第114話 視線
カミーユは部屋に入ってくるなり、みんなに声をかけた。
「みんな、お疲れ」
ハイドライドが応じる。
「おう、カミーユ。大丈夫なのか? 忙しいんだろ?」
「ああ、少しなら平気だ。父の監視下での行動は本当に肩が凝る。みんなと一緒にいる方が正直ホッとするんだ」
「まっ、そうかもな。そういうことなら、ゆっくりしていけ」
カミーユはドレスに身を包んだリーファとマキに顔を向ける。
「リーファ、マキ。素敵なドレスだ。本当に良く似合ってる」
「ありがとう」
リーファとマキはうれしそうに声を揃えて言う。
リーファがくるんと一回転すると、ドレスの裾がふわっときれいな形に浮かんだ。そして、スカートを指でつまみながら一礼する。一連の動作を実にそつなくこなすと、「どお?」と言わんばかりに笑みを浮かべた。
「素敵なドレスでしょ。こんな素敵なドレスを着られるなんて夢のよう。本当にありがとう」
「気に入ってくれてよかった。時間をかけてしっかりと新調した甲斐があったな。君に気に入ってもらえてドレスも喜んでいる」
無邪気に笑うリーファに釣られてカミーユも自然と笑顔になる。
リーファは上目遣いにカミーユを見つめる。表情がだんだんと何かを企むような悪戯っぽい表情へと変化していく。
「カミーユも、船での作業着姿よりこっちの方が断然いいわね。よく似合ってる」
「そりゃね。一応王子だから。あれはあくまで仮の姿。こっちが本業」カミーユがそう返すと、みんなから笑いが起こり、場が和んだ。
カミーユは船で作業着姿を似合っていると言われたのを思い出して苦笑いした。
続けて、カミーユがリーファの体調について聞いてきた。
「体調はどお?」
「問題ないわ。絶好調よ」
「マキは? 足の具合は? まだ痛むの?」
「うん。だいぶ痛みも引いて、普通に歩けるくらいには回復したわ。走ったりとかはまだできないけど」
「そうか。よかった。でも、今日は無理はしなくていいから」
「うん。ありがとう」
マキがカミーユに意味深な目を向ける。
「なんだか、いつもと違って今日は恰好いいわね。カミーユ王子。自信に満ち溢れているというか、何がそうさせてるのかな?」
「そうかな。いつもと同じだと思うけど」
「ふふっ、いつものカミーユはね、もうちょっとおどおどした感じなのよ。ここだけの話だけど」マキが手を口に当てて笑う。
「全然ここだけの話になってないし」カミーユが頬を膨まして抗議すると再び笑いが起こった。
「さて、ザナドゥ。お前はいいのか? こんなところで油売ってても」
「ああ、もう段取りはつけてあるし、スタッフに任せてある。少々席を外したところで問題はない」
「今日の段取りは?」カミーユがザナドゥ確認の意味で聞く。
「招待状記載の通り。まずは食事用のホールに料理が準備される。そこで簡単な食事をしながら30分程歓談した後で、ダンス用のホールで舞踏会が開催される。曲はスローワルツ、ワルツ、ポルカ。最初に踊る4組は、ガーナ国王とサラ嬢、カミーユ王子とレオーネ伯爵令嬢、父(カスティーナ伯爵)とララ・セシル嬢、私とビアンカ・レイホック嬢。トップだし、国王とも一緒だから責任重大だ。ミスは許されない。リーファ殿、ハイドライド殿、イース殿は2番目で登場していただく。組はハイドライド殿とリーファ殿、イース殿はマリーゴールド嬢と踊っていただきます。その後は自由に相手を選んで踊っていただく形式をとってる」
「なるほど」カミーユが説明を聞いて頷く。
ハイドライドがカミーユに威勢よく声をかける。
「カミーユが一番手か。頑張れよ」
「おう。任せておけ」
「完璧過ぎると俺らの立つ瀬がないから。ほどほどにな」
「そういう訳にはいかない。名の通った貴族も大勢参列する。彼ら彼女らを前に恥ずかしいダンスはできない。お前こそ、リーファさんをしっかりリードしろよ。そういう意味では責任重大だぞ」
「お、おう。ま、任せておけ。大丈夫」ハイドライドが戸惑いがちに返事をする。心なしかさっきより威勢が弱まっている。
「本当か? なんか自信なさげだな」
カミーユがハイドライドの目を覗きこむとハイドライドは一歩後退んだ。
イースがそんな二人をよそにザナドゥに問いかける。
「参列者のリストはあるかい?」
「これだ」
「なるほどな。豪華な顔ぶれだ」イースは深い吐息と共にリストをザナドゥに返した。
カミーユはハイドライドからリーファの方へ歩み寄った。
「リーファ。大丈夫か」
リーファはピースサインでカミーユに応じる。
「任せて。練習の成果を如何なく、披露して差し上げるわ」
