一 ドワーフ村
この作品は『幻獣召喚士2』の続きです。
『幻獣召喚士』の第三巻だと思ってください。
したがって、第一巻に当たる『幻獣召喚士』、第二巻の『幻獣召喚士2』を未読の方は、まずそちらからお読みください。
https://ncode.syosetu.com/n4732ff/
https://ncode.syosetu.com/n8446gf/
//////////////////////////////////////////////////////////////////////////
『幻獣召喚士3』の主な登場人物(Ver.2022/10.27)
■ユニ・ドルイディア
本作の主人公である王国の二級召喚士。辺境で村を襲うオークを狩ることで生計を立てていたが、自身の活躍のせいでオークの出現数が減り、失業の危機に瀕している。
現実逃避のためか、最近は結婚願望が芽生えているらしい。
二十代後半の小柄な女性。大酒飲みで食い意地が張っているが、黙っていればそこそこ美人。別に貧乳ではないと思うが、本人は乳が小さいことを気にしている。
■ライガ
ユニと契約を結んだ幻獣。尻尾を含めると体長三メートルを超す巨大なオオカミ。
■ライガが幻獣界から呼び寄せた群れのオオカミたち
◎ヨミ
ライガの妻でメスとしてはかなり大柄。統率力に優れ、ユニを含めてオオカミたちからは「母さん」と呼ばれている。
◎ハヤト
ライガに次ぐ体格と実力の持ち主。元は〝はぐれオオカミ〟で少しひねくれたクールな性格だが、娘姉妹には激甘。
◎ミナ
ライガとヨミの娘でハヤトの妻。
◎ジェシカとシェンカ
ハヤトとミナの娘で、この世界で生まれた双子の姉妹。フェイと仲がよく、なぜだか意思疎通ができる。
◎トキ
ライガとヨミの息子。群れでは三番目に大柄だが穏やかで優しい性格。妻ヨーコの尻に敷かれている。
◎ヨーコ
トキの妻。幻獣に転生した元人間(召喚士)なので、ユニは「さん」付けで呼んでいる。
◎ロキ
トキとヨーコの息子。ヨーコの召喚士時代の相棒だったオオカミが転生した姿らしい。
■アスカ家の人びと
◎アスカ・ノートン
蒼龍帝麾下王国第四軍の女性騎士で、階級は少将。三十代半ばで身長二メートルに近い大女。蒼龍帝フロイアから拝領したプレートメイルを日常的に身に着けている。オークとまともに打ち合えるほどの怪力で剣術にも秀でている。
◎ゴーマ・ノートン
エルルというサラマンダーを従える召喚士だったが、数年前に召喚能力が枯渇して幻獣界に転生した。本名はゴルディアスで、アスカの兄。
◎フェイ・ノートン
獣人の父と人間の母との間に生まれたハーフの娘。孤児として港町カシルで暮らしていたが、アスカと出会い養女となった。
ジェシカ・シェンカのオオカミ姉妹と仲がよく、意志の疎通ができる。
運動神経抜群で頭もよく、まだ中学生だがユニより背も胸もでかい。現在医者を目指して勉学に励んでいる。
◎エマ
アスカ家の家令をしている六十代の独身女性。厳格な性格だが、アスカとフェイを溺愛している。
初登場時はハウスキーパーだったが、フェイの面倒を見る負担が増えたため家令に格上げされて昇給した。
◎ゴードン・スレイグ
アスカ家に居候している傭兵。三十代後半の大柄な男で、黒人奴隷だった祖父の血を引き浅黒い肌をしている。
槍を得意としているが、実戦的な武術全般に優れ、第四軍で臨時の教官を務めている。
アスカと付き合っているが、双方ともに奥手なためあまり進展していない。
■アシーズ・アッバス
四十歳前後のベテラン傭兵隊長。バンシー(哭き女)を使役する二級召喚士でもある。
軍隊時代はゴーマの後輩だった。ゴードンとも旧知の仲で、師匠のような存在。
■参謀本部の人びと
