八 共同戦線
「力を貸せですってぇ!
あんた正気? それとも寝惚けてるの?」
言い返すユニに構わず、マグス大佐は彼女の前に馬を近づける。
すかさずマリウスが割って入り、ユニを身体の後ろに隠した。
大佐は〝呆れ果てた〟といった表情を浮かべる。
「マリウス、何だそのみっとない付け髭は?
仮にも一度は上司だった私にどこまで恥をかかすのだ、この馬鹿者!
そこをどけ。貴様はこの女がオオカミを連れて戻るまでここで動くなよ?
事情は後で説明してやる。
時間がないのだ! ユニ、早く馬に乗れ!」
彼女は有無を言わさぬ態度で手を差し伸べた。
ユニはわけが分からないまま仕方なくその手を取り、鐙に足をかける。
彼女と大して体格の変わらない大佐であったが、ぐいっと引っ張り上げる力は予想以上に強かった。
ユニはマグス大佐に背後から抱かれるような格好で馬に跨る羽目になった。
「二ケツなど胸糞悪いだろうが、お互い様だ。我慢しろ。
宿はどの方向だ?」
「この先の角を右に曲がって……」
ユニが言い終わらぬうちに、大佐は馬の腹を蹴った。
「何だって言うのよ、もうっ!」
「黙れ! 舌を噛むぞ」
街中であるから全速とはいかないが、大佐はかなりの速度で馬を走らせた。
時々行き会う通行人は慌てて馬を避けたが、中には驚いて固まってしまう者もいた。
しかし大佐は巧みに馬を操り、その傍らをすり抜けていく。
南カシルは人口が多い割にそう広い街ではない。
山塊の端が海へと落ちていく斜面を切り拓いた市街は、海側から浜通り、中通り、山の手と三つの地区に分けられる。
レイアが買い物をしていた洋装店は一番上の山の手地区、ユニの泊まる宿はその隣の中通り地区にある。
彼我の距離は、馬なら十分とかからない。
宿の前にたどり着くと、大佐は手綱を絞って馬を急停止させた。
馬は棹立ちとなって抗議の嘶きを上げる。
周囲の住民が何事かと振り返る中、彼女は後ろから腕を回してユニの身体を引き寄せた。
そして耳元に顔を近づけると、周りに聞こえないようにささやく。
「レイア様が逃亡された!
手引きをした者がいるらしい。
捜索には貴様のオオカミが必要だ。分かるな?」
大佐の乱れた髪がユニの首や頬にちくちくと触れ、彼女は思わず顔をしかめた。
それを不満の表情だと誤解した大佐は、ユニを突き飛ばすようにして怒鳴った。
「分かったらとっととオオカミを連れてこい!」
逃げるように馬を降りると、ユニは宿の横に建つ厩へと急いだ。
彼女は乱暴な扱いに文句を言うことも忘れていた。それだけ大佐の言葉は衝撃だったのだ。
『レイアが逃亡?
一体全体、何が起こっているの?』
無数の疑問符が頭の中を駆け巡ったが、それを押しのけるようにライガの声が割り込んできた。
『何だか面白そうじゃねえか?』
「盗み聞き? 趣味が悪いわね」
『聞こえて来ちまうんだ、仕方がないだろう』
ライガはそう言うと、馬房を塞ぐ横板を飛び越えた。
ユニは慣れた仕草でその背中に飛び乗ると、オオカミの首のあたりをぽんと叩いた。
「よく分からないけど、とにかく現場に行ってみましょう。
マリウスが間抜け面をして取り残されているわ」
路上に現れた巨大なオオカミに、マグス大佐の馬は怯えたように後ずさる。
ライガは慣れたもので、喉を鳴らして甲高い唸り声を上げた。
それは敵意のないことを示す一種の挨拶で、馬にも伝わるように彼が工夫したものだ。
ユニは大佐に声をかける。
「じゃあ、戻るわよ。
こっちの方が速いから、後からついてきて」
「応!」
大佐が言うなり、オオカミと馬が同時に駈け出した。
二人の女は十分足らずで現場に舞い戻った。
言いつけどおりに待っていたマリウスに、大佐は「ついて来い」と目で合図をする。
店の前でライガから降りたユニ、そして慌てて追いかけてきたマリウスの二人に、大佐はざっくりとした事情を説明した。
「部下には現場に人を入れないように指示している。
お前のオオカミには、レイア様と手引きした者の足跡を追ってほしい」
「それならレイア様が身に着けていた物が必要ね。何かあるかしら?」
「ちょと待て」
大佐はすぐに店の前に停めてある馬車に向かい、扉を開けて中に何事か話しかけた。
少しすると、彼女は手に毛皮を抱えて戻ってきた。
「レイア様のコート、それに手袋と使用済みのハンカチだ。
これで足りるか?」
「十分よ。
ライガ、お願いね」
すかさずオオカミが鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
その間に、大佐は簡潔で必要な質問を投げかけてきた。
「ライガというのは、このオオカミの名前か?」
「そうよ」
「お前はライガと意志が通じ合えるのか?」
「当然よ。召喚士なんだもの」
「ライガは私の言葉も分かるのか?」
「あたしが側にいればね。
オオカミの悪口を言ったらお尻を齧られるから、注意しなさいよ」
「無駄口を叩くな、馬鹿者!
