勝者によって頂点を決めるダイヤモンドセレクト。熱心な貴族はこれらのコンテストでの入賞を目指しているという。入賞すれば当然、王の耳に入るし、一家にとって誉れとなる。
今日の舞踏会にも、過去に入賞経験のある人物の何人かが参加しているらしい。
張り合うつもりは全くないが、最上級のダンスがどんなものなのか興味はある。そう言えばソレオ先生も過去、何かのコンテストで入賞したことがあると言っていたのを思い出した。
「こんばんは」
気付くと目の前から女性を声をかけられた。
(誰だろう。私と同じ歳くらいの美しい目鼻の整った女性だ)
「こんばんは」
意表を突かれた感じでビックリしたが、話しかけてきた女性に挨拶を返した。
「私の名前はビアンカ・レイホック。見ない顔だけどあなた誰?」
「はじめましてビアンカさん。リーファといいます。よろしくお願いします」
「ああ。あなたがリーファさん」
思い当たる節があるのか、納得顔で頷くとビアンカはまじまじとリーファを眺める。
「出身はどちら?」
「デグレトです」
「ふーん。デグレトってことは...イースと同郷ですね」
リーファは無言で頷いた。できれば出身地のところは深く触れられたくない。
「あなたもダンスを踊るの?」
ビアンカは話題を転じた。
「はい。その予定です」
「何組目?」
「2組目です」
「私は1組目。いきなりなんて緊張しちゃうわ。しかも王や王子も一緒なんて、本当は私も2組目がよかったんだけど、ザナドゥさんにどうしてもってお願いされて、仕方なく...」
「あっ。長話してる場合じゃなかったわ。準備があるから。それじゃ、ダンス頑張ってね」
「ありがとう。ビアンカも」
ビアンカは、軽く頷くと慌ただしく去って行った。
ハイドライドがやり取りを見て、説明してくれた。
「彼女はビアンカ。レイホック家の次女だ。レイホック家は王族から分れた家系で、王族やカスティーナ家とも交流がある。学年で1つ上だから、たぶん19歳だと思う。彼女のダンスは定評があって、コンテスト入賞の常連でもある」
(最初に選ばれるのは、それなりに実力のともなった人なのは当然ね。コンテスト入賞の常連の踊りってどんななんだろう?)
そんなことを思いながら、群衆の中に見え隠れする背中を見つめた。
次の演者とともにその次に踊る演者も会場につながる通路に来るよう言われたので、ハイドライド、イースとともに指定された通路へと向かう。マキは演者ではないが付き添いでついてきた。
最初に踊る演者がドアの入り口付近で待機している。
胸の鼓動が一気に高鳴る。
冷静でいるつもりだったが、感情の高まりは抑えられない。
演者の中にカミーユ王子とザナドゥ、ガーナ国王の姿を見ることができた。先程リーファに声をかけてきたビアンカもいる。ガーナ国王は腕を組んで前を真っすぐ見ており、カミーユとザナドゥは仲良く何かを話し込んでいる。ガーナ国王はリーファを見つけると、近くへ寄ってきて上機嫌で話しかけた。
「よく来た。公共の場で踊るダンスは初めてらしいが、気分はどうかな?」
「はい。練習はしましたが、うまく踊れるかどうか...正直心臓がドキドキしっぱなしで」
「そうか。最初は誰でも緊張する。儂もそうだった。失敗を恐れず気を楽に臨めばいい。硬くならずにリラックスが大事だ」
そう言って、両手をブラブラさせる。
「はい」リーファも倣って両手をブラブラさせた。
「ドレスは新調したのかな。よく似合っている。では練習の成果とやらを楽しみにしている。グッドラック」
王は気取りのない笑顔をリーファに向けると、最初に踊る演者の待機場所へと戻っていった。
カミーユと目が合う。お互いの健闘をアイコンタクトで確認し合う。近くでサラが手を振っているので、リーファも手を振り返す。
自分よりも年下のサラがダンスを踊ることを知って、なんとなくホッとする。
(そう言えばカミーユはもう一人妹がいるって言ってたような気がしたけど、確かミランダとか言ってたかな? 全く顔を見ないけどそちらの方はどうなったのかしら?)
