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幻獣召喚士3  作者: 湖南 恵
第一章 私掠船の牢獄
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十 虜囚姉妹

 話は三月に遡る。

 ドレイクの海賊船、ミレニア号の船長室にロープでぐるぐる巻きにされたドワーフの姉妹が立っていた。

 そのすぐ前には、頬に大きな傷跡のある壮年の男が座っている。

 ドレイク・ギャバン――ドレイク海賊団の頭目である。


 年齢は五十歳前後だろうか、逞しい体躯は精気に溢れ若者のような熱量を発している。

 足を組んで、大きな椅子にどかりと座り込んだ彼は、肩をすくめて溜め息をついた。


「いつまでだんまりを決め込んでいるんだ?

 人間の言葉が分からんわけでもないだろう。

 それとも痛い目を見たいのか?」


 彼はドワーフ娘の脇に立っている手下の方を見上げた。

「おい、こいつら痛めつけてみたのか?」


 手下は困ったような顔をする。

「へえ、殴る蹴るは一通りやってみましたが、ガキのくせに頑丈な奴らで……」


「人質だからって手加減したんじゃねえのか?」

 ドレイクの低い声と、睨んだ目つきに手下は震え上がった。


「とんでもねえです!」


 ドレイクは「ふん」と鼻を鳴らし、再びドワーフへと視線を戻した。

「お前たちドワーフは何人いる?

 どんな宝物があって、どこにそれを隠している?

 お前らが住む洞窟の見取り図を描いてみろ。

 ――俺が訊いているのはその三つだけだ。

 いいかげん教えてくれんかな?」


 ドワーフ姉妹は答える代わりに、思いっきりしかめ面をして見せた。

 途端に組んでいたドレイクの足が伸び、目の前に立っている娘の腹にめりこむ。


「ぐふっ!」

 うめき声を洩らして、ドワーフは身体をくの字に折った。

 だが、彼女は膝を突かずにこらえ、憎しみに満ちた目で海賊を睨み返した。


「ほう……」

 ドレイクは感心したような声を洩らすと立ち上がった。

 そして、もう一人の娘の顔を物も言わずに張り飛ばした。


 それはもう遠慮会釈のない張り手であった。

 大の男でも吹っ飛ばされるような強烈な一撃であったが、この娘も短く太い両足を踏ん張ってそれに耐える。

 ドレイクは続けて二発、三発とフルスイングの平手をお見舞いした。


 娘の頬はたちまち赤く腫れあがり、唇が切れて血が滴った。

 それでも、彼女は屈しない。涙の一粒さえ見せなかった。


「なるほどな、呆れるほど頑丈な奴らだ。

 ガキでこれくらいなら、やはりドワーフとは戦いたくないもんだ。

 おい、強情を張るのはいいがな、本気で口を割らせようと思ったら、いくらでも手はあるんだぞ」


 彼はそう言うと、腰から大きなナイフを抜き、その刃をべろりと舐めて見せた。

「例えばお前の目の前で、もう一人の身体を少しずつ切り刻んでやろうか?

 どっちが姉だか妹だか知らないが、鼻を削ぎ、耳を片方ずつ切り落としてやろう。

 次は指を一本ずつ、順番にちょん切ってやる。

 裸に剥いて、胸とか尻に一生消えない落書きを刻んでやるのもいいな。

 どこまでだんまりを通せるのか、見ものだぞ?」


 二人の娘は身体をぶるぶると震わせ、お互いの顔を見合った。

 それは恐怖からくる震えではない。

 誇りを傷つけられた怒りの身震いだった。

 しっかりとうなずき合った目には、例え命を奪われようとも言いなりになるものかという、堅い決意が燃え盛っていた。


 ドレイクは再び肩をすくめた。

 彼は経験を積んだ海賊らしく、相手が本気かどうかを見抜くだけの力があった。


「分かったよ。

 お前らは大事な人質だ。そう手荒なことをするつもりはねえ。

 それじゃあ、こうしよう。

 俺は質問を諦めた。代わりにお前らの質問を受けよう。

 答えられる範囲のことは、正直に教えてやる。

 どうだ、何か訊きたいことはないか?

