第一話、ふたり
憎まれっ子世にはばかると言おうか、一寸先は闇と言おうか、
小学校のみぎり、常に上履きを左右反対に履いていた少年は地元の名門公立高校に入学した。
いや、あるいはその、上履きを左右反対に履いて、先生、級友に何度も注意されたのにもかかわらず、
決して直そうとしなかった唯我独尊、狷介不屈の性によるものであろうか、
周囲の反対を押し切って受けた高校、誰もが予想し得なかった合格だった。
一方、彼女は少年とはあらゆる面で正反対であった。
常に成績はトップを維持し、品行方正、人の言うことは素直に聞く、とてもいい子であった。
それゆえ、彼女の母親は
「どうすればおたくの娘さんみたいな子に育てられるのかしら」
という質問―お世辞ではなく、真剣な表情で繰り出される―がひっきりなしにされるのが常であった。
彼女は他人に対し、ほとんど菩薩と言っていいぐらいの優しさを発揮し、人を嫌うなどということは殆どなかった。
「殆ど」これは完璧を目指す彼女にとって、耐えがたい形容だろう。これが「全く」となれない、その原因。それが、あの少年だった。
…一応言っておくと、これは少年が格別嫌な奴であったということを意味しない。
少年は常にクラスの人気者であり―嫌な奴が人気者というのは語義矛盾であろう―とても人好きのする子供であった。
つまり、彼を嫌うのは、単に彼女の嗜好による。彼女にとってのみ、彼は我慢ならない嫌な奴であった。
まぁ、それも仕方がないことである。
きっちりと規則を遵守し、自らの意志を多少なりとも縛ることで成功(ここでは友達からの人気、成績等)を獲得してきた彼女にとって、自らの恣に行動するのにもかかわらず、成功を収める彼の存在は、自分の一つ一つをことごとく否定して回っているように見えていたのだ。
彼女は他県の名門私立高校に入学した。
地元の所謂「名門校」はことごとく男子高であったためである。これは性差別ではないのかと、彼女は思った。
三年の月日が経ち、彼らはまた大きな転機を迎えた。
「大学受験」である。
少年―もはや、青年と言ったほうがふさわしいのだろうか、身長はあまり伸びていないが―はもちまえの唯我独尊で、この国の最難関の大学を受験し、今度はあえなく玉砕した。
一方、彼女は三年間手堅く勉強を進めており、合格確実と誰もが信じていたけれど、やはり玉と散った。敗因は寝不足と極度のあがり症だった。
二人は等しく受験に失敗したのにもかかわらず、彼女は悲嘆に暮れ、彼は気ままにゲームをしていた。
やはり、成長しても二人は正反対であった。おもしろいほどに。