口に手を当てて考えてみるが、分かるはずもなくすぐに諦めた。
(ま、いっか)
そして、カミーユの隣の女性をチラッと見る。年齢的には私と同じか少し上か、カミーユとも顔見知りのようで、時折話し込んだりもしている。なんとなく気になってそちらを見ていると、女性が不意に振り向いてこちらを見た。目が合ったので、「はじめまして、よろしく」の意味を込めて会釈したが、女性はツンと無視して正面を向いてしまった。
(・・・・・・困ったわね。カミーユの隣の女性は一筋縄じゃいかない方の人みたい)
それを見ていたビアンカが「気にするな」とばかりに手のひらをヒラヒラさせた。
「それでは、舞踏会を開始いたしますので、第一組で踊られる皆様は、音楽に合わせて会場へ向かってください」
その声を合図に、男女4人のペアが一斉に手を取り合って行進の形をとる。演者の準備が整うと演者を迎え入れるためのオーケストラの音楽が会場内で始まった。ドアが開かれ男女4人のペアが音楽に合わせて、舞踏会会場へ颯爽とした足取りで向かって行った。
8人は勇ましい音楽と会場から巻き起こった拍手の中、会場の中央まで進んでピタッと停止した。会場中に鳴り響いていた拍手と音楽も、そこでピタリと止まった。
いよいよ始まる。
誰もが固唾を飲んで見守る中、指揮者の合図とともに、オーケストラが静かに音を奏で始めた。曲に合わせて4組のペアが動き出す。
手に手を取って、足を床に滑らすようにして、ダイナミックにかつ優雅な踊りが披露される。体を密着させて踊るペアの息はピッタリで、会場中から深いため息が漏れる。観衆の注目の中心は国王と12歳のサラのペアで、国王のリードとサラの危なっかしいながらも一生懸命な仕草に、会場中の目が釘付けになっていた。カミーユ王子とレオーネ伯爵令嬢のペアも流石という程のダンスを披露していたが、今回は主役の座は国王ペアに譲る形となった。ダンスが終わり、4組のペアが会場に向けて礼をすると、万雷の拍手が起こった。国王をはじめ、皆が満足そうなホッとしたような笑みを浮かべながら、拍手の中、入場と同じようにドアに向かって退場していった。
最初のダンスが大きな盛り上がりを見せ、会場が拍手で湧いている中、国王や王子を含む4組のペアが入場の時と同じ構えで通路に戻ってきた。演者は終わったところで緊張を解き、ペア同士、今踊ったダンスの出来をたたえ合っている。皆が自分の役割を無事終えられたことに、胸を撫で下ろしている。
さて、ついに私の出番となる。
リーファは隣のハイドライドに目くばせすると、ハイドライドは優しい眼差しで頷いてくれた。
カミーユがかけ声をかけながら、手を振る。
「みんな、頑張れよ」
ハイドライドが「おう。任せろ」と威勢よく返事をする。
イースは片手をあげカミーユの激励に応え、私は優しく手を振り返して、カミーユの声援に応えた。サラとビアンカは笑顔で手を振ってくれている。
みんなの表情を見えば分かる。最初の組はミスらしいミスはなかったのだろう。
マキが背中に手を当てる。
マキの無言の激励に笑顔で応える。
「マキ。行ってくるよ」
(大丈夫。練習通りにやるだけ。余計なことは考えるな)
自分に言い聞かせ、表情を引き締める。
「続いて、二組目の皆様。準備はよろしいでしょうか? 最初の組と同じように、音楽が流れたら、ペアで揃って入場してください」案内係が大きな声で指示を出す。
国王やカミーユ達は既に舞踏会会場へ向かったようだ。姿は見えなくなっていた。三組目以降はフリーなので、私達4組のペアと若干名の係の者だけが廊下に残っている。
(お姫様みたいな素敵なドレスを着て、舞踏会で華麗に踊って、って憧れは叶ったわけだけど...。正直こんなに大変だとは思わなかった)
(華やかで美しい、女性なら誰もが憧れる世界。だけど、そこに存在するためには、相応の努力なしではいられないということね。当たり前と言えば当たり前なんだけど、なんか自分に都合よく考えてしまいがちなところは意識的に是正しておかなければならないわね)
(さて、私のダンスをみんなに楽しんでもらうんだっけ。まだまだそんなレベルではないけど、もし少しでも私のダンスで楽しんでもらえたなら、私も誰かの憧れの存在になれるかな)
(正直、ちょっと怖いけど、そう思えば頑張れる)
オーケストラの音楽がドアの向こうで始まった。
それを合図に舞踏会会場へのドアが開く。
同時に光が、目の前にパーッと広がった。
そして、中央がポッカリ空いた空間とそこを囲んでいるたくさんの人の姿が見える。
隣のハイドライドが目で「行っていいよ」と言っていたので、音楽に合わせて歩を進める。会場に入場すると、拍手と共にどよめきが聞こえてきた。
(ん。何ごと? 何故どよめいているの?)