 ――例えば……そうだな、お前らの母親がどうなったのか? とかな」


 彼はそう言ってくすくすと笑った。

 ドワーフの姉妹は顔を見合わせ、小声で何かささやき合った。

 それは早口で、しかもドワーフ語だったため、海賊には何を言っているか分からない。


 やがて姉のイーリンが低い声を出した。流暢な中原語(人間が使う大陸の共通言語)である。


「母ちゃんは無事なのか?」


 ドレイクは 満足そうにうなずいた。

「そうだろう、やっぱり気になるよな?

 安心しろ。怪我はしていたが命までは取っちゃいねえ。

 だが、なかなか斧を放さなかったんでな、右手の指は全部砕けただろうな。

 一本ずつ、念入りに踏み潰したから、あれじゃもう動かせねえだろう。

 お前たちドワーフは、細かい細工をするために特に指を大切にするって話だが、気の毒なこった。

 お前らの母ちゃん、もう自慢の料理も作れねえだろうさ」


 馬鹿にしたような笑い声を上げる海賊に、顔を真っ赤にしたエーリンが思わず言い返す。

「あんたら人間は知らないんだ!

 エルフの女王様ならどんな大怪我だって治して――」

「エーリン!」


 姉の鋭い叱声に、妹は「しまった!」という顔で口をつぐんだ。

 ドレイクは絡みつくような視線でその顔を見やる。


「ほう……やはりお前らと西の森のエルフは通じているのか。

 これはますます手出しが難しいな。

 いい情報をありがとよ。

 ドワーフ市までは三か月もある。

 それまで俺の船自慢の一等客室でのんびり過ごしてくれ。

 おい、連れて行け!」


 船長の命令を受け、手下たちが縛ったロープの端を引っ張り、乱暴にドワーフ姉妹を追い立てていった。


      *       *


 ドレイクの海賊船は四層に分かれている。

 船の上になる上甲板、船員の居住区となる第一中甲板、第二中甲板、そして最下層の船底は水や食糧、燃料などを貯蔵する区域となっている。

 ドワーフたちはその最下層に連れて行かれ、後尾の舵に近い牢獄に放り込まれた。

 縄は解かれたが、代わりに木製のかせを嵌められた。


 牢は木の格子で仕切られており、力の強いドワーフでもどうしようもない太さだった。

 足元には赤黒い水が溜まっていて、ドワーフ娘たちの足首あたりまで達している。

 船底から染み出した海水に、油と水垢が混じった異臭のする汚水だった。


 牢の中にはベッドや椅子などという気の利いたものはない。

 隅の方に便器代わりの桶が置かれて異臭を放っているだけだ。

 海賊が牢の鍵をかけて立ち去ると、ドワーフの姉妹は水の溜まった船底に平気な顔で座り込んだ。


「あの海賊、斧が手に入ったらまっ先に首を落としてやるわ!

 お姉ちゃん蹴られてたけど、お腹大丈夫?」


 姉のイーリンは笑顔を見せた。

「あんなの、父ちゃんの蹴りに比べれば屁みたいなもんだわ。

 あんたこそ、殴られてたけど平気なの?」


 妹のイーリンも白い歯を見せてにかっと笑った。

「あんなの、母ちゃんのビンタに比べたら、羽ぼうきで撫でられたみたいなものよ。

 母ちゃんと言えば、命が無事だと聞いてホッとしたわ。

 でも海賊の奴、指の骨を全部折ったって言ってたけど、大丈夫かしら?」


「もしそうだったとしても、エルフの女王様が治してくれるわよ。

 それよりエーリン、あんた駄目じゃない。エルフのことを人間に洩らしたりして!

 母ちゃんに知られたら折檻せっかんされるわよ」


「やめてよ姉ちゃん、お願いだから母ちゃんには黙っていて!」


 姉のイーリンは頬を膨らませた。

「あんた、あたしが言いつけるとでも思ってるの?

 安心しなさい、口が裂けたって言わないわ。

 それより今日はいろんなことがあり過ぎて疲れたわ。

 もう寝ましょう」


「そうね。

 あたしたちはドワーフ市が済むまで解放されないみたいだし、寝るしかないものね。

 それにしてもこの牢屋、まるで水の染み出た坑道みたいなところだね。

 何だか懐かしい気がするわ」


 二時間後、牢を見回りに来た下っ端海賊は己の目を疑った。

 二人のドワーフの子どもが、汚水の溜まった船底に身を横たえ、豪快ないびきをかいて熟睡している姿を見たからだった。


      *       *


「とにかく!」

 ユニは小さな折り畳みテーブルをどん! と叩いた。


「人質にされたドワーフの娘を一刻も早く助け出さなきゃいけないわ!

