十三 歓迎会
その日の夕食はユニが作ったシチュー、厚切りのパンに熱してとろけたチーズをのせたものだった。
旅先の食事としては文句の出ないメニューだ。
おかわりを望むアシーズとゴードンに、ユニが鍋から木の椀によそっていると、天幕の入口から大きな鼻面が突き出し、ライガが入ってきた。
「お帰り。割と早かったのね。
どう、海賊は見つかった?」
ライガはのそのそとユニの後ろに回り込むと、床に伏せて舌をだらりと垂らして荒い息を整えた。
『ああ、割と雑作なかったな。
村から西に十キロほど離れた小さな森の中に集まっていた。
数はおよそ二百八十人といったところだ』
ユニはライガの言葉をゴードンとアディーブのために通訳する。
アシーズは哭き女のサリーナを通して、オオカミの言葉を直接聞くことができる。
彼はライガに訊ねた。
「馬は何頭いたか分かるか?」
『十数頭といったところだ。
ほとんどが荷車を曳く農耕馬だな。
あれじゃ騎馬隊を編成することなどできないだろう』
アシーズとゴードンは明らかにほっとした表情を見せる。
海賊は白兵戦が得意だ。村を騎馬隊で奇襲するつもりはないらしい。
「ということは、襲撃の前の晩に移動して村の西にある林の辺りに潜むつもりだな」
アシーズの推測にゴードンもうなずいた。
「林は村から二百メートルは離れている。
まずは矢を射かけてこちらを混乱させ、その隙に距離を詰めて乱入するって手筈か」
『おいおい、俺の話はまだ終わってねえぞ』
ライガがむすっとした声を出した。
ユニはおたまを持ったままの手で二人に「しーっ」と唇に指を立てる。
『奴ら、馬に曳かせた荷台の上で変なものを組み立てていたぞ。
角材を組み合わせた何かの機械みたいだったが……』
「木製の機械? 何かしら……」
ユニはもちろん、二人の傭兵も首を捻る。
『ああ、そうだ。
ユニ、お前が手に持っているそのおたまみたいなのが上に乗っかっていたな』
「おたま……ってこれ?」
ユニは自分が持っている木製の玉杓子をしげしげと見つめた。
これが付いている木製の装置といえば……。
彼女は振り返ってアシーズの顔を見た。
彼も険しい顔をしている。
「投石機だな。
船の甲板に据え付けていたのを分解して持ってきたんだろう。
こいつはやっかいだな」
――火薬が発明されていないこの世界では銃砲は存在しない。
船同士の戦いは乗り移っての白兵戦か、船首の衝角を激突させて敵船に穴をあけるかだが、どちらも危険を伴うものだった。
そのためカタパルトによる遠距離攻撃もよく使われた。
射程は百メートルもないが、重い石を飛ばして甲板の敵兵や構造物を叩き潰したり、船腹に穴をあけて沈没させることができる。
戦闘を想定している軍艦や海賊船だけでなく、商船にも防御用として装備されるのが常識となっていた。
攻城用の大型カタパルトと違って船舶用は比較的小型なので、分解して運搬することも可能だった。
海賊たちは普段から揺れる船上でカタパルトを扱っているだけに、地上に据えて攻撃するならば、かなりの精度で狙いをつける自信があった。
おそらく最初に弓矢で攻撃すると同時に、歩兵である海賊の突撃に合わせて馬に曳かせたカタパルトを押し出し、村が射程に入ったところで支援攻撃に移るつもりなのだろう。
もしも傭兵側が障害物を築いたり、密集隊形で抵抗しようとした場合、そこに岩石を打ち込めば相手を壊滅させられる。
海賊たちは入念に作戦を練っていたのだ。
「だ、大丈夫なのですか?」
彼らの話を聞いていたアディーブが不安そうな声を出す。
しかし、商人の方に振り向いたユニは笑っていた。
「普通なら駄目でしょうね。相手の方が百人以上人数が多いですし。
でも奴らの誤算は、こっちに召喚士が二人もいることですよ。
二級とはいえ、リスト王国召喚士の戦いぶりを見せて差し上げますわ」
* *
この日、ドワーフ市への参加資格のある商人たちは、七割がた到着していた。
そして市の前日である翌日の昼までには、ドワーフの鑑札を持つ二十人の商人すべてが揃った。
例年市の前日の夜には、村の集会所で村人による歓迎会が開かれる。
