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幻獣召喚士3  作者: 湖南 恵
第一章 私掠船の牢獄
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九 偵察

 セレキアからテバイ村への道は、狭いながらも一応の整備がなされた街道だった。

 道の周囲は湿地混じりのだだっ広い草原で、樹木は少なかった。

 平地ではあるが砂混じりの痩せた土は農業に適したものではなく、たまに現れる集落の建物はみすぼらしいものばかりだった。


 アギルから商人に同行してきた番頭は連絡要員としてセレキアに残り、護衛のユニたちとテバイ村に向かうのはアディーブ一人となった。

 ライガに乗るユニを除き、一行はセレキアで手配した馬に乗り換え、馬車も一台加わっている。

 その中には水や食糧、野営用のテントのほか、傭兵たちが買い込んだ矢も大量に積まれていた。


 最初の野営地で質素な夕食を食べ終えた後、ユニは三人の男たちに提案をした。


「明日だけど、あたしはライガと一緒に海岸を偵察に行ってみるわ。

 ドワーフ市の開催まであと四日だもの。そろそろ海賊たちが沿岸に姿を現していると思うの」


「それだったら俺が行った方がよくないか?

 サリーナなら上空から奴らを探せるぞ」


 ユニは少し首をかしげた。確かにアシーズが言うとおり、姿を消したまま空を飛べる哭き女(バンシー)なら偵察にはもってこいだ。


「でも街道を逸れて、この足場の悪い平原を馬で突っ切るのは難しいんじゃないかしら。

 ねえ、サリーナだけを見に行かせることはできないの?」


 アシーズは苦笑いを浮かべて首を振った。

「それが駄目なんだ。

 サリーナは寂しがり屋だって前に言っただろう?