◎アリストア・ユーリ・ドミトリウス・スミルノフ
王国参謀本部の首席副総長で実質的な責任者で、王国軍の頭脳と呼ばれている。ミノタウロスを従える国家召喚士。
スミルノフ伯爵家の長子だが、召喚士であるため家督は弟に譲っている。
◎ロゼッタ・ファン・パッセル
アリストアの秘書。〝秘書の中の秘書〟との呼び声高いアラサーの眼鏡美人で階級は中尉。実家のファン・パッセル家は総合商社的な豪商。
アストリアの恋人でもある。
◎マリウス・ジーン
元帝国軍魔導中尉で防御魔法のスペシャリスト。アリストアの手駒として便利使いされている。
二十代半ばで、いつも笑顔を絶やさない見た目だけは好青年。
◎アラン・クリスト
ロック鳥という超大型鳥類の幻獣を従える国家召喚士。飛行能力がある幻獣は希少なため、いいように酷使されているが、その分出世が早く、初登場時は少尉だったのが現在は少佐である。
■第一軍
◎エラン・ワイズマン
白虎帝。王国最強と謳われる第一軍を統率する三十代半ばの美男子。女王レテイシアと近しく、彼女の意をくんで動くことが多い。蒼龍帝フロイアとは魔導院の同期。
◎エディス・ボルゾフ
白虎帝エランの副官の一人でゴーゴン三姉妹の一人エウリュアレを使役する国家召喚士。階級は大尉。大富豪である商家・ボルゾフ家のお嬢様。ユニの貞節を狙う危ない人。
■第二軍
◎エギル・クロフォード
黒蛇帝。先代ヴァルター・グラーフの跡を継いでまだ間もない。魔道院でユニが臨時講師を務めていた当時の教え子で、現在でも非公式の場ではユニのことを「先生」と呼んでいる。文武ともに優秀だが、どちらかというと頭脳派。
◎エイラ・クライゼ
黒蛇帝の副官の一人。階級は少佐。三つの首を持ち、火球を吐く黒犬、ケルベロスを従える国家召喚士。三十過ぎの勝気な女性。魔道院ではユニの三学年先輩で、ユニを可愛がっていた。そのためユニは今でも彼女を「エイラ姉さん」呼んで慕っている。
◎クルト・マイヤー
黒蛇帝のもう一人の副官。階級は大佐で三十代後半の男性。さまざまな魔法効果を持つ魔石を自在に使う怪力のドワーフ、スプリガンを使役する国家召喚士。マグス大佐の副官、イムラエルと姓が同じなのは偶然で、姻戚関係はない。
■第三軍
◎リディア・クルス
赤龍帝。黒髪に薄い褐色の肌をした小柄な美少女。見た目は可愛らしいが、性格は過激にして大胆。無茶をしがちだが、統率力は抜群で能力は高い。まだ二十代の前半で、四帝の中では最も若い。第三軍の兵士や市民からは〝姫さま〟と呼ばれて愛されている。実家は赤城市内でコーヒー豆店を営んでいる。
◎ヒルダ・ライムクラフト
赤龍帝リディアの副官でグリフォン使いの国家召喚士。本名はヒルデガルドで階級は大尉。リディアの副官兼教育係として苦労の絶えない日々を送っている。銀髪色白の美女だが、実は生まれつきの色素欠乏症で野外では目を保護するためサングラスをかけている。激しい人見知りと内に籠る性格で、ちょっと面倒くさい人。
■第四軍
◎フロイア・メイナード
蒼龍帝。百八十センチ代後半の長身の美女でメイナード侯爵家のお嬢さま。男装の麗人で、女性に絶大な人気を誇っている。アスカとまともに打ち合えるほど武芸に精通しており、特に格闘術(特に関節技)では王国に並ぶ者がいないと噂されている。
◎プリシラ・ドリー
蒼龍帝の副官。武神タケミカヅチを召喚した国家召喚士。階級は少尉。母方にノルド人の血が入っており、長身でほりの深い顔をしている。ユニが魔道院で短期間講師を務めていた当時の教え子。弓の名手でもある。
◎グァンダオ
王国四神獣の一柱である蒼龍。種族はフロスト・ドラゴンで氷結のブレスが武器。体長十二メートルほどの中型龍。
■レテイシア・オルティス・リンデルシア
