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幻獣召喚士3  作者: 湖南 恵
第五章 龍の依頼
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特別編 野営地の夜

本話は性的な表現を大幅に弱めた(または削除した)修正版です。

十八歳以上の方で、オリジナルを読みたい方は、カクヨム版、またはミッドナイトノベルズに移動してください。

https://novel18.syosetu.com/n9309hv/

ヒィィィーーーーーーーン!


 耳をつんざくような鏑矢かぶらやの音が地獄の到来を知らせる。

 敵の戦意を喪失させるためだけに、この耳障りな高音を響かせる矢をまっ先に放つのだ。


 帝国兵たちは一斉に盾を頭上に掲げ、ケルトニアのロングボウに備えた。

 硬い木の円盤に分厚い革を張っただけの盾に、長弓の矢を防ぐだけの防御能力はない。

 それでも、兵士たちは何かにすがらずにはいられなかった。


 やがて戦場に立ち込める霧を突き破って、無数の矢が降ってきた。


 ズドズドズドッ!


 鈍い音が一斉に響きわたり、矢の半数以上は地面に突き刺さった。

 それらは黒い烏の矢羽根を風にさらし、何の成果も上げることなくその一生を終えたのだ。

 だが、三割近くの運のいい矢は、自分たちの存在意義を誇らしげに世に示すことができた。

 盾を貫き、革の鎧に穴をうがち、彼らは人間の身体をやすやすと地面に縫いつけたのだ。


 頭や心臓に刺されば即死するが、たいていの場合、矢は胸や腹、太腿など、面積の大きいところに突き立つ。

 肺を貫かれれば、自らの血に溺れて呼吸ができずに死ぬ。

 内臓を傷つけられれば、傷口から入った雑菌が臓腑を腐らせ、耐えがたい苦痛を味わいながら死ぬ。

 太腿ならよいかと思えば、動脈を断ち切られて止まらぬ血に絶望して死ぬ。


 たちまち多くの兵士たちが斃され、その呻き声が戦場に満ち溢れた。

 だが、それで終わりではない。

 女の悲鳴のような鏑矢の音とともに、第二射、第三射が次々と襲いかかってくるのだ。


 中隊長が怒鳴った。

「魔導士は何をやっておる! さっさと反撃せんかっ!」


 罵声を浴びた小柄な女が、怯えた表情で上官を振り返る。

「しかし中隊長殿、この霧では敵の位置が掴めません!」


 中隊長は軍靴で女魔導士を蹴り飛ばした。

「矢の軌道で敵の位置など計算できるだろう!

 貴様、養成所で何を習ってきた?」


 無茶だった。

 確かに矢が描く放物線から弾道計算はできる。魔導士はそもそも常人とは桁違いの計算能力を持っている。

 そのくらいは朝飯前だった。

 だが、それはあくまで矢の軌道が見えていればの話である。

 この戦場は両軍が川を挟んで対峙している。川から蒸発する水蒸気が、厚い朝霧となって地面を覆っているのだ。

 敵の矢はその雲のような霧をついていきなり現れる。そんなもので弾道計算ができたら天才である。


 しかし、それを理由に中隊長に抗弁するわけにはいかない。

 女魔導士は当てずっぽうで、およその方向に向けてファイアボールの魔法を放った。

 彼女は相当の魔力量を保持しているのだろう。見たことのない大きさの火球が、白い霧の中に突っ込んでいった。

 すぐに前方の川の方角から絶叫が聞こえてきた。


「馬鹿もん! 味方に当ててどうする!」


 中隊長が怒号を発し、魔導士を鉄拳で殴り飛ばした。

 軍帽が吹っ飛び、きっちりと結い上げた赤毛の髪がばらりと乱れ、癖っ毛が広がった。


「もういい!

 誰かこの役立たずを連れていけ!」


 中隊長が腹立たし気に吐き捨てた。

 すぐに二人の兵士が女魔導士の小柄な体を両側から抱え、後方に下がらせた。

 引きずられていきながら、彼女は涙でかすんだ目で後方を振り返る。

 鼻の骨が折れたのかもしれない。だらだらと流れる熱い鼻血が止まらなかった。


 これが、後に〝帝国の魔女〟と謳われるマグス大佐の初陣であった。


      *       *


「ぶっ! 何だよミア、その顔は?