この集まりには村人と商人だけが参加して、護衛は遠慮するのが通例であったが、アディーブが各商人に通知を回し、傭兵全員が集められた。
警護の傭兵は総勢百四十八人、例年より一割ほど多い数だった。
それでもユニたちが予想していたほどの数ではない。
彼らの仕事は隊商の護衛が大半占め、その需要は限られている。
年に一度、数週間の仕事があるとしても、その期間だけ傭兵をする物好きはいないのだ。
そのため、各商人たちは護衛の頭数を増やすよりも、いかに腕の立つ傭兵を囲い込むかにやっきとなった。
アディーブが例年雇っていた傭兵が早々に他の商人に取られたのも、そういった事情からだった。
商人たちは海賊出没の噂を耳にしており、彼らなりの対策を取っていたこともあって、歓迎会で村側から何らかの説明があるのだと期待していた。
型通りの挨拶が済むと、壇上に立ったのはアシーズとゴードンであった。
驚いたことに、その横には立派な体格のドワーフも立っていた
何十年も市に通っている商人や傭兵たちも、実際にドワーフの姿を見るのは初めてで、会場は大きなどよめきに包まれた。
そのドワーフとは、もちろんグリンである。
彼はざわついている会場を制するように、しゃがれた胴間声を発した。
「わしは今年の市で差配を務めるドワーフの代表、グリンという者だ。
遠方より集まってくれた人間の商人たちよ、まずは到着の労をねぎらわせてくれ。
よく来てくれた!」
ドワーフはそう言うと会場を睥睨した。
会場は打って変わったように静まり返っている。
「普段姿を見せぬドワーフが、こうして諸君らの前に立ったことは、およそ想像がついているであろう。
単刀直入に言おう。ケルトニアの海賊が、このドワーフ市に狙いをつけている。
我が一族の者が不覚にも人質に取られ、こちらは動きを封じられているのだ。
じゃが、わしらとて伝統あるこの市を、海賊などという不逞の輩に好きにさせるつもりはない!
人数で勝る海賊たちに対抗するためには、ここに集まった傭兵諸君の力を結束しなければならん。
そのためにわしらは諸君の指揮を執るに足りる人材を募り、はるばる呼び寄せた。
願わくば彼らの言葉に従い、一致団結して海賊の脅威を排除してほしい」
ドワーフはいったん言葉を切ると、会場に集まった傭兵たちの顔を再び見渡した。
彼らの目には、一様に何かを期待するような輝きがあった。
グリンは大きくうなずいた。
「見事この市を守り切った暁には、我らドワーフが精魂を込めて打った武器防具、その中から望みの一点を与えられると心得られよ!
言っておくが、このドワーフ市に出品される打ち物は、みな若い職人が手掛けた習作に過ぎん。諸君らが手にするのはそんなものではない。
一流の熟練職人が鍛えたいずれ劣らぬ業物である!
傭兵たる諸君の武名を上げることは必定、売り払って一時の金を手にしても一向に構わん。傭兵家業を畳めるだけの富を得られるであろう!」
ドワーフの言葉に、会場は大きなどよめきに包まれた。
何度も説明したように、ドワーフ市に出品される武器や防具は極めて高価だ。
一介の傭兵では一生かかってもお目にかかれない代物である。
それを数段超える名工の業物を、このドワーフは報酬として約束したのだ。
もとより傭兵たちは、雇用主である商人を守る契約をしているのだから、それを効率よくこなすために他の傭兵と協力することに異存はない。
今回はその当たり前の仕事をして、追加で望外の報酬を手にできるというのだ。彼らの目の色が変わったのも無理はない。
ざわめきが収まらない中、ドワーフの挨拶を受けてアシーズが半歩前に踏み出す。
「今、グリン殿から説明があったとおりだ。
俺はリスト王国の傭兵アシーズだ。
隣りにいるのは同じくゴードン。ここにいる者の多くは見知っているはずだ。
俺たちはドワーフの依頼によって、諸君の力を合わせて海賊を撃退するためにやってきた。
二人が上に立つことに、思うところある者もいるだろう。
だが、諸君の依頼者を守り、今年のドワーフ市を成功させるためにも、そこを曲げて俺たちの指示に従ってもらいたい!」
彼の堂々とした演説に、会場を埋めた傭兵たちからは自然に拍手が起きる。
誰かが大きな声を発した。
「アシーズ、ゴードン!
