第108話 3人のミッション
指定された馬車のドアを開けると、既にハイドライドとイースが中にいた。思いつめた気持ちで馬車に乗り込んだマキとは対照的に二人は、どこか遊びにいくかのような軽い雰囲気を漂わせていた。
「お疲れ。マキ。身体は大丈夫?」
ハイドライドが声を掛けてくる。連日のダンスの練習でぐったりした姿を見られているので、挨拶と確認を兼ねての意味と思われた。
「少し疲れは残っているけど大丈夫。リーファには街に買い物に行ってくると言っておいた。じろって睨まれたけど、追及とかはされなかった。無理しないでって言われて、一瞬計画のことを知っているのかって焦ったけど、単純に体をいたわってのことだったみたい」マキは早口で一気にしゃべるとイースの横のジュラルミンケースに目をやりながら、ハイドライドに聞いた。
「そっちは?」
「カミーユにはドラコに関する情報を集めてくると言ってある。昨日既にヘルマン・リックから情報を聞いて、その情報に基づいて計画が練られてるんだけど、そこは伏せて。特に疑っている様子はなかったな」
ハイドライドがしゃべり終わったところを見計らってイースが出発を告げる声をかけた。
それを聞き、ハイドライドとマキも頷く。
「じゃあ」
「うん。行こう」
ガナッシュの街へ向けて馬車が発進する。
城から町に向かう街道は、馬車と馬が引く荷車が行きかい、道の端を徒歩の旅人や商人が歩く姿はいつもと変わらない光景だった。イース達はカミーユから王族用の馬車を借りたが、一番地味なものを選んだので、馬車の存在も風景に溶け込んでいる。
3人は馬車の中で計画について確認する。
「ドラコは一見何の建物か分からない隔離された研究室に籠っている。ガイル・コナーの部下クエンカと協力して新薬の開発を行っているが、並行して「B2F4」の製造も行っている」
マキが言われた事実に目をむく。
「本当っ!」
「ああ。ヘルマン・リックの情報だ。信頼できるし、ドラコとバングレーが同一人物なら、薬の製造も可能だろう」
「それで薬は? どんな使われ方をしてるの?」
「分からない。クエンカを通してガイル・コナーに渡されているところまでは確認できているが、そこから先が分からない」
イースが感情を押し殺した声で呟く。
「こうしてる間にもあの薬が、何も知らない善良な人を苦しめているってこと?」
「ああ。ヘルマンも眦を裂かんばかりに怒っていた」
イースはジュラルミンケースを指し示した。
「で、これを持ってきた」
「ソロモンからやってきた売人の振りをしてクエンカに接触する」
「クエンカって人もグル?」
「分からない。薬の内容を知ったうえでやり取りをしているのか、知らずにやり取りをしているのか。ただ実際に製造に携わっているのはドラコだから、クエンカは無視すればいい。恐らくドラコは製造スペックをクエンカに明かしていないだろう」
「クエンカに薬を渡してどうするの?」
「お金をもらう」
「......」
一瞬間があった後、マキが突っ込んでくる。
「いや、私が聞きたいのはそういうことじゃなくって」
「ごめん。分かってる」
「渡す時にこう言うんだ「精製時にミスって異物が少し混じっている。もう一度精製が必要だ。そのまま研究所に案内してくれって」
「怪しまれない? それに精製だけならわざわざ研究所に案内する必要はないと思うけど」
「それならそれでも構わない。その時のことは考えてある」
マキは「あれっ?」っと思った。
イースのことだから綿密な計画を立てているのかと思いきや、急に返答が雑になった。
計画通りにいくかどうか分からない部分は、あえてファジーにしておいてどうでも対応できるようにしているのだろうか。それとも時間がなくて詰め切れてない部分は、その場の対応でとなるのだろうか。
「マキ。ダンスの練習で疲れてるんだろう。着いたら起こすから、少しでも眠った方がいい」
ハイドライドにそう言われて、体中の筋肉が休息を欲していることを自覚した。「うん」そう返事して横にならせてもらった。馬車のガタゴトという音が次第に意識から消えていった。
目を覚ますと馬車は止まっていた。
ハイドライドとイースの姿も見えない。
(あれっ、誰もいない。私が寝ている間に二人だけでいってしまったんだろうか?)
寝起きのボーッとした頭をフル回転させて思考を巡らせてみる。
ドアを開けてみると、見覚えのある門が目に映った。
(あれっ、ここ知ってる。どこだっけ)
御者にここはどこなのか聞こうとしたら、二人が馬車に戻ってきた。
ハイドライドが声をかけてくる。
「あっ、起きた?」
「ここは?」
「城に行く前に寄ったドレスの仕立て屋だよ。ついでだからドレスの進捗具合を聞いていたんだ。今日中には仕上がるそうだ。明日朝に城に運ぶって言ってたから、明日はドレスを着て練習ってことになるね」
「ああ。そっか」
言われてみればそうだ。あの門はあの時の門だ。
「じゃあ。再出発。ここからが本番だ」
二人が馬車に乗り込むと馬車はすぐに出発した。
馬車が街中を進んでいく。道を折れて中心部から郊外への道に入ると道路の舗装が荒く、揺れがひどくなった。馬車の内側に手をついて体の揺れを抑えるようにする。
「あれだ。あの建物が研究所だ」
イースが指さした先にポツンと建物が立っていた。
周りを塀で囲まれたグレーの殺風景な建物。二階建てで、一階には窓がなく、二階に窓が見える。恐らく一階が研究施設で二階が事務所兼生活空間なのだろう。
隣には廃屋だか倉庫だか分からない人気のない建物が立っている
「あの中にドラコがいるのね」
「ああ、そのはずだ。研究所の中で拘束するのは難しいから、理由をつけて外へ連れ出す。直接だと警戒される可能性が高いから、ここはこいつを使ってクエンカにまず話を通す」
イースはそう言って、持参したジュラルミンケースを手でトントンと叩いた。
「マキ。悪いが俺と一緒について来てくれ」
「ハイドライドは裏口付近で見張っててくれ。ここからは見えないが一階には裏口が存在する。裏口から逃亡する可能性もなくはない。奴が出てきたらこいつを思い切り鳴らしてくれ」
イースは持ってきたベルをハイドライドに渡す。
「分かった」
「ハイドライド一人で大丈夫なの?」
「ああ。裏口には既に罠が仕掛けられている。ハイドライドはその罠に向かって奴を誘導すればいいだけ」
「よし。我々も行こう」
イースとマキは連れ立って馬車を降りた。馬車は一足先に合流地点に向かって進んでいった。