 男はマグス准尉の顔を見るなり、思わず吹き出した。


「……味方を誤爆して中隊長に殴られた」

 准尉はぶすっとした顔で答えた。


 鼻に大きな絆創膏を貼り、口の端が切れて紫色に腫れあがっている。

 彼女は喋ったことで傷が沁みたのか、顔をしかめてかがみ込むと、かちゃかちゃと音を立ててズボンのベルトを外した。


「ああ、あのファイアボールはやっぱりお前だったのか。

 そいつを喰らったのは俺の小隊だぜ?

 二人が全身火傷の重傷、三人が中傷で戦線離脱だ。

 運のいいことに死人は出なかったし、重傷の二人はこのまま名誉除隊になるだろうさ。

 年金付きで生きて帰れるんだ。きっと今ごろ涙を流してお前に感謝しているぞ」


「それは……済まなかった。

 オーリーは無事だったのか?」


「ああ、残念ながらな。

 どうせ死ぬなら、ミアに焼かれて逝くのも悪くないと思うがな。

 ケルトニアの矢に串刺しにされて、苦しみながら死ぬのはご免だよ」


 オーリーと呼ばれた男――オーランド・ヴァイクス二等兵も軍服のベルトを外してズボンをずり下げた。

 二人は兵科こそ違うが同期であり、一緒に訓練を受け、同じ部隊に配属されていた。

 魔導士であるミアは任官時点で准尉という士官であるが、一般兵のオーランドは最も下っ端の二等兵だった。

 公的な場では士官に対してため口など利けないが、今この場ではただの男と女である。


 もう夜はとっぷりと更けており、ほとんどの兵は疲労で泥のように眠りこけていた。

 二人だって疲れていたし、睡眠時間は黄金よりも貴重である。

 だがまだ十代の二人には、それよりも二人きりで逢うことの方がずっと大切だったのだ。


 そこは野営地から少し離れた雑木林の中で、誰にも見咎められる心配はなかった。

「ミア、木に手をつくんだ」


 オーランドはそう指示して、腰を突き出した准尉の少し汚れたズロースを足首まで引き下げた。

 闇の中に女の丸く白い尻が幽霊のように浮かび上がり、彼の情欲を掻き立てた。


 だが、それと同時に異臭も漂った。

 オーランドは顔をしかめ、思わずつぶやいた。


「臭えな……」


 准尉が頬を膨らませて振り返った。

「最後に水浴びをしたのは五日前だ。仕方ないだろう。

 オーリーだって十分汗臭いし、わきで鼻が曲がりそうだぞ!」


ちげえねえ」

 オーランドは苦笑して、赤毛の女の小さな身体に覆いかぶさった。


 自分の意思とは無関係に、ミアの口からあられもない声が洩れる。

 つい二週間前に初めて関係を結んだ時は、お互い処女と童貞だったから、その初体験は笑えるくらいにみじめなものだった。

 少なくともミアの方は快感を得ることができず、ただただ痛いだけだった。


 それが今はどうだろう。毎晩野営のテントをこっそり抜け出し、こうして獣のように盛っているのだ。

 いつ死ぬか分からない状況の中で、一時の快楽に何もかもを忘れるのは、何物にも代えがたい魅力があった。

 彼女には経験がないが、きっと麻薬というのはこんな感じなのだろうなと思う。


 抑えた呻き声が続いたのは、わずか十分ほどだった。

 やがて、せわしない動きが止まり、二人は荒い息をついて木の根元に座り込んた。


「明日は渡河作戦を実行するそうだ」

 ミアがぽつりとつぶやく。


「そうか……さすがに士官様にはそういう連絡がいくんだな。

 俺たちには何も知らされてないぞ。

 多分、部隊の半分は死ぬんだろうなぁ……」


「約束する。明日は今日のようなヘマはしない。

 だから……オーリーも死ぬなよ」

「任せておけ……と言いたいところだが、こればっかりは運だからな。

 そうだ!」


 彼は身を起こし、露わになったままのミアの股間に手を伸ばした。

「痛っ、何をする!」


 オーランドはミアの縮れた毛を数本むしり取ったのだ。


「知ってるか? 処女の陰毛はお守りになるんだとよ。

 お前だって半月前まではそうだったんだ。多分お守りの効力もまだ半分くらい残っているだろう」

 彼はそう言って、軍服の胸ポケットにそれをしまい込み、立ち上がった。


「そろそろ戻ろうぜ。

 あんまり長く抜け出していると、巡回の連中に見つかっちまう」


 准尉もうなずくと立ち上がった。

 股の間にぼろきれを挟みこんで、ズロースを引き上げる。


「何だよそれ? 色気がねえな」

「うるさい!