あんたらが指揮を執るなら文句はないぞ!」
その声に多くの傭兵がうなずき、一層大きな拍手が湧き上がった。
ドワーフの依頼を受けたアッシュが、この件の責任者として指名したのはユニである。
しかし、ユニと傭兵たちは互いにほとんど面識がない。
この場は彼らの多くと顔見知りである、同じ傭兵のアシーズとゴードンを前に立てた方が得策なのだ。
そもそもハラル海を渡る隊商の護衛として活躍する傭兵は、そのほとんどがサラーム教国の出身者だ。リスト王国やルカ大公国、それに東沿岸諸国出身の者もいるが、その割合は一割にも満たない。
実力主義で人種的な偏見の少ない傭兵ではあるが、リスト王国出身者が指揮を執ると言われれば、それなりの不満が出るのが当然だった。
それなのに満場の傭兵たちが、二人を指揮官として素直に認めたのには理由がある。
アシーズたちのこれまでの実績が物を言ったことは間違いないが、それだけではない。
王国南部の赤城市出身のアシーズは代々のサラーム教徒であった。
ゴードンは無宗教だったが、黒人の血を引いた浅黒い肌をしていた。
それらの事実はサラーム教徒、南部人である傭兵たちに、親近感を抱かせたのだ。
さらにアシーズは、全員の結束を高めるためことに抜かりはなかった。
彼は一同に呼びかける。
「ここに集まった傭兵はおよそ百五十人、俺とゴードンだけではすべてに目が届かない。
そこでどうだろう。
もう一人の指揮官としてカーリムを立てたいと思うのだが、賛同してもらえるだろうか?」
会場の傭兵たちから、それまで以上の拍手と歓声が一斉に沸き起こった。
カーリムはペルシニア出身のベテラン傭兵で、その実力もさることながら寛大で面倒見のよい人柄から、多くの若い傭兵たちに慕われる存在だった。
囃し立てられたカーリムは、少し戸惑いながらも周囲に押し出されるように壇上に登った。
アシーズは同じ年配の彼とがっしりと握手を交わした。
「俺たちはセレキアで大量の矢を仕入れてきた。
あんたの弓の腕前はみんなよく知っている。
すまんが弓隊を編成して、その指揮を執ってくれないか?」
壇上に上がるまでは困惑した表情だったカーリムは、アシーズの言葉を聞いてにやりと笑った。
「てめえ、最初からそのつもりだったな!
よかろう、弓のことは任せておけ」
彼の言葉に、会場からどっと歓声が上がった。
アシーズは再び傭兵たちに向かって語りかける。
「各商人の傭兵隊長はそのまま小隊長を務めてくれ。
状況説明と作戦の概要は、この後に小隊長を集めた会議で説明する。
海賊は現在この村の西方十キロの森の中に集結していて、奴らの襲撃は市の三日目が予想される。
明日になれば、さっそく見物客に紛れて海賊の一味が偵察にくるはずだ。
奴らには決して覚られないよう、諸君は素知らぬ顔で例年どおりに会場警備に当たってくれ」
傭兵たちの中から声が上がった。
「アシーズ、何だって海賊の位置まで分かっているんだ?」
アシーズは白い歯を見せて破顔した。
「皆も知ってのとおり、俺は召喚士だ。
だが、今回はリスト王国からもう一人召喚士を連れてきた。
おい、ユニ。ちょっと顔を出してやれ」
アシーズに呼ばれたユニが、ドアを開けて会場に入った。
もちろんライガも一緒だった。
壇上に登る小柄な女性には〝ひゅう〟という口笛が、牛馬よりも大きな巨大オオカミには驚きのどよめきが起きる。
「彼女はユニ。オオカミつかいの召喚士だ。
この馬鹿でかいオオカミ――ライガの他に八頭のオオカミを従えている。
戦力としても百人の兵を凌駕するが、その索敵能力は信じがたいほどに優れている。
俺のバンシーと合わせれば、海賊の動きなど丸裸だ。
この作戦では諸君の中から犠牲者を一人も出さない覚悟だ。大いに期待してくれ!」
多少芝居がかってはいたが、アシーズの演説はひとまず成功を収めた。
彼が最も恐れていたのは、リスト王国人である二人が指揮を執ることに傭兵たちが反発することだったが、幸いにもそうした声は出なかった。
カーリムを指揮官に加えたことは戦術上の必要に迫られてのことだったが、傭兵たちの受け止めは方は予想以上に好意的であった。
そして無理やり引っ張り出した形のグリンが、思いもかけぬ報酬を約束してくれたことで、傭兵たちの士気は一気に高まった。
後は各小隊長が、うまく部下たちを統制して作戦を浸透させるかどうかにかかっている。
歓迎会は図らずも決起大会のようになったが、明確な指揮系統と敵の情報が示されたことに、集まった傭兵たちは心底ほっとした。
雇い主が違う寄せ集めの兵が、状況も分からぬまま海賊への対抗策を練ることなど不可能だったからだ。
それはまさしく海賊たちが狙ったことであった。
傭兵たちの一人ひとりがいかに手練れであっても、しょせん烏合の衆では勝負は目に見えている。
前日の夜、ユニがアディーブに言ったように、海賊たちの誤算はユニと二人のベテラン傭兵がまとめ役として登場したことにある。
歓迎会が散会し、一般の傭兵たちがそれぞれのキャンプに戻った後、商人たちは村長のもとで状況説明を受け、各傭兵隊長はアシーズら指揮官たちが主導する作戦会議に集まった。
話し合いは深夜に及んだが、対海賊戦の詳細な計画を明らかにされた各隊長の顔からは、不安の色が払拭されていたのである。




