三 傭兵募集
――なぜ海賊がドワーフの娘を人質にしたか。
その理由を問われたユニは少考したが、すぐに顔を上げた。
「その前に、海賊からドワーフたちへ何か要求があったのですか?」
「いい質問だ」
教師のような口調でアリストアが微笑む。
「重傷を負ったドワーフの女性の懐に、海賊からの脅迫状が挟んであったそうだ。
それによれば、『ドワーフ市が無事に終わったら人質を返す』とあったそうだ。
身代金として何らかの宝物を要求されたようだが、その詳細までは分からない」
ユニは考え込みながら、言葉を選んで答えた。
「つまり海賊は人質を取りながら、ドワーフ市の開催を強要しているということになりますね。
市は中止するな――だが、何かあっても手出しはするな……という脅しだということでしょうか?」
「それが分かるならば、海賊たちの狙いも見当がつくだろう?」
ユニは肩をすくめた。
「海賊はドワーフ市を襲うつもりでしょうね。
狙いは二つ。
一つはドワーフが出品する高額な武器や防具。
もう一つは、それを購入するために商人たちが用意してきた仕入れ金……ですか?」
アリストアは満足そうにうなずいた。
「大変よろしい。
市に出品される武器や防具は、当然ドワーフのものだ。
テバイの村人はその売り子に過ぎん。
一方、市に集まった各地の商人たちは、セレキアの市民でも何でもない。
両者から商品や金を奪うことは、ケルトニアとセレキアが結んだ条約に何ら違反しない。
まったく、よく考えたものだよ」
「でも、これ一回きりの手でしょうね。
博打みたいなものだわ」
「それだけに手にするものも大きいというわけだ。
さて、重傷を負ったドワーフは、帰りが遅いことを心配した仲間によって発見され、そのまま山脈南部の西の森に運ばれた」
「西の森って、アッシュの……?」
「そうだ。
アッシュ殿の治める西の森と、寂寥山脈のドワーフ族とは古くから交流があるそうだ。
ドワーフたちは自分たちで手に負えない重傷者が出ると、エルフの森に運び込んで治療を頼むらしい。
そして、その際にドワーフからアッシュ殿へ相談があったということだ。
ドワーフもエルフも、極力人間との関りを避けている。彼らは人間よりも強く、武器防具は優秀だ。
当然、莫大な利益が出る市を台無しにされたくないし、拉致された仲間のことも心配だ。
だからといって、ケルトニア海賊と戦うことだけは絶対に避けたいと考えている」
「それで……人間の相手は人間にさせようと考えついたわけですね?」
アリストアはうなずく。
「そうだ。
商人たちはそれぞれ護衛の傭兵を連れているが、彼らをまとめて指揮を執れる優秀な人材が欲しい。
だが、ケルトニアに服従しているセレキアから、そうした傭兵を雇うことは難しい。
人間と没交渉のドワーフたちには伝手がない。傭兵募集のため大都市に姿を見せることなど論外だ。だからと言って、ただの農民に過ぎないテバイの村人にそれを依頼しても、ろくな結果とはならないだろう」
ユニは溜め息をついた。
「それで、人間世界を知っているアッシュに頼み込んだと……そういうわけですね。
先ほどおっしゃった三つの使命については理解できました。
それにしても……どうしてアッシュは私に何も言わなかったのかしら?」
アリストアは肩をすくめた。
「陛下から聞いた話だが、アッシュ殿は陛下と面談する直前まで、君を巻き込むことを迷われていたらしい。
その後の慌ただしさは君も経験しただろう?
私が今、説明しただけで小一時間かかっている。
アッシュ殿にそんな暇があったと思うかね?」
――歓迎式典が終わった後、アッシュはレテイシアとともに深夜まで語り明かし、そのまま王宮に宿泊した。
翌日、レテイシアの誘いで、二人の女王は王都の南部にある風光明媚な保養地、レマ湖を訪れた。
同地でリスト王国の初代王であるセントレア公の霊廟を詣で、昼食を摂ったのちにアッシュは帰国の途につくことにしたのだ。
昼食後、アッシュは美しいドレスから軽装の狩人のような衣装に戻ると、レマ湖畔の森の中へと消えて行った。
レテイシアは国境まで馬車で送ることを申し出たが、アッシュが固辞したのだ。
樹木がある限りエルフの移動速度は馬車など問題にしないくらいに速い――というのが理由だった。
ユニとの別れは、朝に王宮を出立する際、慌しく交わした二言三言の会話しかなかったのだ。
オオカミとともに見送るつもりだったユニを、アッシュは押しとどめた。
「レテイシア殿には断っているのに、ユニの見送りを受けたと知れたら角が立つだろう?