 下着が汚れると、すごく気持ちが悪いんだよ」


「へえ、女は大変だな……」

 オーランドはそう言い残して、闇の中に消えていった。


      *       *


 それから約一年後、二人は今夜もテントを抜け出し、半ば壊れて打ち捨てられた家屋の中で絡み合っていた。

 いつもと変わらない、獣のようなひと時が終わると、ミアは何事もなかったかのように立ち上がった。

 そして、まだ仰向けになっている男の大柄な身体を見下ろした。


「こうして見ると、何だか情けない姿だな」

 ミアはそうつぶやいて笑った。その視線は、しおれた男の股間に向けられている。


「尻を出したまま仁王立ちになっている女に言われたくないね」

 オーランドがそう返して身を起こす。


「なぁ、オーリー」

「ん、何だ?」


「もしまた会えたら、お前の身体を縛ってやってみないか?

 猿轡さるぐつわを噛ませるのもいいな」

「何だよそれ?

 俺はお前みたいにわめいたりしないぞ」


「いや、やっぱりいい。

 オーリーじゃ、何か違う気がする。

 縛って猿轡を噛ませるのなら、もっと細くて気の弱そうな若い男がいいな。

 うん、想像しただけでも楽しそうだ」


「ミア、お前いつからそんな変態趣味になったんだ?

 お前より若い男って言ったら、まだ皮も剝けていない子どもだろう。

 そいつはもう犯罪だぞ?」


「いいじゃないか。

 私もケルトニア兵を焼くことにすっかり馴れてしまった。

 最近は炎の中で死のダンスを踊っている連中を見ていると、無性に縛り上げて犯したくなるんだ。

 どうも私はやられるよりも、やる方が性に合っているらしい」


「お前の欲は底なしだからな。あまりやり過ぎるなよ。

 明日は転属先へ出立するんだろう?」

「ああ。……もう、当分オーリーとも会えないな」


「仕方ないさ。お前は貴重な魔導士様だからな、ミア・マグス少尉殿」

「オーランド伍長も再編される部隊に配属されるそうだな」


「ケツの青い新任小隊長殿のお守役だよ。

 せいぜい死なないように気をつけるさ」


 前線に配属されて一年余を経過し、生き延びたミアは少尉に昇進していた。

 オーランドの方も、二等兵から下士官である伍長になっていた。

 ミアの昇進は軍司令部からの辞令に基づく正式のものだが、オーランドの方はいわゆる戦地昇進である。

 初めは士官や下士官の数が不足したため、一時的に小隊を任せるための野戦任官だったのだが、オーランドは天賦の才ともいえる指揮能力を発揮し、なし崩しに昇進が認められたのだ。


 オーランドはまだ裸のミアの尻をぺちんと叩き、白い歯を見せてにかっと笑った。

「さぁ、そろそろ行くか。

 名残惜しいが、お前の身体はこれで当分お預けというわけだ。

 時々は思い出して、ずりネタにしてやるからな」


 二人は身づくろいを済ますと、廃屋同然の家を静かに抜け出した。

 厚い雲に遮られて、月も星もないどんよりとした夜空が広がり、あたりは闇に包まれていた。

 ミアとオーランドはどちらともなく抱き合い、互いの舌をむさぼり合う長い口づけを交わした。


 永劫にも感じられる時間だったが、実際には数分のことだったろう。

 唇を離したミアは小さくため息をついた。

「オーリーも元気でな。向こうに着いたら暇をみて手紙を出そう」

「ああ、あまり期待せずに待っているぜ」


 彼らは少し離れたそれぞれの宿泊テントに戻るはずだった。

 互いに背を向け数歩踏み出したところで、ミアが「あっ」と声を上げた。

 オーランドが反射的に身体をかがませ、周囲を伺った。

「どうした?」


「あ、いや……ちょっと洩らしただけだ。

 くそっ、昨日新しい下着に替えたばかりだというのに!」

「脅かすな、バーカ!」


 それが二人の別れの言葉だった。

 結局、オーランドのもとに、ミアからの手紙が届くことはなかったのだ。

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