 あたしの聞いた話では、海賊船の牢獄は最悪の環境、横になって眠ることすらできないそうよ。

 彼女たちはまだ子どもなのよ。そんなところで三か月も監禁されているんだもの、肉体も精神も限界にきているはずだわ。

 海賊船が手薄な今こそ、奪還の好機よ!」


 ユニは漁村を離れ、とっくにアディーブたちの一行に追いついて合流していた。

 セレキアを発って二日目の野営地のことである。


「まぁ待てよユニ。そう焦ることもあるまい。

 明日にはテバイに着くんだ。

 村人やドワーフと情報を交換してからでも遅くないだろう。

 大体お前、救出する作戦を立てているのか?」


 アシーズが訊ねると、ゴードンが大仰にうなずいた。

「賭けてもいいが、こいつ何も考えていないぞ」


 ユニは〝きっ〟とゴードンを睨む。

「だーかーら!

 みんなで作戦を考えようって言ってるのよ!

 何よあんた、アスカといい仲になってから生意気だわ!」


「おい、それは関係ないだろう!

 俺はお前より十歳以上年上なんだぞ、少しは口の利き方をだな――」


「あー、まーいいから、二人とも落ち着け!」

 アシーズがうんざりした顔で割って入る。


「ゴードンの言うとおり、人質の救出はテバイ村に入って情報を収集してからだ。

 ユニ、海賊船は四隻だと言ったが、ドレイクの旗艦は分かるのか?」


 ユニはうなずいた。

「ええ、四隻の中で一番大きな船に髑髏どくろの海賊旗が掲げられていたわ。

 その船で間違いないと思う」


「よし。

 海賊船は港の百メートルほど沖に錨を下ろしている。

 だとしたら、夜間に泳いで接近するしかないだろうな。

 問題はどうやって船によじ登るかだが……」


「ちょちょちょ、ちょっと待って!」


 慌てたようなユニの声に、アシーズは訝し気な顔をした。

「何だ? 何か問題でもあるのか?」


「こっ、小舟で近づくとかじゃないの?」


 ゴードンが嘲笑う。

「アホかお前。

 いくら夜でもそれじゃ『見つけてください』って言ってるようなもんだぞ」


「いや……、でも……」


「何だ、おかしな奴だな。

 問題があるならはっきり言えばいいだろう」


 その時、ユニの足元で寝そべっていたライガがむくりと顔を上げ、アシーズの方に向かって何かを告げた。

 実際にはアシーズにではなく、姿を消したまま彼に抱きついているサリーナに向かって話しかけたのだ。

 その言葉は、即座に哭き女を通して主人アシーズに伝えられた。


「何だ、お前泳げないのか?」


 ユニの頬が、かあっと赤く染まる。

「おっ、泳げるわよ!

 ……五メートルくらいなら」


 アシーズとゴードンは顔を見合わせて溜め息をついた。

「まぁいい。その件はどうにか考える。

 それより話を戻すぞ。

 海賊船に接近できたとして、どうやって舷側を登るかだ。

 一応、セレキアで縄梯子は仕入れてきたが……」


「それ、ちょっと見てみたいわ」

 ユニの希望に、ゴードンが「ちょっと待っていろ」と言って天幕を出て行った。

 少し経って戻ってきた彼は、巻かれた縄梯子を抱えていた。

 長さがあるから仕方がないが、かなり嵩張るものだった。


「これを担いで泳いでいくつもりなの? 結構重いわよ」


「木の棒とロープで出来ているんだ。ちゃんと水に浮くから心配いらねえよ」

 ユニの素朴な疑問に答えながら、ゴードンは膝をぽんと手で叩いた。


「いいことを思いついた!

 お前、こいつに掴まっていけばいいんじゃないか?