想定外のどよめきを耳にして、少し怪訝な顔になる。
対照的にハイドライドは楽しそうにニヤニヤ笑っている。不思議そうにしているリーファにそっと耳打ちしてくれた。
「みんな、君の登場に驚いている。そりゃ驚くさ。君はあまり自覚がないようだけど、君の美しさは神レベルだ。通路では国王も目を丸くしていた。そんな君と踊れる僕は本当に光栄だ」
(なるほど。どよめきはそういうこと)
(それにしてもハイドライドさん。ちょっと誇張がすぎるんじゃない? 神レベルは言い過ぎだって)
ハイドライドのセリフに違和感を覚えながらも、可笑しさがこみあげてくる。
そんなハイドライドと手を携えながら並んで立つ。
そっと目を閉じて、体中の全ての神経をこれから踊るダンスに集中させる。
(集中!)
(大丈夫。体が覚えている)
オーケストラの音楽が始まった。
音楽に合わせて体を動かす。音楽はスローワルツ。1組目と同じ曲。頭の中に音楽が流れ込んでくる。何十回か数えきれないくらいに聞いた曲。曲のリズムは完璧にイメージできる。
曲に合わせて、足を滑らかに動かす、と同時にハイドライドと呼吸を合わせ、ゆっくりとダイナミックに上半身を回転させる。
(いける!)
入りを完璧にこなせたせいか、気持ちに余裕が出てきた。踊りながら、周りを見渡す。みんなの視線を感じる。
(会場の真ん中で踊れば、そりゃ注目される)
後は私のダンスを楽しんでもらうだけ、テンポよく身体を動かしながらパートナーであるハイドライドに微笑みかける。ハイドライドも微笑み返してくる。
何も考えなくても体が自然と動く。
(さっきまでは緊張で怖かったけど、いざみんなの前で踊ってみると踊るのってとっても楽しい)
体が軽い。ステップも軽やかにこなせる。
夢中で踊った。瞬間瞬間を精一杯楽しんだ。
気付いたら、音楽が終わっていた。慌ててハイドライドと共に観衆へお辞儀をした。そんなリーファ達に向け、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
(よかった。一応はうまく踊れたみたい)
リーファは心底ホッとした顔で、大きく息を吐くと目を細めた。
拍手の合間から退場の音楽が響いてきた。2番目に踊った4組のペアが背筋を伸ばして揃って退場する。
会場を出て廊下に出ると、各々がそれぞれ緊張を解いた。ハイドライドが両手をグーにして喜びをかみしめている。声をかけると満面の笑みで手を上に上げたので、威勢よくハイタッチをして、奇声を上げた。
「イエーイ」
周りの人が声に驚いて振り返ってたけど、お構いなしでハイドライドと喜びを分かち合う。
「リーファ。よかったよ。最高だった。すごいじゃないか。非の打ちどころのない完璧なダンスだった」
「私は練習通り夢中で踊っただけ。ハイドライドがうまくリードしてくれたから上手に踊れたの。半分はハイドライドのお陰かな。他の人に比べればばだまだだったと思うけど...。とりあえず終わってホッとしてる」
「いやいや、なんの。初めてとは思えない素晴らしいダンスだった。神レベルだ」
「ちょっと、止めてよ。そんなレベルじゃないって! いっぱいいっぱいだったんだから」
ふくれ顔のリーファを気にすることなく、ハイドライドは軽快に笑い声をあげた。
「こりゃあ、引手あまただな。アハハハ」
「二人とも。いつまで話してる。さっさと会場に移動するぞ」
イースが見かねて声をかけてきた。周囲にいたみんなは既に会場へと移動して、3人だけがその場に残っていた。
「だね。会場に戻って一息つこう」
興奮冷めやらぬハイドライドともう次と割り切っているイースとともに、心地よい疲れを感じながら、足取り軽くダンス会場へと移動した。
明けましておめでとうございます。
今年も「永遠の人魚姫」をよろしくお願いします。
新年最初はリーファの舞踏会デビューの話です。
舞踏会のイメージは頭にあったのですが、実際はどんなだろうとネットを片っ端から見てみました。結局イメージの範囲で書くことになりましたが、リアルさを追求するって難しい。




