第11話 母の温もり
アンデルセン童話「人魚姫」をベースにした物語です。原作とはちょっと違う新しい人魚姫。世界は愛で満ちている、そんな愛のあふれる物語を描いています。
(ああ。お母さん! 今日も美しすぎる。なんて魅力的な姿なの!)
リーファが女王ルナに見とれていると、スーファから声をかけられた。
「リーファ! ボーっとしないで集中しなさい」
(そうだ。やばい。やばい)
「はい。申し訳ありません」
「全く!」
「今日、ここに呼ばれた理由は分かってますね」
ルナが優しい声音でリーファに語りかける。
「はい」
「学校も一区切りついたところで、いよいよ人間界への研修に行っていただきます。アクアマリン王国のみならず、海の秩序の維持と発展のため、広く世界を見ておくことは必要なことです。あなたの姉達も皆、研修を通して感じたことを、王国の発展とみんなの幸せのために、力を尽くして還元してくれています」
「あなたにも、その役割を期待します」
「はい」
「詳しいことは、スーファが説明します。では、スーファ、後はお願いします。それから...リーファ。説明が終わったら、私の部屋へ来なさい」
そう言って、女王はにっこり笑って、部屋を出て行った。
女王の言葉を継いで、スーファが説明を始める。
「それでは、人間界への研修についての説明をします。だいたいのことは分かっていると思うけど、そそっかしいあなたのこと、間違いのないようしっかり聞いておくように」
「はい」
リーファの性格を熟知しているスーファはしっかり釘をさした上で、説明を続けた。
「まずは、地上に慣れるために、デグレト島の人気のない砂浜にて事前訓練をします。地上は海中と違って、重力が激しいので、身体を慣れさせておく必要があります。合わせて、陸上での移動手段は、人間と同じように足で歩くことになります。この2つは、感覚的に慣れておかないと、以後体力の消耗が激しくなるので、きつくてもしっかり行うこと」
「はい」
「それが終わり、身体が慣れた時点でいよいよ人間の一員として、人間界の生活が始まります」
「人間の慣習、考え方、生活様式について、分からないことだらけだと思うので、そこは同行するマキに聞きながら、徐々に理解を深めていけばいいでしょう」
「研修期間中、絶対してはいけないことが2つあります。肝に銘じておくように。1つ目は自分が人魚であると明かすこと、もしくは人魚であると悟られること。2つ目は、人間の前で魔法を使うこと。いいですか? この2つは絶対にやってはいけません。自分の身に危害が及ぶだけでなく人魚界全体の危機につながる恐れがあります。どんな状況であろうともです。必ず守るように」
「分かった?」
「はい。自分が人魚であると明かすことと人間の前で魔法を使うことですね。分かりました。言いつけは絶対に守ります」
「いいでしょう」
「それと魔法と言えば、人間の姿になると、魔法力がかなり弱くなります。全く使えなくなる訳ではないけれど、今までのようにはいきません。使わないに越したことはないけど、そこは理解しておくこと」
「はい」
「リーファ。最後に研修中にあなたにやって欲しいことを伝えます」
「はい」
「最近人間が、海中にこのような金属の塊を落とし始めています」
そう言って、スーファは、海底で拾った四角い金属をリーファに見せた。
「はっきりとは分かりませんが、発信機の類と推察しています」
「このことは、まだ一部の者しか知らないし、リーファも他の人には言わないで欲しいのですが、この発信機が、私達人魚の世界に脅威を与える存在になっています。で、あなたにお願いですが、この金属が何であるのか、人間が何の目的で海に落としているのかを調べて欲しいのです」
「右も左も分からない状況で、成果を期待されても難しいということは分かってます。なので、無理しなくていいから、何か些細なことでも、これに関する情報を得られたなら、私達に教えてくれればいいです。あなたの無事が何より大事なので、命の危険を冒すようなことは慎んでください。最悪、何も分からなかったとしても、あなたを責めるようなことはしません。いいですね。」
「はい。質問です」リーファは手を上げてスーファに視線を投げかけた。
「何ですか?」
「人間の船がこの海域を通る時は、カレンが嵐を起こして、人間の意識をここから遠ざけるようにしているはずですが」
「そうね。その通りだけど、この箱から発せられる電波が、カレンの思念の邪魔をしているらしいの。船の感知が分かりづらくなっていると言っていたわ。いずれにしても、これが私達にとって厄介な代物であることに変わりはない」
スーファは表情を曇らせながらも明快に答える。
「分かりました。今の時点ではできるとは言えないけど、頑張ってみます」