 人死にが出そうな家に引き寄せられた時は別だが、それ以外は俺から離れるのをひどく嫌がるんだ。

 偵察を頼んでも、せいぜい二、三キロの範囲が限界だな。

 それ以上遠くに行かせようとしても、泣きながら途中で引き返してくるんだよ」


 ユニもつられて苦笑いをする。

「まるで小さな女の子みたいね」


 するとユニの言葉に反応したように、唐突にバンシーが姿を現した。

 髪を長く伸ばした半裸の女性の姿だった。

 彼女が成熟した美しい女性であることは確かなのだが、その髪や肌の色がよく分からない。

 まるでゼリーのような半透明の身体をしていたからだ。


 突然のことにアディーブが「ぎゃっ!」と悲鳴を上げて腰を抜かした。

 ゴードンも一瞬びくっとしたが、彼は慣れているのか落ち着いている。

 ユニもバンシーの実体は初めて見るが、召喚士だけにそう驚かない。


 哭き女はアシーズの首に両手を回したまま、豊満な胸を彼の背中に押しつけていた。

 そして傭兵の肩から顔を出すと、ユニに向かって勝ち誇ったような表情を見せる。

 次の瞬間、彼女は舌を出してしかめっ面をしたかと思うと、再び唐突に姿を消した。


「えっと……何なの、今の?」


 アシーズは笑いながら謝った。

「礼儀を知らん奴ですまんな。

 どうもユニに〝小さな女の子〟と言われて怒ったようだ。

 『あたしはあんたより大人だわ』とか、いろいろ言っているが……通訳するか?」


 ユニは憮然とした表情で答える。

「いいえ、結構よ。

 その妖精、明らかにあたしの胸を見て嘲笑あざわらっていたもの。

 何かすごく失礼なことを言われている気がするわ」


 そう言いながらも、ユニは真面目な顔となり、アシーズの背後にいるはずのバンシーに向かって頭を下げた。


「でも、確かに失礼なことを最初に言ったのはこっちの方ね。

 サリーナ、あたしが悪かったわ。許してちょうだい。

 あなたとは仲良くやっていきたいの。

 仲直りしましょう?」


 アシーズはにやにやしている。

「『仕方ないから許してあげる』そうだ」


「あああああ、あんたら、よくそんな気味の悪い幽霊と平気で話ができるな!」

 天幕の端っこで震えていたアディーブが裏返った声で叫んだ。

 商人の目には、サリーナが恐ろしい悪霊の姿に映っているらしい。


 ユニが「やれやれ」といった顔で商人をなだめる。

「アディーブさん、彼女も私のオオカミと同じように幻獣なんです。

 慣れてください。

 それに彼女は幽霊じゃなくて妖精です。

 あんまり悪口を言うと、さっきみたいに仕返しをされますよ」


 商人は「ひっ!」と叫びかけた口を慌てて両手でふさいだ。

 ユニはアシーズたちに向き直った。


「話が逸れちゃったけど、やっぱり偵察にはあたしが行くわ。

 ライガの足なら海岸まで寄り道をしても余裕でそっちに追いつけるしね。

 群れのオオカミたちには、あなたたちの護衛をするよう命じておくわ」


      *       *


 次の日の早朝、ユニはアディーブの一行から別れて海岸へと向かった。

 セレキアより南の海岸で、外洋船が寄港できるような入り江は一か所しかなく、彼女はそこに当たりをつけていた。

 入り江にはベルケ村という村があり、小さな魚港があった。

 ただ、その一帯は砂浜なので港の水深が浅く、外洋船が直接接岸できないらしい。


 街道を外れたユニとライガは、湿地帯交じりの平原をかなりの速度で西へ進んでいく。

 ライガは海風に乗って流れてくる臭いを嗅ぎ分け、巧みに乾いた地面を選んでいった。

 彼女たちは昼前にはもうベルケ村近郊に達していた。


 ユニはライガの背中にしがみつきながら素早く周囲を見回し、小高い丘へ登るよう命じた。

 オオカミは難なく斜面を駆けのぼり、丘の頂上に向かう。

 そこからは眼下に曲線を描く入り江の海岸線、そしてベルケ村が見渡せた。


 港には小さな漁船が二十隻ほども係留されたり、浜に引き上げられたりしている。

 そして、その港から百メートルほど沖に四隻の外洋船が停泊していた。


「あれが海賊船か……結構大きいのね」

 ユニはライガの背の上で伸びあがるようにして眺めた。


『どうするんだ、ユニ?』


 指示を求めるライガの肩を、ユニがぽんと叩く。

「とりあえず村まで行ってみるわ。

 見つからないように接近してちょうだい。

 あんたは姿が隠せそうなところで待機して。村へはあたし一人で入るわ」


『一人で平気か?

 海賊が上陸している可能性があるんだぞ』


 ユニは笑って答えた。

「危なくなりそうだったらすぐに呼ぶわ。

 あんたならすぐに駆けつけてくれるでしょう?

 あたし、信頼してるのよ」


『ばーか、おだてても何も出ねえぞ』


 まんざらでもない様子で、ライガは数キロ先の村を目指してゆっくりと斜面を降り始めた。


 村から二百メートルほど離れた茂みの中でライガから降りたユニは、周囲を警戒しながらゆっくりと歩いていった。

 顔に潮の匂いのする海風が吹きつけてきて、肌がべとつく感じがする。


 ユニが暮らす辺境の開拓村と違い、この漁村には周囲を取り囲む土塀も柵もない。

 村には特に入口というものがなく、当然門番もいなかった。


 村の周囲には畑が広がっているが、潮風にさらされる環境では大した収穫は望めないだろう。

 集落に入っていくと、低い屋根の上に石を乗せた木造の粗末な家が立ち並んでいる。

 少し異様なくらい村は静かだった。

 人の姿が見えないのだ。


 ユニは誰か見かけた人に話を聞くつもりだったので、当てが外れて途方にくれた。

 港の方に行けばさすがに誰か見つかるだろうが、海賊と出くわす危険もある。


『さて、どうしたものか……』

 思い悩みながら歩いているうちに、彼女は一軒の家の前にさしかかった。


 特に注意を払わずに通り過ぎようとすると、いきなり扉が開いて中から太い腕が伸び、ユニの腕をがっしりと掴んだ。

 そしてもの凄い力で彼女を家の中に引き込んだのだ。


『しまった!』

 決して油断していたわけではないが、家の中から襲われるのは予想外だった。


 彼女はつんのめるようにして暗い家の中に転がり込んだ。

 次の瞬間、扉がばたんと閉められ、明るい外にいたユニの視力を奪った。

 だが、彼女の腕を掴んだまま放さない相手は、どこか動きが素人臭い。


 ユニは空いている右腕で相手の腕を抱え込むと、全身のバネを使って体を入れ替え、肘関節を極めた。

 相手が苦痛の呻き声を上げ、握力が弱まった隙を逃さず、ユニは左手を振りほどき腰のナガサを引き抜いた。

 肘を極めたままユニは相手の背に馬乗りとなり、首筋に白刃を押し当てた。


「ひいっ、人殺し!」

 床に身体を押さえつけられた相手は、情けない声を上げたが、驚いたのはユニの方だった。


『女?』


 その悲鳴はしゃがれてはいたが、確かに女性のものだった。

 気づいてみれば彼女が押さえつけている身体も、ごつごつとした男のそれではなく、脂肪のたっぷりついた太った女の感触である。

 ユニは躊躇したが、まだ押さえつける力は緩めない。


「騒ぐと首を掻き切るわよ!

 なぜ私を引っ張り込んだのか――答えなさい!」


「許しておくれ、あんたが海賊だなんて思わなかったんだよ!