よし、今はそれだけ聞けば十分だ」
協力を頼んでいる割に大佐はあくまで偉そうである。
十分に匂いを記憶したライガが『もういいぞ』と報告してきたので、ユニは腹立たしい気持ちを無理やり呑み込んだ。
「準備完了だそうよ。それじゃトイレの外に行ってみましょう」
* *
現場には異様な緊張が漂っていた。
二人の副官とマクラレン中尉に加えてカシルの傭兵たちが十数人加わり、現場を含めた広範囲に規制線を敷いていたのである。
大佐がユニを連れてライガを迎えに行くのを見て、傭兵の隊長はすぐに異常に気づいた。
彼は店舗の裏にいたイアコフたちを見つけると、おおよその事情を聴きとった。
隊長の動きは早かった。
彼はすぐにアンダスン議長に使いを走らせ、とりあえず第一報を入れさせた。
そして周辺の道路を封鎖している部下たちに確認を取ったが、レイアらしき人物は誰も目撃していないことが分かった。
それならばすぐに捜索隊を組織して周辺を調べさせそうなものだが、隊長の判断は大佐と全く同じだった。
万が一にも逃走の痕跡を踏み荒らしてはならない。あくまで現場保全を第一と考えたのだ。
その現場に大佐とユニが並んでやってきた。
ユニはふと自分の腰のあたりに視線を落とした。ナガサ(山刀)をぶち込んだ鞘から、青白い光が洩れているのに気づいたのだ。
彼女は油断なくナガサの柄に手を添えた。
大佐たちの姿を目にした副官たちが安堵の表情を見せたの同時に、いきなり事件は起こった。
彼らの隣で警戒に当たっていたマクラレンの姿が一瞬でかき消え、ユニとの間を一気に詰めたのだ。
それはライガの阻止行動をも凌駕する、凄まじい速さだった。
「待て!」
「待って!」
二人の女が同時に叫ぶ。
マグス大佐は中尉の動きに負けないほどの素早さで、彼の右腕を押さえようとした。
しかし、わずかの差でその手をかいくぐり、マクラレンの剣は鞘から抜かれ、白刃が残像を残してユニの喉元へと伸びていた。
ユニはかろうじて、腰から引き抜いたナガサで剣の切っ先をずらした。
ナガサの発光で殺気を予知していなかったら、そして大佐が止めに入らなかったら、恐らく間に合わなかっただろう。
マクラレンの追撃は、大佐が彼の腕をがっちり押さえたことで防がれた。
一方のユニは、ライガの首を抱えるようにして必死で彼の怒りを鎮めようとしていた。ユニが叫んだ「待って!」という言葉は、オオカミに向けられたものだったのだ。
ユニはどうにか初太刀をかわしたが、間一髪のタイミングだった。
もしユニが傷つけられたなら、次の瞬間にはマクラレンも噛み殺されていただろうが、わずかの差でライガが遅れを取ったのは間違いない。
その事実が、オオカミの怒りに一層火を注いだ。ユニが無事であったことは、この際関係なかった。
牙を剥き出し、凄まじい唸り声を上げたライガは、小柄なユニを引きずる勢いでマクラレンに飛びかかろうとする。
ユニは必死で叫んだ。
「早く! その人を後ろに下げて!