リスト王国第十四代国王。十代でケルトニア王国の第七王子に嫁いだが、離縁されて出戻った三十代後半のバツイチ女性。
勝気な性格だが、国民思いの聡明な女性。白虎帝エランを巻き込んでクーデターを起こし、政治的な実権を取り戻した。
ユニを気に入っている。
■リデル・アリスヴェータ
二級召喚士。ユニが魔道院で教えていた当時の教え子。身長は百四十センチを少し越えるくらいと小柄で、子どもに間違えられることが多い。ウェーブのかかった豊かな金髪で人形のような美少女。人間を召喚したことで話題になった。
■ココナ
リデルが召喚した幻獣界の人間。召喚時に記憶を喪失しており、自分の名前も覚えていなかった。ココナは召喚主のリデルが付けた名。見た目は銀髪色白のすらりとした美女だが、力は男性並みに強い。色素欠乏症のためか。瞳が赤い。
■リーゼ
白龍。自分の意志で幻獣界から渡ってきた若いメスの龍。ある事情で人間の娘と二十年にわたり一緒に暮らしていた。そのせいで非常に表情が豊か。リーゼという名も人間の娘につけられたもの(本名はエルフ語なので人間には発音できない)。
白龍族は一種の色素欠乏症で、リーゼは黒龍の血を引いているらしい。
■アッシュ
大陸中南部にあるという西の森に住むエルフ族の女王。強大な魔力の持ち主。
見た目は華奢で美しい少女と見まごう姿だが、実際の年齢は三百歳を越している。
本名は人間に発音不能だが、直訳すると「龍の灰」となるので、アッシュと呼ばれている。
ドワーフたちからはエンデ・ラ・イーリン(ドワーフ語で「癒しの手」の意味)と呼ばれている。
■ドレイク・ギャバン
ケルトニアの海賊。四隻の船からなるドレイク海賊団の頭目。
ケルトニア本国に略奪品の三割を納める代わりに海賊行為を公認された〝私掠船〟免許を持つ。
■寂寥山脈のドワーフ族
◎グリン
寂寥山脈に住むドワーフ族の幹部。優れた鍛冶職人でもある。
メイリンの夫で、イーリンとエーリン姉妹の父。
◎メイリン
料理上手な女ドワーフ。ドワーフ市の屋台に出す料理の講習のためテバイ村を訪れた帰りに、海賊に襲われて重傷を負った。
◎イーリンとエーリン
メイリンの娘。まだ成人前の双子の女の子。
海賊に襲撃で拉致され、人質となった。
◎ デュリン
グリンの工房で徒弟長を務める職人。
■帝国軍
◎ミア・マグス
帝国軍魔導大佐。帝国でも数人しか使えないという爆裂魔法のスペシャリスト。〝爆炎の魔女〟の二つ名で恐れられている。
四十歳前後の小柄な独身女性だが、武芸・格闘術の腕前も相当なもの。赤毛の癖毛で目つきが悪く、鼻にはそばかすが浮いている。癇癪持ちで執念深く、性欲が強い上にサディストという性格破綻者。
指揮官としては極めて有能で、意外にも部下から慕われている。
王国軍との戦いで、コルドラ大山脈を貫く〝大隧道〟を崩壊させた責任を取らされ、大佐のまま昇進できずにいるが、皇帝の勅命で少将待遇で遇されている。
◎カメリア・カーン
帝国軍魔導少佐。四十歳間近の独身女性。重力魔導士で、巨石を投擲する〝バリスタ〟という攻城魔法を得意とする。マグス大佐の独立遊撃大隊で副隊長を務める有能な士官。料理も得意。
背が低く童顔であるため、部下からは〝小学生おばさん〟とあだ名されている。
◎イアコフ・ホフマン
マグス大佐の副官を務める帝国軍魔導中尉。二十代前半の独身男性で、金髪の巻き毛に青い目の美青年だが、背はやや低く本人も気にしている。全般に天才的な魔法能力を有しているが、防御や補助系魔法を得意とする。
◎イムラエル・マイヤー
マグス大佐の副官を務める帝国軍魔導中尉。二十代前半の独身男性で、赤毛でとび色の目をした長身の美青年。攻撃魔法においては同世代の魔導士の追随を許さない能力を誇る。イアコフとは親友だが、騎士の誓いを立てて従者のように付き従っている。
