エッチしただけで婚約破棄する訳ないじゃないですかやだなー
王宮の回廊を歩いていたら、見知らぬ令嬢に呼び止められた。
「レティシア様っ!お話がありますっ!」
「あら、何かしら?」
って言いつつ、何となく想像はついちゃうんだけどね。こんな感じで話しかけてくるのはたいていーー
「ギリー王子と別れてくださいませ!」
やっぱりね。
と思ったけど表には出さない。
「あら、どうして?」
「私、その、ギリー王子に抱かれたんです!」
頬を染めて勝ち誇った顔をする令嬢。
でも、何言ってるのかわからないわね。
「ふーん?そうですの。で?」
令嬢は動きを止めた。
時間がもったいないから、もう立ち去ってもいいかしら?
一歩足を踏み出しかけた時、
「だ、抱かれたってハグじゃありませんのよ!?要するに男女の営みを行なったと申し上げているのですっ!」
「ギリー王子と?」
「ギリー王子とです!」
私の返事に気をよくしたのか、令嬢が鼻をフンと鳴らした。
ちょっと品に欠ける方ですわね。
「で、どうしてそれで、私がギリー王子と別れないといけないのかしら?」
「え…?」
私の問いかけに、令嬢は完全に固まってしまった。
道の真ん中で迷惑なこと。
これもう相手しなくてもいいわよね?
面倒くさくなって踵を返すと、背中に声が投げかけられた。
「ま、待ちなさいよ!あなたの婚約者のギリー王子の男性器が私の女性器に入って中に精子を出したって言ってるんですのよ!?」
あらあら。見かけによらず、はしたない物言いをされる方ね。
言い足りないことがあるようなので、仕方なく振り返って、やんわりと首を傾げてみせた。
「それで?」
「王子は「君の中気持ちいいよ!最高に気持ちいいよ!出すよ!?出すからね!?いいね!?」って言ったんですのよっ!?」
あらあらあら。
「それであなたは?」
「「出してっ!いっぱい中に出してっ!」って言いましたわ!」
じゃあ合意の上ね。
よかったわ。
ギリー様が遂に無理矢理どなたかと性交渉に及んだのかと思ったけど、違ったのね。
ほっと胸を撫で下ろす。
「それのどこに、私たちが別れる要素があるのかしら?」
「…………………え?」
何故驚くのかしら?
別れる要素、ないわよね?
「王子からは何も言われていませんわよ?」
「………………………………」
そんな穴の開くほど見られたら、本当に穴が開きそうなのでやめていただきたいわ。
「ときにあなた、お名前はなんておっしゃるの?」
「ミズレン子爵の第三女、シアですわ…」
なるほどね。
「周りを見た方がよろしいんじゃなくて?」
先ほどからシア嬢が騒ぎ続けていたので、暇を持て余した人たちが集まってきていた。
だから「出すよ!」の辺りからは相当な人数に聞かれてしまっている。
まぁ、こんな公共の場で私に話しかけたのは彼女だから仕方ないわよね?
そもそもそれを狙ってこんなところで…って、周りを確認して青ざめている辺り、そうではなかったようだけれど。
「シア・ミズレン殿」
改まった声で名を呼ぶと、シア嬢はびくりと震えて私を見た。
「私の婚約者の一夜の相手、ご苦労でした。処女を差し出してまで、王族の性欲処理に貢献したその王家への献身、見事ですわ」
シア嬢は、顔面を蒼白にして震えている。
あら?処女じゃなかったのかしら?
まぁいいわ。どちらにしろ、もう処女じゃないし。
ちょっとした誤差よね?
「もしまた、王子、もしくは他の王族の方が性欲を持て余していらっしゃったら、是非その身体でお慰めして差し上げてくださいね?」
「…あ…………あ…………」
もう、言いたいことはなさそうね。
私は再び踵を返して、今度こそこの場を立ち去った。
まったく。
下半身中心主義者の婚約者を持つと、面倒でたまらないわ。