殺されるわよ!」
「マクラレン、貴様も下がれ!
この女への殺害命令は一時中止だ!」
大佐の言葉にユニの表情が一変した。彼女の激情が直接伝わってくるライガは頭を殴られたような衝撃を受け、逆に我に返った。
ユニは血相を変えて怒鳴った。
「このヒス女、そんな命令を出していたの?
よくもそれで協力しろだなんて言えるわね!
ああ、もうっ! あんたの頼みなんて金輪際お断りだわ!
ライガ、マリウス! 帰るわよ!」
「まぁ待て、少しは落ちついたらどうだ?
部下の非礼は謝ろう。
機会があれば貴様を殺すよう命じていたのは事実だが、事情が変わったのだ。
少しは考えてみろ!」
「うっさいわね!
何を考えろって言うの?」
マグス大佐は心の中で溜め息をついた。
『元はと言えば、自分が蒔いた種だが……。
それにしてもこのユニという女、案外馬鹿だな』
当然、そんな思いは噯気にも出さない。
「いいか、南カシルは自治領とは言え、リスト王国の支配下にある。
レイア様は正規の手続きを経てそこへ入った、いわば客人だ。
しかも彼女は皇帝陛下の寵愛を受ける側室だぞ?
レイア様が失踪したとなれば、当然帝国は王国の管理責任を問うはずだ。代償として南カシルの割譲くらいは要求するだろう。
これはもう外交問題なのだ。
貴様がこの場を去れば、戦争が始まるかもしれんのだぞ!」
「ぐっ……」
ユニは言葉を呑み込んだ。
すかさず大佐が近づき、ユニの肩に手をかけぐいと抱き寄せる。
「いいか、大事になってからでは遅いのだ。この件は上に知られないうちに解決するのが一番いい!
そうしなければ私たち警護担当は無事では済まん。貴様だとてこちらを監視していたのだろう?
外交問題になれば、上の連中は必ず誰かに責任をなすりつけるものだぞ。
監視のためにわざわざ派遣した二級召喚士は、格好の生贄になると思わんか?
な? 互いに気に入らんのは承知の上だ。ここは大人になって共同戦線といこうじゃないか」
「むぐぐ……」
近くでこのやり取りを見ていたマリウスは天を仰いだ。
『やっぱりこの人は悪魔だ……』
* *
マグス大佐の悪魔のささやきによって、どうにかその場は収まった。
ユニが丸め込まれてしまったので、ライガも落ち着かざるを得ない。
それに匂いを追って獲物を追跡するのはオオカミにとっては本能で、むしろ娯楽に近い。
それが難しい案件ならば、なおさらやる気が湧いてくるというものだ。
彼はトイレの外壁に面した地面を慎重に嗅ぎまわった。
地面はよく手入れされた芝が植えられていたため、足跡は残っていない。
それでも踏み荒らされてあまり時間が経っていないせいで、十分に匂いは嗅ぎ分けられた。
レイアという娘の匂いは確かに残っている。壁に手をつけたり、衣服がこすれたのだろう。
壁際に放置されていた踏み台には、男の手の匂いがしっかり残っていた。
婦人用の化粧室とあって、その周囲には目隠しのための常緑樹が植えられている。救出作業には最適の環境だったろう。
だが、足跡を追うとなれば別問題だった。靴底から人の体臭を嗅ぎ分けるのは不可能に近い。靴の底革の匂いを頼りに追跡するしかないのだ。
ともあれ、初動の捜査としては上々の成果であった。何と言っても大佐の厳命で現場が保全されていたのが大きい。
ライガはそのまま靴跡の匂いを慎重に追っていった。
山の手に店舗を構えるだけあって洋装店の敷地は広く、それを高さ二メートルを超すレンガ塀が囲っている。
塀の上には防犯用に、鋭く尖った忍び返しがびっしりと植えられていた。
女性を抱えてこれを乗り越えられるとは、到底思えない。
それでもライガは真っ直ぐにレンガ塀に向かっていった。
そして庭木の陰になったところで足を止め、壁を嗅ぎまわった。
「ここで足跡が途切れているそうよ。
匂いはレイア様と手引きした男の二人だけだって」
ユニがライガの言葉を大佐たちに伝えた。
「この塀を乗り越えたんですか?