◎ウィリアム・マクラレン
帝国軍中尉。剣の達人で危険を顧みずに敵陣に突っ込むため、しばしば僚友が命を落とし、そのため〝死神〟とあだ名されている。三十代半ばの陰気な独身男性。
女性に対して強いコンプレックスを抱いており、死体を犯すことでしか欲望を満たせない。
◎レイア・エデルナ
皇帝ヨルド一世の寵愛を一身に受ける側室。非常に聡明な十七歳の少女。
エデルナ侯爵家の養女として十六歳で後宮に送られたが、もともとは落魄したベルモア伯爵家の娘。
◎オーランド・フォン・ヴァイクス
傭兵団の隊長。四十歳過ぎの大柄で逞しい男。相当の腕の持ち主で頭も切れることから、情報部が何かと仕事を依頼している。名前からして下級貴族の出身らしい。元軍人で、マグス大佐とは同期。
■南カシルの人びと
◎ムーディ・アンダスン議長
南カシル随一の富豪で貿易商。評議員会の序列第一位で議長を務める。
サイクロプスを召喚した孫の命を救ったユニたちに恩義を感じている。
◎エドモンド・ワーズ評議員
評議員会の序列第二位。貿易商。
◎マーク・カニング
南カシルを牛耳る非合法組織〝三つ首の龍〟のひとつ、黒龍会の代貸し(№2)。
もとは孤児で、教会のシスターたちに育てられたことから、今でも教会を援助しており、シスターたちに頭が上がらない。
◎ケイト・モーリス
南カシルの孤児院出身。本名はキャサリン。あまりに無口で人見知りのためなかなか就職できなかったが、ある代書屋に雇われた。その後いろいろあって、カニング家のメイドに転職した。異常な記憶力を持つ無類の本好き。魔法使いになるのが夢。
都市国家セレキアの繁華街は、夕刻を迎え行き交う人々でごった返していた。
その人波を強引に掻き分けるようにして、二人の大男がとある飲み屋へと入っていった。
二人の後ろに、ひょろっとした若者がおずおずとついていく。
店の中は、外と同じくらいに混雑していた。
先に入った二人は、四人掛けの丸テーブルに一人で座って飲んでいる客を見つけ、物騒な表情と言葉で何やら脅しつけた。
空いた席にどかりと腰かけると、二人は陽気な笑いを浮かべて若者を手招きした。
「あ、あの……さっきの人は?」
彼は心配そうに追い出された先客の背中を目で追った。
「ああ? 何、構わねえよ。
こんなに混んでるのに一人で卓を占領している馬鹿には、社会常識ってものを教えてやらなきゃいけねえ。
座れ座れ!
最初はビールでいいかい?
おーい、姉ちゃん!」
頭にバンダナを巻いた大柄な男は、手を高く上げて店員の中年女を呼ぶ。
その太い腕は陽に焼けて赤く、筋肉が盛り上がっている。
男は相方と二人で酒と料理を慣れた様子で注文した。
若い男は椅子に座ったものの、落ち着かない様子できょろきょろと周囲を見回している。
まだ三月だというのに袖のないシャツ一枚の男が、その背中をバン! と叩いて豪快に笑った。
「落ち着けよ、若いの!
まさか酒場に入るのが初めてってわけでもねえだろう?」
「まっ、まさか! そんなわけないだろう!
おおお、俺だって週に三日は飲みに来るさ!」
言い返した若者の声は裏返っており、それが虚勢だということが丸わかりだった。
彼はいかにも都会風の格好をしているが、流行を真似た服は生地がぺらぺらの安物で、長く伸ばした髪も何の油で撫でつけているのか怪しいものだ。
一言で言えば、都会にあこがれて家出してきた貧乏な田舎者――その見事な見本のような若者だった。
ほどなくテーブルに運ばれてきた料理と酒を前に、若者は目を丸くした。
「す……すげえな。
なぁ、本当にいいのか?
俺、本当は――じゃねえ、今日はたまたま持ち合わせがないんだ。
後で割り勘だって言われても無理だからな」
「心配すんなよ!