 浮いてさえいれば、ライガに引っ張ってもらえるぞ。

 ライガは泳げるだろう?」


 問いかけられたライガは『愚問だ』と言って首を縦に振る。

 ユニは情けない顔になった。

 縄梯子にしがみついて浮いている自分を、ライガが犬掻きで引っ張っていく映像が脳裏に浮かんだのだ。

 それはどう見ても滑稽としか言えない光景だ。


 彼女は頭を振ってそのことを考えまいとする。

「なるほど、この鉤状の金具を引っかけるのね……」


 ユニはじっと縄梯子を見つめ、少しの間黙り込んだ。

 そして顔を上げると、アシーズの方を向く。


「ねえ、サリーナは空を飛べるんでしょう?

 だったら彼女にこの縄梯子を持たせて、上甲板の手すりに掛けさせればいいじゃない」


 だが、アシーズは難しい顔をしている。

「前にも言ったと思うが、サリーナは完全な実体じゃないんだ。

 だから空を飛べるとは言っても、人間を運ぶような力はないんだよ。

 この縄梯子だと……どうだろうな」


「そんなの試してみれば一発じゃない。

 ねえ、サリーナ。そこにいるんでしょう?

 ちょっと姿を見せて」


 ユニの言葉が終わらないうちに、サリーナが半透明の姿を現した。

 三人の相談を少し離れて聞いていたアディーブが、慌てて天幕の端へ避難し、悪霊除けの呪文を小声で唱えだした。


「話は聞いていたでしょう?

 ちょっとこの縄梯子が持ち上げられるか試してみて」


 サリーナは不安そうにアシーズの顔を見上げたが、彼が微笑みを浮かべてうなずいたので、渋々と逞しい傭兵の背中から身を離した。

 妖精はふわりと宙に浮いたまま縄梯子の上に身体を寄せると、両手で掴んで上昇しようとする。

 少しの間を置いて縄梯子は床から離れ、十センチほど浮き上がったがそれまでだった。

 バンシーは力尽きたように縄梯子を落とし、悲しそうな顔でアシーズの方を振り返った。


「そんなに謝らなくていい。

 無理を言ったのはこっちの方なんだ」

 アシーズが優しい口調で慰めると、サリーナは召喚主のもとにするりと身を寄せ、首にかじりついた。


 ユニは少し考え、腰のナガサを引き抜くと、いきなり縄梯子が結びつけられた鉤状の金具を切り離した。


「何をするつもりだ?」


 ユニは不思議そうな顔のゴードンには答えず、再びサリーナに語りかけた。


「ねえサリーナ、だったらこの金具だけならどうかしら?

 さっきよりはずっと軽いわよ」


 サリーナは自信なさげに再び近寄ってきた。

 そして金具を手に取ると、そのままふわりと天幕の天井近くまで浮き上がった。

 彼女は金具をもったまま、嬉しそうにアシーズのもとに戻ってきた。


 アシーズが彼女の言葉を通訳する。

「このくらいだったら大丈夫だそうだ。飛べると言っている。

 ――なるほど、そういうことか」


「ええ、サリーナにはまずこの金具を上甲板の手すりにでも引っかけてもらうの。

 そして軽目のロープを金具の穴に通して下まで持ってきてもらうのよ。

 そのロープに縄梯子をつないで引き上げれば、何とかなると思うの」


 ゴードンも縄梯子を手に取りながらうなずいた。

「強度に多少の不安はあるが、最初に体重の軽いユニが一人で登って縄梯子を結び直せばいいだろう。

 悪くない手だ。さすがはユニだな」


 おだてられたユニの肩を、ばん! とライガの大きな前足が叩く。

『おい待て!

 俺はどうなるんだ?

 こっちは縄梯子なんぞ登れないんだぞ』


「あ、忘れてた!」


 ユニとライガの会話は、サリーナがアシーズに通訳したらしい。

 彼が笑って助け舟を出した。


「心配しなくていい。

 俺たちが船に登ったら、まず上甲板の見張りを片付ける。

 その後でカッターボートを海に下ろしてやるから、ライガはそれに乗ればいい。

 俺とゴードンで巻き上げ機を操作できるだろう。

 ドワーフが泳げるとは思えんから、カッターは人質を救出した後にも使うことになるはずだ」


 アシーズは小さなテーブルの上に広げた地図をしまいながら、明るい声で作戦会議の終了を告げた。

「よし、細かい打ち合わせは、ドワーフと会ってからだ。

 明日は忙しくなるぞ!」

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