ちょっと信じがたいですね」
金髪の美青年が塀を見上げ、感心したようにつぶやいた。
「いえ、乗り越えてはいないそうよ。
二人の匂いは下の方のレンガにしか付いていないみたい。
それに漆喰の臭いが変だって言っているわ」
その言葉を聞いて、背の高い赤毛の若者が壁際にしゃがみ込んだ。
彼は白い手袋をはめ、慎重に壁をまさぐり顔を近づけて覗き込んだ。
「この辺だけ漆喰が生乾きです。
皆さん、少し下がってください」
彼は地面に片膝をつけ、腕に力をこめた。
ずるり――レンガが奥に引っ込んだ。
そのまま押していくと、数個のレンガが向こう側に突き抜けた。
副官が次々とレンガを押しやっていくと、壁の下に大人が潜り抜けるのに十分な大きさの穴が出現したのだ。
「事前にレンガを抜いていたようですね。
漆喰が乾いてしまったら、絶対に分からないところでした。
よほど周到に準備をしていたと見えます」
小柄なユニと大佐がその穴を実際に潜り抜けてみた。
レンガ塀を抜けた二人の目の前には、二つの邸宅の外塀が真っ直ぐに伸びていた。
その隙間は五十センチほどだったが、人間一人が通るには十分な幅である。
彼女たちはライガを先に立たせてその隙間を進んだ。
後ろからは帝国の男たちとマリウスが続く。
塀の隙間は二十メートルほども続き、それを抜けると山の手の中心部を通る広い道路に出た。
ライガはその辺りをうろうろと嗅ぎまわっていたが、ユニの顔を見上げて首を振った。
「ここで足跡は途切れているそうよ。どうやら馬車に乗ったみたい。
……参ったわね」
「何か問題があるのか?」
大佐が訊ねる。
「おおありよ。馬車の追跡って難しいの。
車輪も馬の蹄鉄も、ほとんど臭いが同じなのよ。
それにこれだけの通りですもの、似たような跡が入れ乱れているわ」
そう言いながらユニはライガの太い首を抱きしめた。
「でも、うちのライガはとびきり優秀なのよ!
そうでしょ?」
オオカミはばっさばっさと尻尾を振った。
* *
ユニの言うとおり、馬車の追跡は困難を極めた。
数メートル進んでは戻るということを繰り返しながら、ライガは少しずつ馬車の軌跡を明らかにしていく。
蹄鉄が掘った窪みに残る蹄の痕跡――そこに微かな馬の体臭を見出すのは至難の業だったが、オオカミは忍耐強くその作業を繰り返した。
レイアを乗せた馬車が出発して、まだ一時間程度しか経っていないというのも幸運だった。
一行は山の手地区の大通りを抜け、中通り、さらに浜通りへと下っていった。
馬車の追跡を開始しておよそ三時間、夕暮れが迫るころ、ライガの足がようやく止まった。
「馬車はここに入ったって」
ユニが振り返って大佐たちに説明した。
それを聞いた帝国兵の表情は、明らかな失望に染まっていた。
――そこは、大きな辻馬車屋だったからだ。
馬車屋の前には多くの空馬車が並べられており、店の奥からは馬の嘶きや鼻を鳴らす音が盛んに響いてくる。
ライガは店先の馬車の一つに真っ直ぐに駆け寄ると、しきりに嗅ぎ回った。
店の者たちが慌てて出てくる。店主らしい男も一緒だ。
「おいおい、馬たちがやけに騒ぐと思ったら、何だこの化け物みたいな犬っころは?
まさか馬を喰いに来たんじゃないだろうな」
ユニは喧嘩腰の大柄な店員の顔を、怯むことなく睨み上げた。
「私は王国の召喚士です。
このオオカミは私の幻獣、馬を食べたりしないから安心してください。
今、南カシルを帝国の貴婦人が訪問している話は知っていますね?