俺たちの方から誘ったんだ、年上は後輩に奢るものって決まってんだ。
さあ、乾杯しようぜ」
三人は陶製のジョッキを打ち合わせてビールを呷った。
バンダナ男が「げふっ」と息をつくと、自己紹介を始める。
「俺はジョン。こいつは俺の相棒でトマスだ。
二人とも船乗りでな、セレキアは久しぶりの陸なんだ。
俺たちは兄ちゃんみたいな気風のいい若い連中が好きなんだ。
今日は出会えてよかったぜ!」
若者はビールそっちのけで、がつがつと料理を貪っていた。
普段からろくなものを食っていないことが見え見えだった。
彼は男たちから「お前も名乗れ」という目で見られたことに気づき、少しむせながら口の中の物を飲み込んだ。
「あっ、ああ。
俺はヨルゴス。生まれはテバイ村っていうちんけな村だけど、今はこのセレキアで……その、いろいろやっているよ。
そのうち一旗揚げる準備中ってとこだな」
「そうか、ヨルゴス。一旗揚げるつもりか――ああ、男はそうじゃなきゃいけねえ!
だが、テバイ村ってのはどこだい?
俺たちはこの辺の村は大抵知ってるつもりだが……そんな村の名は聞いたことがねえな」
バンダナ男のジョンが難しい顔をしてみせる。
ヨルゴスは茹でたジャガイモを口に頬張りながら歪んだ笑いを見せた。
「みんなそう言うよ。
ドワーフ村……って言ったら、聞いたことがあるんじゃないかな?」
「へっ?
ドワーフ村ってのは本当の名前じゃねえのかよ!」
袖なしシャツのトマスが目を丸くして驚いてみせる。
若者は少し得意そうな顔で微笑んだ。
「当たり前だよ!
誰が村にそんな名前を付けるもんか。
うちの村は南の外れなんだ。ドワーフが棲みついている山に一番近いってことで、五十年くらい前からドワーフ市の会場になったんだよ。
村の連中は年に一度の市のお陰で暮らしているといってもいい。
土地が痩せててろくに作物が育たないから、ドワーフの家来みたいに〝へいこら〟しているのさ。
俺はそんな暮らしに嫌気がさして、セレキアに出てきたんだ」
「偉い!」
トマスが若者の背中をどやしつけ、ヨルゴスは思わず口からジャガイモを吹き出した。
「俺も覚えがあるが、若い時は夢を持たなきゃ生きてる意味がねえからな。
だが、自分の故郷を悪く言うのは感心しねえな。
ドワーフ市ってのは年に三日しかやらねえはずだ。それに縋って一年を暮らしているってのは、言い過ぎじゃねえかい?」
ヨルゴスはぶんぶんと首を横に振る。
「いや、本当にそうなんだ!
うちの村じゃ一年の大半をドワーフ市の準備で過ごしているんだよ。
市は六月だけど、一月にはドワーフとの最初の打ち合わせがあるし、セレキア商人への発注打ち合わせも毎月ある。
……そうだ、今日はもう三月の十五日だよな?
二十日はドワーフ女が村に来て、屋台料理の出し物を決める日なんだ。
まだ三か月前だってのに、そうやって準備をするんだよ」
「屋台料理の出し物?
何だそれ?」
ジョンが不思議そうな顔をする。
「何だい、兄さんたち意外に物を知らないんだね?
市には大勢の人が集まるから、それを目当てに屋台でドワーフ料理を出すんだ。
毎年出す料理を変えるんだが、こいつが市の名物でその売り上げも凄いんだぜ。
今度の二十日はその料理を決めて、村の女たちに作り方を教える大事な日なんだよ」
「へえ、ドワーフにも女がいるのか。
何人ぐらい来るんだ?」
「だいたい三人だね。
この数年は同じ顔ぶれだよ。ドワーフの女房に娘が二人だ。
――って、何だよ、つまんねえ。
俺はそんな話より航海の話が聞きたいよ」
トマスが大声で笑いながら謝った。
「そうだな、すまん!
ドワーフの話なんざ、めったに聞けねえからつい面白がっちまった。
さあ、飲め! 食え!」
* *
三時間ほど後、すっかり酔って千鳥足になった若者を、二人の男が両側から抱えるように支えて暗い路地を歩いていた。
「どうした、しゃんとしろ!