「これは頼もしい」
「さて、俺達はもう行くけど。リーファ、もし失敗しても気にするな。誰にでも失敗はある。曲を聞いて覚えてるところからやり直せばいい」
「ありがとう。そうする。じゃあね」リーファはカミーユに手を振る。
「ああ、じゃあ。また後で」カミーユも手を振り、そのまま部屋を出て行った。
カミーユとザナドゥが部屋を出て行ったしばらく後に、「会が始まるので、参集ください」と促された。はいと返事をして4人で控室を出て行く。
リーファは自身の足取りが重くなっているように感じた。
ホールの入口から控室まで歩いた時とは感覚が違う。
(大丈夫な筈なんだけど...。私プレッシャーを感じてるんだわ)
手をギュッと握って横を歩くマキの顔を見ると、丁度マキと目が合った。マキは私の心情を察するようににっこり笑うと手を伸ばして、私の手を握ってくれた。
マキの温もりが伝わってくる。
(憧れの舞踏会でのダンス。いったい、どんなことになるのやら、不安な気持ち半分、楽しみな気持ち半分ってとことかしら)
「ふう」リーファは今度はマキに気付かれない様に小さく吐息を吐いた。
ドアが開くと、あまりの眩しさに目を細めた。
部屋全体がまばゆいばかりの光に満ちている。天井から吊り下げられた無数のシャンデリアが煌々と光を放っている。その光の下を、美しく着飾った麗人や貴婦人が所々に集まって穏やかに談笑していた。部屋には既にテーブルが置かれ、テーブルの上には食事が準備されている。見渡すと端の方に飲み物とグラスの置かれたテーブルがあり、白いシャツに黒いズボンのスタッフが、ある者は忙しそうに動き回り、ある者はスタートに合わせていつでも動けるように、待機していた。
リーファにとっては舞踏会というか人間界での社交の場の参加が初めてだ。
一応、レクチャーは受けたけれど、何をどうしていいか分からない。
(さて、どうしたものかな)
呆然と佇んでいるとハイドライドに背中を押された。
「そんなに固くならないで。大丈夫。自然に振舞えばいい」
その言葉に、イースとマキも頷いている。
「うん。こういう雰囲気に慣れてなくて、ビックリしちゃった」
笑顔を作ってみるが、ぎこちないのが自分でも分かる。
(参ったな。頭ではわかってるんだけど、感情がまだこの雰囲気を受け入れていない)
周囲の人がこちらをじっと見ている。それに対してリーファは会釈を返すが、会釈を返してくれる人もいれば、無視して顔を背けてしまう人もいる。
(なんか、感じ悪いな)
口をへの字にして、肩で大きく息をする。
それを見て、マキが肩を叩く。
その内、ハイドライドもイースも知り合いから声をかけられて、話し込んでしまうと、いよいよリーファとマキはこの雰囲気の中で取り残されることになった。
テーブルの上の料理に手を伸ばし、ひょいと口に入れる。
「うん。美味」
料理の美味しさににっこり笑顔になる。
「リーファ。気付いてる?」隣のマキが小声でささやく。
「気づいてるよ。なんか、ちょいちょい、視線を感じる。ザナドゥもハイドライドも気にするなって言ってたから、別に気にしてないけど...」
「そうね。それが正解かも。この場では私達は新参者だし、きっかけもなしに馴れ馴れしくもできないから、今は距離をとってほっとくしかないわね」
(ウーン。なんか面倒だな。人間社会って。海の中ではみんなもっとフレンドリーに声をかけ合うのが普通なんだけど...まあ、マキの言う通り、最初だからどう接するか探り探りするしかないのかな。お互いの理解が進めば、カミーユ達以外のみんなともいい関係が築けるのかもしれないっていうのは楽観的過ぎるだろうか?)
(慣れてきたら、ちょっとずつ自分から声をかけようかな)
「あっ、これも美味しい」
美味しい料理に舌鼓。思わず笑顔になる。
「それでは、ご来場の皆様、宴たけなわではございますが、別室にて舞踏会の準備が出来ましたので、参加者及び観覧をご希望の方は別室にお集まりください」
スタッフの一人が声をかけると、別のスタッフが手際良く誘導しだした。
リーファとマキも案内の声を聞き、テーブルを離れた。
「さて、いよいよメインイベントね。行きましょ。マキ」
年末の投稿になりました。
毎年大晦日は、なんとなく紅白を見ているのですが、今年はどうなるんでしょう?
雰囲気変わるのかな?
せっかくなのでいつもと違った新鮮な驚きがあれば面白いんですけどね。
今年もお酒を飲みながら、紅白の画面に向かってあれこれ独り言を呟く。それはたぶん変わりないかな。