こちらの人たちはその護衛を務める帝国の軍人です。
私たちの邪魔をすると面倒なことになりますよ?」
店員は目を白黒させて、オオカミとマグス大佐たちの顔を交互に見た。
店主は商売人らしく、「逆らわない方がいい」と素早く判断した。
それだけマグス大佐から物騒な雰囲気を感じ取ったのだ。
ユニも相手の変化に力を得て、言葉を続けた。
「私たちは、今うちのオオカミが匂いを嗅いでいる馬車を追ってきました。
この馬車は数時間以内に戻ってきたばかりですね?
乗っていた御者を連れてきてください」
店主は店員と顔を見合わせた。
「いや、その馬車は貸し出したものなんだ。今日一日の契約でな。
御者はつけていない」
「では、借主は誰なのですか?」
店主は肩をすくめる。
「私らはそこまで詮索しないですよ。
どこの乗合馬車だって、乗ってきたお客さんの身元を調べたりはしないでしょう?
貸し馬車だって同じことですよ。ちゃんと金さえ払ってくれるなら誰が借りようと構わんのです」
「でも、それじゃ持ち逃げされたりしないの?」
「だから貸し出す時には、馬と馬車を買い替えてお釣りがくるだけの保証金を預かるんですよ。
期日内に返してくれれば、料金を差し引いて保証金をお返しするってことになっているんです」
「じゃあ、どこの誰がこの馬車を借りたか分からないのね?」
「へえ。でも、顔は覚えていますよ。
陰気な感じの爺さんでしたね。顔に酷い火傷の跡があって、髪を伸ばしてそれを隠していました」
「馬車を戻しにきた時は、その老人だけでしたか?」
「それが妙なんですよ。
この馬車は、空で帰ってきたんです」
「無人で?
どういうことですか?」
「どうもこうも、馬が空馬車を曳いて自分で戻ってきたんですよ。
馬は頭がいいですからね。自分のねぐらをちゃんと覚えているんです。
まぁ、お客さんが保証金を取りに来ないのなら私らは丸儲けですから、別に文句はありませんよ」
ユニは溜め息をついた。
「分かりました。
ご主人、ついでです。馬を一頭お借りしたいのですが、よろしいですか?」
「そりゃもう。金を払ってくださるなら喜んでお貸ししますよ」
「マリウス、ちょうどういいからここで馬を借りなさいよ」
ユニはマリウスに声をかけた。一行のうちで、彼だけが徒歩だったのだ。
そこへ下馬していたマグス大佐が近づいてきた。
「その馬車にレイア様が乗っていたのは間違いないのか?」
ユニがうなずく。
「ええ、確かにレイア様と手引きの男の匂いがするとライガが言っています」
「と言うことは……」
ユニが大佐の言葉を引き取る。
「途中で馬車を乗り換えた?」
「そういうことだな。
だが、ますます妙だ。まるで相手は貴様がオオカミで追跡してくると知っていたかのようではないか?
クソっ! ここまできて手詰まりか……」
大佐は歯噛みをして悔しがったが、ユニの方は澄ました顔をしている。
「あら、そうでもないわよ。
取りあえず、評議員会のアンダスン議長に報告しに行きましょう。
多分、あの方の協力がないとこの事件は解決しないわよ」
マグス大佐はじろりとユニを睨んだ。
「貴様……まだ何か隠しているな?
吐け!」
「さて、何のことかしら?
それよりあんた、共同戦線と言ったけど、これってあたしの方が一方的に協力しているだけじゃない?
なのに〝吐け〟って、ずいぶんな態度よね」
大佐は苦虫を噛み潰したような表情となった。ユニの言っていることは事実だったからだ。
「……報酬が欲しいのなら、言い値で払ってやるぞ」
「あんたから金を恵んでもらうなんて、死んでもお断りよ。
そうね……レイア様を見つけたら、何でも一つあたしの言うことを聞くっていうのはどう?」
大佐の表情がますます渋くなる。
「いいだろう。だが、軍の規則に触れるようなことは出来んぞ?
その上で私に実行可能な範囲であれば約束しよう」
「本当に?」
「ああ」
「ホントに本当?」
「くどいっ! 帝国軍人に二言はない!」
ユニはにやりと笑った。大佐に負けない悪い顔だった。
「いいわ、交渉成立。
マリウスの手続きが終わったみたいね。それじゃ出発しましょう!」
マグス大佐はこの約束を後悔することになるのだが、それはまだ先の話だった。