どうせすぐにまた会えるのだ。
面倒を押しつけて済まんが、よろしく頼む」
その時には「面倒を押しつけて」という言葉の意味が、ユニには分からなかった。
今、アリストアの説明を受けて、ようやくそれが理解できたのである。
* *
「――というわけで、ゴードンを貸してほしいのよ」
蒼城市、アスカ邸のテラスで午後のお茶を飲みながら、ユニは唐突に切り出した。
その日たまたま非番だったアスカは、いつもの鎧姿ではなく、ゆったりとした部屋着を着ている。
その隣には浅黒い肌をしたスキンヘッドの大男が座っている。
アスカ家に居候している傭兵のゴードンだ。
彼はアスカの属している第四軍で、臨時の教官として働いていたのだ。
「おい、ちょっと待てユニ。
何が〝というわけ〟なんだ?
全く分からないぞ。
――って言うより、何かを頼むなら本人である俺にまず話せ。
何でアスカに許可を取ってるんだよ?」
「うっさいわね!
男が細かいことを気にしないの!」
ユニはゴードンを無視して、再びアスカに向き直った。
そして、アッシュからの依頼のあらましを説明した。
アスカは黙って聞いていたが、長い話が終わると、少し羨ましそうにちらりとゴードンの顔を見た。
「今度はケルトニアの海賊とやり合うのか。本当に忙しい奴だな。
面白そうな話だが、私も付いていくのは……駄目なのだろうな?」
「駄目ね」
ユニの返事はそっけない。
「アスカみたいに目立つ人が暴れたら、王国軍が関与しているって宣伝するようなものよ。
今回求められているのは、バラバラに雇われた傭兵をまとめられる人材よ。
ゴードンに指揮能力があることは、あたしもこの目で見ているわ。
それに、彼なら傭兵仲間に顔が知れているでしょう? もってこいだわ」
「だーかーら!
そういう話なら、まず俺の意志を確かめろよ。
最初から俺が承知すると決めつけたような言い方は気分が悪いぞ!」
ゴードンが憮然とした表情で割り込んできた。
ユニはわざとらしく溜め息をつくと、いきなり立ち上がって彼の腕を掴む。
「ちょっと、あんた。
顔を貸しなさいよ!」
小柄なユニに大男のゴードンが引きずられていく様は滑稽で、取り残されたアスカの顔に微笑みが浮かぶ。
ユニは庭の奥へと彼を連れて行くと、アスカに背を向けるようにして小声でささやいた。
「ゴードン、あんたアスカと付き合っているんでしょ?」
「なっ、何を突然!
俺とアスカが、そそそそ……そんなわけがないだろう!」
浅黒い顔を赤く染めた男を、ユニはじとりと横目で睨んだ。
「惚けないで!
エマさんやフェイはもちろん、メイドたちだって一人残らず知っていて、みんな生暖かい目で見守っているのよ。
知らないのは、あんたとアスカくらいのものね」
「そっ、そうなのか?
くそっ、いつの間にバレたんだ……」
ユニはやれやれといった顔で頭を振った。
「とにかく!
あんたたちが〝いい仲〟になったことは、みんな喜んでいるんだから安心しなさい。
それより問題はこの先よ」
ゴードンはきょとんとした顔をする。
「この先って……何かあるのか?」
ユニは呆れ返った。
この馬鹿はあまりに呑気すぎる。
「何って、あんたアスカをお嫁さんにする気なんでしょう?」
「そっ!
それはまぁ……。
あっ、あくまでだな! あくまでアスカがその気ならって話だが……まぁその、いずれ、そういうつもりではあるんだ」
「〝いずれ〟じゃないのよ。時間がないの!」
ユニの声が低くなり、怒りの色が混じってきた。
反対にゴードンの方はおろおろとしている。
「いや、こういう話はだな、じっくり時間をかけて……その、お互いの気持ちを確かめてだな」
「黙りなさい!
あんた、アスカがいくつになったか知ってるの?」
「え? あっ、ああ……俺の一つ下だから、来月には三十九歳になるはずだ」
「何だ、分かってるじゃない。
じゃあ、ゴードン。
あんた、アスカが四十代になるまで待たすつもりなの?
いい? 女の三十代と四十代じゃ、天と地ほども違うのよ!
家令のエマさんなんか『アスカお嬢様が四十歳になる前に、お嫁にいく姿を見られたら死んでもいい』って、うわごとみたいに繰り返しているのよ。
あと一年以内にプロポーズして式を挙げなかったら、あんたエマさんに締め殺されるわよ!」
ゴードンはユニの言葉に衝撃を受けた。
この男の頭には、アスカを妻とすることに対する漠然とした夢はあったものの、結婚式という現実的な問題など考えたこともなかったのだ。
「だっ、だが……。
アスカが〝うん〟と言うだろうか?」
ユニは思わず頭を抱えた。
彼女は呻くような声を出した。
「あんた馬鹿?
そんなのアスカがあんたを見る顔で、誰でも分かるわよ!