 あんたらに逆らうつもりはないんだ、本当だから命だけは助けて!」

 涙交じりの声で命乞いをする女の様子に、ユニは相手に加えていた圧力を解いた。


 もうこの頃になると、ユニの目も家の中の暗さに慣れていた。

 自分が制圧した相手が、単なる太ったおばさんだと確認できたのだ。

 彼女はナガサを右手に持ち替えると鞘に戻し、立ち上がった。

 そして相手の腕を取って助け起こす。


「手荒なことをしてごめんなさい。

 いきなり腕を引っ張られたから、海賊に襲われたかと思ったのよ。

 言っておきますけど、私も海賊じゃないわ」


「本当に……かい?」

 女は疑わしそうな声を出す。

 それはそうだろう。今のユニの動きや、刃物を首に突きつけた手際は、どう見ても堅気の人間のものではない。


「ええ、あたしの名前はユニ。ドワーフ市を見物に来た単なる旅人よ。

 この辺に海賊船が出たっていうから、興味本位で寄ってみただけなの」


「そうなのかい?

 ――ああ、びっくりした!

 あたしゃあんたが海賊の仲間で、本当に殺されると思ったわ。

 あたしはマデリンだよ」


「そう、マデリンね。

 それで、どうして私を家の中に引っ張り込んだの?」


「まぁ、立ち話もなんだから、椅子にかけておくれ」

 マデリンはそう言って、お茶の用意に取り掛かりながら説明を始めた。


「ユニさん、あんた海賊船を面白半分で見に来なさったそうだけど、それは大きな間違いだよ。

 村の人たちは誰も外に出ていなかっただろう?」


「ええ、あたしも変だと思ったわ。

 何かあったの?」


「呆れたねぇ! 『何かあった』じゃないよ。

 みんな海賊が怖くて、家の中に閉じ籠っているんだ。

 もちろんあたしもそうしてたさ。それで窓の隙間から外の様子を窺っていたら、見知らぬ若い娘がぼんやり歩いてくるじゃないか。

 あんたみたいな別嬪べっぴんさんが海賊に見つかったら、たちまちさらわれて奴らの慰みものにされちまうよ。

 それでかくまってあげようと、慌てて家の中に引っ張ったってわけさ」


「そういうことですか……。

 そんなに海賊たちは酷いことをしているの?」


「それはもう! ――と言っても脅かすだけで、実際に殺された者はいないけどね。

 だけど、村の食糧を根こそぎ持っていかれちまったし、馬や馬車から荷車まで取り上げられたんだ。

 あいつら『これは正当な取引だ』とか言って、一応金は払うんだよ。

 だけど相場の十分の一にも満たない額なのさ。略奪と変わりないわ」


 ユニはマデリンの話にうなずいた。

 海賊たちはケルトニアとセレキアの条約に抵触しないよう、気を遣っているのだ。


「それで、海賊たちは湾に泊まっている船に乗っているの?」


 女は首を横に振った。

「残っている海賊は数十人じゃないかね。

 船から小舟で荷揚げをしている連中だよ。

 ほとんどの海賊たちは、昨日までにはどこかへ行っちまった。

 そりゃあもう、あんな数の海賊を見たのは初めてだったよ」


「何人くらいいたの?」

 ユニの眼が思わず細くなる。


「さて……ちゃんと数えたわけじゃないけど、この村全部の人間を集めたよりも多かったね。

 多分二百五十、いや三百人近くいたと思うよ」


 彼女はそう言うと、ユニの前に縁の欠けたカップを置いた。

 礼を言ってお茶を飲んでみると、ほとんど香りのない、色のついたお湯のような味だった。


「ねえ、マデリン。

 その海賊たちの中に、ドワーフの子どもを見なかった?」


 女はきょとんとした顔をする。

「へ? 何で海賊にドワーフの子どもがいるんだい?

 いいや、もちろん見なかったよ。

 変なことを聞きなさるね」


 ――と言うことは、人質はまだ海賊船に囚われたままということになる。

 海賊たちの主力はすでにテバイ村を目指して出発しているとすれば、人数が手薄なうちに奪還作戦を決行しなくてはならない。


 ユニは味のしないお茶を飲み干すと立ち上がった。

「ありがとうマデリン。

 話を聞けてよかったわ。

 これ、乱暴をしたお詫びとお茶のお礼よ」


 彼女はそう言って数枚の銅貨をマデリンの手に握らせた。

 女は「あらまあ!」と驚いてみせたが、素早く貨幣をエプロンのポケットにしまい込んだ。


 扉を開けると、外の明るさが眩しかった。


「いいかい、浜へは行っちゃ駄目だよ!

 まだ海賊たちがいるからね!」


 背中にかけられた声に、ユニは片手を上げて応えながら扉を閉めた。


「ぐずぐずしてはいられないわ」


 彼女は独り言を洩らすと、ライガの待つ村の外れへと引き返した。

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