もう一軒行くぞ?」
ジョンが横から声を掛ける。
「ちょっ……待ってくで。
その前に……小便がしれえ」
ヨルゴスが呂律の回らない声を出す。
「何だあ?
小便か? ああ、分かった。
こっちの物陰に来いよ。連れションとしゃれ込もう」
トマスが若者の肩を抱き、細い小路へと連れ込んでいく。
ジョンの方は「ふう」と息を吐き、懐から煙管を取り出して煙草の葉を詰めだした。
夜空を見上げると、雲の合間から上弦の月が見え隠れしている。
口と鼻から白い煙を旨そうに吐き出し、男はポンと腿に煙管を打ちつけ、また新たな葉を詰めた。
ジョンがたっぷり三服の煙草を吸い終わろうとしたころ、やっとトマスが一人で戻ってきた。
「長え小便だ、婆みてえな奴だな!
ガキはどうした?」
トマスはジョンの手元の煙草を見ると、自分も懐から煙管を取り出す。
「俺も一服するか、火ぃ貸してくれ」
彼は片手で火皿に葉を詰めると、相棒の煙管に近づけて火を移す。
ぷはぁ~!
トマスは旨そうに煙を吐き出すと、思い出したような笑いを浮かべた。
「ああ、あのガキか。
あいつ酒飲むのも初めてだったんじゃねえのか? 相当酔ってたぞ。
小便しようとして足がもつれたのか、用水路に顔から落っこちやがった。
じたばたと暴れやがったが、頭押さえつけてやったら……そのまま動かなくなったよ。
寝ちまったんだろうな。起こすのも悪いから、そっとしておいたぜ」
「そうか、そりゃ親切なことをしたな。
さぁ、そろそろ船に帰ろうぜ」
二人は酔いを感じさせないしっかりとした足取りで、再び繁華街の方へと消えていった。
* *
「あー、それじゃ駄目だよ。
バターはもっとどっさり入れなきゃ。
さっきやって見せただろう?」
ドワーフ女に注意された主婦が「いけない」という顔で舌を出した。
「いや、ごめんよ。
貧乏性なんだね、いつもの癖が出ちゃって。
でも、こんなに惜しげもなくバターを使うなんて、何だか罪深い気がするね」
「美味しいパイ生地を作るコツなんだから、分量はきっちり守っておくれ。
バターをケチっていいのは、旦那にパンを出す時だけだよ!」
広い共同炊事場に集まった女たちの間に、どっと笑い声が上がる。
「メイリンさん、ちょっとソースの味を見てくれるかい?」
別の主婦が大きなボウルを抱えながら、スプーンを差し出した。
メイリンと呼ばれたドワーフ女は、その匙を口に入れるとうなずいた。
「ああ、いい塩梅だよ。
さぁ、もう石窯もいい具合に熱くなっただろう。
どんどん焼いていくよ!」
彼女の指図に、村の女たちは「はい!」と威勢よく答え、てきぱきと動き出した。
主婦たちはいずれも台所という自らの城で、長年料理を作り続けてきたベテラン揃いだ。
その動きには無駄はないが、口の方も決して止まらない。
女だけ、しかも顔見知りばかりだという気安さからか、そこかしこでお喋りの花が咲き、笑い声がひっきりなしに上がる。
陽気な雰囲気に、石窯で焼けるミートパイのいい匂いが漂ってきて、女たちの気分はさらに盛り上がった。
「焼けた分は晩飯用に持ち帰っておくれ。
子どもたちが泣いて喜ぶよ。
こいつは酒にも合うからね、旦那が飲み過ぎないようちゃんと見張るんだよ!」
メイリンが機嫌よく指図すると、主婦たちの中から声が上がる。
「何だい、あたしたちの試食はないのかい?」
「馬鹿お言いでないよ!
