第105話 舞踏会に向けて
国王は一旦歩を止めて、ギル・マーレンに視線を投げた。
「アクアマリンのことは追々説明する。今は触れるな」
「はい。承知しました」
「ギル・マーレン」
「はい」
「舞踏会の日程だが、次はいつだ?」
「1週間後にカスティーナ伯爵主催の舞踏会がガーデンフォレストでございます」
「カミーユは知っているのか?」
「帰国したばかりなので、まだ伝わっていないと思います」
「では参加するように伝えよ」
「はい」
「本人には言わないが、カミーユを中心に見据えたパーティにするつもりだ。カスティーナ伯爵には儂から話をしておく」
「それは、もしかして...」
「さっき会ったカミーユの4人の友人にも話をしておいてくれ。招待状は後ほど届けさせる。カミーユのサポートをすると言うなら、それなりの技量と覚悟が必要になる。先程の言葉、信頼に足るものか確かめさせてもらう」
「分かりました。では、早速王子に王の意向を伝えてきます」
ギル・マーレンが踵を返し、廊下を戻っていく。
「舞踏会にみんなを参加させよ」その言葉がカミーユに重くのしかかる。
イースが心配そうに天を仰ぐカミーユに語りかける。
「カミーユ。大丈夫か?」
「大丈夫かどうかって言われると、大丈夫じゃない。1週間でダンスをマスターするなんてかなり無茶だ!」
「国王からの直々の招待だ。断る選択肢はない」
「そうだけどさ」
カミーユは不機嫌さを滲ませながら答えた。
「嘆いていても仕方ない。できることを進めていこう」
カミーユは気を取り直して、リーファとマキの方を向いて二人の様子を窺った。
「ドレスは舞踏会までに間に合うよう調整しよう。たぶんそこは問題ない。リーファ、マキ、二人はダンスの経験は?」
「うっ...」
言葉に詰まり固まった二人を見て、だいたいの状況が理解できた。
「イースとハイドライドは?」
「基本的なステップはできる」ハイドライドが答える。
「一通りできるが、人に教えるのは苦手だ」続いてイースが答える。
「ドレスアップして目立てば目立つほど、ダンスの技量の期待値も上がる。注目を浴びておきながらダンスはまるでできませんでは、何しに来たんだ、ということになる」
カミーユが厳しい表情で話すと、同じく厳しい表情をしたハイドライドが続けて言った。
「確かにな。それはかなりしんどい状況だ」
その場のどんよりした空気を切り裂くように、リーファが啖呵を切った。
「一週間の内にダンスの練習をして、人並みに踊れるようになる。そういうことでしょ」
「口で言うのは簡単だが」カミーユは煮え切らない。
リーファは畳みかけて言う。
「やるしかないなら、やるっきゃないじゃん」
「1週間で踊れるようにしてみせるわ。先生を紹介して」
(まあ、それしかないな)
「分かった。明日から練習できるよう今日の内に声をかけておく」カミーユが返事をするとイースが手で遮った。
「カミーユ。お前はダメだ。自室謹慎で部屋から出られない。俺が行く。誰にお願いすればいい?」
カミーユが、そうだったと苦渋の顔をして答える。
「ソレオ先生が適任だと思っている」
「ソレオ先生か、確かにな。ダンスはうまいし教え方も的を得ているから短期間のコーチにはうってつけだな」
「都合がつくかどうか分からないけど、依頼状を書くからすぐ行ってお願いしてみてくれ」
「分かった」
言うなりすぐに依頼状を書き上げ、イースに手渡した。
「じゃあ、これを頼む」
「よし、確かに預かった。じゃあ、行ってくる」
イースは手紙を受け取るとすぐに部屋を出て行った。
残った4人が互いに顔を見合わせる。
「じゃあ。僕とハイドライドで簡単なダンスを踊るからちょっと見てて。ハイドライド、相手を頼む」
「了解」
カミーユとハイドライドは体を合わせてゆっくりと軽快にダンスを踊ってみせる。
リーファとマキは、二人の踊りをまずは目でしっかりと観察する。
「基本はステップだ。ステップを覚えれば上半身は流れのままでなんとかなる」カミーユが踊りながら説明する。
「足か。足が重要なのね」
二人は頷きながら、椅子に座った状態で足をパタパタと動かす。
ダンダンダン
床に足音が響く。
リーファは隣で小刻みに足を動かすマキに聞く。
「どお? マキ? できそう?」
ダンダンダン
「何十回か何百回か分からないけど練習するしかないわね。こんなにも足に意識を集中させるのは初めてかも」
「私も。こんなに足が速く動くなんて初めて知ったわ。ある意味感動。問題は今動いているこの足がどれだけもつか...ね」
ダンダンダン
「やるしかないって言ったのはリーファ、あなたよ」
ダンダンダン
「うん。さっきは大見え切ったけど、足のスタミナについては正直不安」
ダンダンダン
「あっ、間違えた」
ダンダンダン
「余計なこと考えているからよ。集中しなさい」
ダンダンダン
「あっ」
ダンダンダン
「人がいる」
「えっ」
リーファが向いた視線の先に女の子が立っていた。
二人は足踏みを止めて、女の子を見つめる。
カミーユとハイドライドはダンスに集中していたが、リーファとマキの動きが止まった様子に初めて部屋に人が入ってきていることに気付いた。
「何してるの?」
女の子が尋ねてくる。
「ダンスの練習よ」リーファが優しく答える。
「サラ! 勝手に入ってきちゃダメじゃないか」
カミーユが注意する。
「サラさん...この子が...」
サラはリーファとマキにペコリと頭を下げると、注意してきたカミーユに声を上げた。
「ノックはしたよ。したけどバタバタ音がするだけで返事がなかったから入ったの」サラはそう言ってプイとふくれた。
「分かった。で、何の用だ。さっきも部屋に来たみたいだけど用事があるのか?」
ひとまずダンスの練習は中断して、サラの話を聞くことにする。