「お願いします」
スーファは大きく深呼吸をすると、表情を和らげた。
「基本的には、マキが段取りをつけているから、安心してマキと一緒に違う世界を楽しんでくればいいわ。ミッションもできればでいい」
そして、自身のテーブルからリーファのテーブルに近づいて、リーファの両頬に手を添えた。
「あんなにやんちゃだったリーファが人間界へ研修する歳になったかと思うと、感慨深いわ」
「ねえ。マキさん」スーファは隣のマキに話を向けた。
「ええ。本当に。いろいろありましたからね」
「あった、あった」
「忘れたとは言わせないわよ。リーファ」
「4年前と2年前、自分が何をやらかしたか、覚えてるわよね」
スーファはいたずらっぽく笑う。リーファは苦笑いを浮かべて顔を背けた。
「ああ。あの時は、いや、みんなに迷惑をかけたようで。反省してます」
特に2年前は、スーファとサイファの2人にこってり怒られた。すっかりしょげてルナの元に謝罪にいくと、意外なことにルナは、子供のようにお腹を抱えて大笑いした。
ルナのそんな姿を見たスーファとサイファ、リーファは呆気にとられていたが、最後には、その場にいた全員が大笑いしていた。ルナはつかみどころがない不思議な性格の持ち主なのだが、ルナの不思議さを感じさせるエピソードの1つだ。もしかしたら、ルナも若い頃、同様の心当たりがあるのかもしれない。
2年前のリーファの密航未遂はそうして、うやむやの内に許されてしまった。
コンコンコン。
リーファは、ルナの部屋をドアをノックした。
「リーファです。入ります」
「どうぞ」部屋の中から声が聞こえたので、ドアを開け中に入った。
ルナの部屋は、とてもいい香りがしていた。
向かいには、きれいな珊瑚があり、エアポンプのボコボコという音が小気味よく聞こえる。
部屋の中央まで進んだところで、部屋の奥で海中から湧き出ているお湯に体を当ててくつろいでいるルナの姿を見つけた。
「リーファもこっちへ来なさい。気持ちいいわよ」
「はい」
ルナの横で、湧き出ているお湯に体を当てる。
(気持ちいい)
幸せな気分になる。
「研修の説明は理解できた?」
「理解しました」
「悪いわね。難しい事お願いしちゃって」
「金属の箱のこと?」
「そう」
「スーファには頑張るとは言ったけど、できるかどうかはちょっと不安」
「リーファならできるわ。私の娘だもの。大丈夫」
「そんな、自信ないな。人間界って初めてなんですよ」
「私も、行く前はすごく不安だったわ」
「お母さんも?」
「そうよ。行く前はそれこそ行きたくて行きたくて仕方なかったけれど、いざ行くとなったら、どうしようって、すごく怖かった」
「今でも変わらないかな。何か新しいことをする前は、逃げ出したいくらい心臓がドキドキする」
「リーファはどお?」
「どうかな。怖いよりやっぱり楽しみって感じかな」
「そうね。初めて見るもの、初めて聞くことだらけ。初めて行ったときは心躍った。すごく楽しかったわ。王族に生まれた特権ね。人間も優しくて魅力的な人ばかりだった」
そこでルナは一旦話を止めた。
遠い昔の記憶を思い返しているのか、はたまたお湯の気持ちよさに堪能しているのか。目は閉じたままだ。
「してはいけないことは聞いたわね」
「はい。聞きました」
「人間は一人一人はとても優しくていい人だけど。集団になるとちょっと怖い存在になるところがある」
「怖い存在?」
「そう。自分達から見て異質の者を徹底して拒絶し、迫害する。相手の事情なんかお構いなしでね。だから、もしリーファが人魚だなんて知れたたら、今まで仲良くしてくれていた人達も一斉に手の平を返す。魔法についても同じ。自分達と異質な者は認めない。それが人間よ」
「まだ分からないかもしれないけど、そんな事態になったら、徹底的に追い詰められる。だから、彼らの前では異質なところは徹底的に隠さなければならない。演じなければならないの、普通の人間であることを」
「それが人間社会で暮らし、人間との付き合いを円滑にするコツ」
「はい」
ルナは目を開き、リーファに向き合うと、ギュッと抱きしめた。
「リーファ。愛してるわ。だから、何事もなく研修を終えて、また母の元に戻って来てね」
抱きしめられた母から、温もりと同時にわずかに母の切なさが伝わって来た。リーファは、母が人間界に子供を送り出す度に不安を抱えていたことを知って、改めて母の愛の大きさを知った。
最近、小説を書くのに集中が続かないって言うか、とっかかり始めるのに時間がかかる。
みんなどうやって集中を保っているんだろう?
時間を区切ってとかなのだろうか?
一生懸命集中を長く保つ方法を模索している。
全集中・・・。呼吸で気分を落ち着けると良さそうな気がする。
よし、それで頑張ってみよう。