あんたたち、お昼にあたしが作ったお手本を腹いっぱい食べたじゃないか。
でもまぁ……こんだけあるんだ。一切れくらいは構わないね。
実を言うと、あたしもそろそろお腹が減ってきたのさ!」
女たちは歓声を上げた。その中の誰かが叫ぶ。
「それなら、焼酎をひと樽開けようか?」
焼酎と聞いて、メイリンの顔色が変わった。
ドワーフの酒好きはよく知られているが、それは女であっても変わりはないのだ。
この村の主婦たちはそれをよく心得ていた。
「そっ、そうだね。
料理はあらかた終わったし、もう包丁は使わないから、それもいいかもしれないね……」
口ごもるメイリンの前のテーブルに、さっと木の椀が出てくる。
その中にはなみなみと焼酎が注がれていた。
「あー、母ちゃんばっかりずるい!」
「そうだよ、あたしも飲みたいっ!」
メイリンより頭一つ背の低い二人のドワーフ女が、母親のエプロンを掴んでせがんだ。
「何言ってんだい、あんたちはまだ子どもだろうに!
これはまだ早いよ。
ジュースで薄めた奴にしておきな」
二人の子どもは頬を膨らましたが、恰幅のいい主婦が屈みこんで、そのほっぺたを人差し指で突いた。
「だったらコハゼのジュースがあるよ。あんたたちのお母さんから教わって、去年つくってみたのよ。
それで割って飲んでみるかい?」
二人は満面の笑みでうなずく。
その主婦は二人のためのコップを用意しながら訊ねた。
「イーリンちゃんとエーリンちゃんは、いくつになったんだい?」
「あたしたち双子だから、どっちも今年で三十五歳よ。もう大人だわ!」
すでに最初の一杯を空にした母親が、豪快に笑いながら子どもたちの頭を張り倒した。
「威張るんじゃないよ、恥ずかしい!
あんたら、ついこの間まで寝小便をしていたガキじゃないか」
メイリンの容赦のない殴り方に太った主婦は目を丸くしたが、当の娘たちはけろっとしている。
「ドワーフってのは、いくつで大人になりなさるんですか?」
二杯目の焼酎を半分ほど飲み込んだメイリンが答える。
「ああ、五十歳が成人ですよ。
だからこの娘たちは、人間で言ったら十五、六歳ってとこかしらね」
そこへ女たちが、焼き上がったミートパイの大皿を持ってきた。
焼けた羊肉の独特の風味に香辛料の香り、そしてバターが効いたパイ生地の何ともいえない香ばしい匂いがぶわっと広がり、その場の全員が歓声を上げた。
切り分けるのももどかしく、次々に皿に手が伸び、女たちの饗宴は最高潮を迎えていた。
* *
「楽しかったね~!」
「うん、また来年まで来れないのが残念ね」
イーリンとエーリンの姉妹が仲良く並んで歩いている。
その背には重そうな大樽を担いでいるが、二人は何の負担も感じていないようだった。
テバイ村の女たちから土産として持たされた自家製の焼酎である。
「ねえ、母ちゃん。
あのミートパイ、人間の口に合うのかな?」
「ちゃんと売れるのかな?」
二人の先を行く母親のメイリンが振り返った。
その背には大樽を二つ担いでいる。
「当り前さ!
あのソースはね、家に代々伝わる自慢のレシピなんだ。
ドワーフだろうが人間だろうが、いちころで夢中になるよ!
村の女たちの食べっぷりを見ただろう?
それよりあんたたち、お喋りに夢中になって転ばないでおくれよ。
もうだいぶ暗くなってきたからね」
「はーい」
娘たちは素直に返事をしたが、普段地下で暮らしているドワーフは夜目が利く。
月明かりがある地上の夜など、昼間同様に歩くことができるのだ。
そのドワーフの視力が、行く先に不審な人影を捉えた。
彼女たちが歩いているのは、寂寥山脈に向かう荒れた山道だ。旅人などいるはずがない。
なのに、五十メートルほど先に見える人影は十人近い集団――それもドワーフではない、明らかに人間だった。
「あんたたち!
樽をおろして、母ちゃんの後ろから離れるんじゃないよ!」
メイリンは小声でそう命じると、自らも背中にしょった大樽を地面におろした。
そして腰のベルトに下げていた小ぶりな戦斧に手をかける。
三人のドワーフ女は恐れも見せず、ゆっくりと待ち受ける人間たちの方へと歩き出した。