いくらあんたよりデカい大女でも、アスカだって女性なのよ?
彼女はあんたがプロポーズしてくれるのを待ってるの!」
そして小柄なユニはゴードンの首に腕をかけると、無理やり背をかがませた。
遠くで見ているアスカの顔にむっとした表情が浮かんだが、構っていられない。
「よく聞きなさい!
アスカは第四軍の第一連隊長で少将――王国唯一の女性将官よ。
彼女にだって体面があるの。
式を挙げるとなったら、蒼龍帝のフロイア様はもちろん、どれだけの人数を招待しなくちゃならないか分かる?
このこぢんまりした借家じゃ、絶対入りきれないわ。
それなりの会場を借りる費用、豪華な料理とあり余るお酒、音楽を演奏する楽隊、大勢のスタッフ……一体どれだけお金がかかると思ってるの?
あんた、まさかそれをアスカに出させる気じゃないでしょうね!」
ユニの怒気を孕んだささやき声で、ゴードンはようやく現実に気がついた。
「そ、それはまぁ、俺だって多少の蓄えはあるが……多分、足りないよな?」
「でしょうね。
軍の臨時教官なんて、どうせ大した給与は出ないんでしょう?
そりゃあ、アスカならそれだけの費用を出せると思うわ。
彼女は高級取りだし無駄遣いはしないもの。おまけにエマさんが家計をしっかり管理しているわ。
でも、花嫁に式の費用まで出してもらったら、あんた完全に〝ヒモ〟よ。
男としてそれでいいの?」
「だがそれだけ稼ぐとなると、商人の護衛を五、六回はこなさないとな……。
――あ!
おい、ユニ! その、アッシュの依頼って、報酬がいいのか?」
ユニは悪魔のように微笑み、ゴードンの耳に口を近づけて金額をささやく。
彼は目を瞠った。
「そんなにか?
それだけ出るんだったら、式の費用は……」
「ええ、何とかなると思うわ。
それに仕事がうまくいけば、これとは別にドワーフから追加で報酬が出ることも期待できるわよ!」
庭から戻ってきた二人は、やや機嫌を損ねているアスカに笑顔を向けた。
「商談は成立したわ。
ゴードンは大いにやる気よ」
アスカは苦笑を浮かべた。
「二人で何を話していたかは、教えてくれないのだろうな?
まぁ、それは後でゴードンを尋問するからいいとして、私の方も別に構わないぞ。
ただ、訓練のスケジュールも調整しなくてはならない。
出発までには一週間ほど時間を貰いたいな」
ユニはその条件を快諾した。
「俺の役目は、商人たちの傭兵を一つの戦力としてまとめるって話だよな?」
ゴードンが実務的な確認を口にした。
「ええ。ドワーフ市は見物自由だけど、誰でも取引できるわけじゃないんだって。
ドワーフ側が発行した鑑札を与えられた二十人の商人がいて、彼らだけが仕入れを許されているらしいわ。
一つの商隊が雇っている護衛の傭兵は、六人から八人というから、全部で百五十人前後と考えればいいわね」
「そんなことは知っているんだが……」
ゴードンはぼそりとつぶやいたが、それはユニには聞こえなかったらしい。
彼は咳ばらいをして、少し大きな声を出した。
「それだけの人数がいるとなると、もう一人指揮官がほしいな」
ユニもうなずいた。
「あたしもそう思う。
だから赤城市のリディアのとこに書簡を出してあるわ。
アシーズさんと連絡を取れるよう手配を頼んだの。
彼ならどうかしら?」
「アシーズか。
いや、あの人なら俺の先輩だし、傭兵仲間で彼を知らない奴はもぐりだ。
俺としては願ってもないが……この時期に捉まるとは思えないぞ。
まぁ、そっちは赤城市に行ってから考えるしかないだろうな。
それで海賊の方の戦力は分かっているのか?」
ユニは首を振った。
「今のところ何とも言えないわ。
相手側の脅迫状によると、ドレイクっていう海賊らしいの。
エルフもドワーフも、テバイ村の人たちも海賊には詳しくないんだって。
でも、護衛の傭兵がいることを知っていながら市を襲うことを計画しているのよ。
倍以上の戦力だと覚悟した方がいいと思うわ」
「そいつは……楽しくなりそうだな」
ゴードンはユニの顔を見てにやりと笑った。
突然、二人のやり取りを黙って聞いていたアスカが立ち上がった。
「羨ましい! そんな話を聞いていると身体がうずいてくるぞ。
ゴードン、ちょっと付き合え。
一本試合をしよう!」
彼女はテラスに立てかけてあった練習用の棒槍を手にすると、ぶんぶんと振り回しながら庭に出ていった。
ゴードンは肩をすくめてユニに片目をつむって見せた。
「アスカがああ言って、一本で済んだ試しがないんだがな」