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第30話 着ぐるみ士、なだめる

 身動きも取れず、言葉も封じられたナタリアを抑え込んだイバンが、苦々しい表情で足元の勇者の金髪を見た。

 そこから、視線がぐっと上に上がり。イバンの濃い茶色をした瞳が、俺の白銀の毛並みに包まれた顔を映す。


「で……ジュリオ。魔物化して、それでも冒険者を続けていることは別にいい。人化出来るなら魔物であろうと、冒険者として活動するのに何の問題もないしな」

「ああ」


 彼の言葉にうなずきながら、俺はそっと尻尾を振った。自分でも答えが出ていることだが、先程の話の後だ。認めてもらえるのは有り難い。

 ナタリアはああ言ったが、別に魔物が冒険者としてギルドに登録されることは、何一つ問題は無いのだ。人間と共存する意思を持ち、人間語の読み書きが出来ることが条件ではあるが、そうだからこそリーアもすんなり冒険者になれたのだから。


「だが、経緯は説明してくれるか? 何が起こって、お前が人間を辞めるに至ったのか、それは知りたい」


 イバンの言葉に、ベニアミンとレティシアもこくりとうなずいた。確かに、そこの説明は必要だ。

 俺は再び人化転身して、視線の高さを合わせながら説明を始めた。パーティーを解雇(かいこ)されたその直後にリーアと出会ったこと。力を分けてもらって着ぐるみを作ったこと。その日の夜、オルニのギルドでルングマールに出会ったこと。彼に認められ、「獣王の契(じゅうおうのちぎり)」を交わして彼の一族に加わったこと。その際に、フェンリルとなる資格を得たこと。


「……とまあ、こんな感じで、『西の魔狼王』ルングマールから力を受け取って、俺はフェンリルになったわけだ」

「なんと……」

「オルネラ山にルングマールの一派が住んでいて、周辺住民といい関係を結んでいることは知っていたが……」

「フェンリルが……お酒を……」


 俺の話を聞いて、三人ともが絶句していた。当然だろう、何しろこれらのことが、たった一日、いや一晩の間に行われたのだから。

 さらに言うなら、パーティーを解雇(かいこ)される前日に、オルニの酒場で一緒に酒を飲み、冒険者ギルドで依頼達成の手続きや新規受注の手続きをしたのだ。その傍で「西の魔狼王」の一派が住んでいて、魔狼王本人が酒場に酒を飲みに来ているなど、思わないだろう。俺だって思わなかった。

 表情を動かせないままで、しかしショックを受けている様子のナタリアに、リーアが魔狼の姿のままでそっと顔を寄せた。


「そういうこと。残念だったね勇者さま? 勇者さまがジュリオを手放したばっかりに、あたしが貰うことになって、ジュリオはフェンリルの力を手に入れたのよ」

「……!! ……!!」

「リーア、やめとけ。あんまりこいつを(あお)ってもしょうがない」


 にんまりと笑いながらナタリアをからかうリーアに、ナタリアが自由にならない身体を僅かに震わせた。きっと、心の中は嵐のように大荒れだろう。ウルフごときに(・・・・)ここまで言われて何も言い返せないのだから。

 リーアをそっとなだめながら、俺もナタリアを見下ろす。その瞳はどうしたって、冷たい色を帯びた。


「だけどな、ナタリア。俺は人間を辞めこそしたけど冒険者だ。ブラマーニのギルドに置いてる籍はまだ有効だし、ヤコビニのギルドでパーティーも結成している。魔物扱いされて攻撃されたら、俺はお前を『内乱発生者(・・・・・)』として告発しないとならなくなる」


 そうして、開きっぱなしの口で文字通り土を噛んだナタリアへと、淡々と俺は事実を告げた。その言葉を聞いて、ナタリアの瞳から僅かに色が消える。

 構成員同士の争いは、どの国の冒険者ギルドも固く禁じている。もし互いに剣を向け合うようなことがあったら、居合わせた全ての冒険者が殺さない範囲で(・・・・・・・)全力を以て(・・・・・)止めることを要求される。

 今回のベニアミンとマリサの魔法行使も、全く、一つも、間違ったことはしていないのだ。

 俺はしゃがみ込んで、ナタリアの顔を覗き込みながら言った。こちらをにらむ彼女の目を、まっすぐ見ながら。


「そうなったら、お前、いくら『勇者』だと言っても処罰は(まぬか)れないぞ? 称号剥奪(はくだつ)、降格、懲罰房(ちょうばつぼう)行き……最悪、ギルド追放だってあり得るんだ。それは、お前だっていやだろ?」

「……」


 俺の言葉に、ナタリアは返事を返せない。この状況になってもベニアミンの「捕縛(バインド)」は解除される様子はなかった。彼の実力を疑うわけではないが、よくこれだけ維持を出来るものである。


「それにな」

「っ!?」


 話しながら、俺は人化転身を一部解く。狼の獣人(ファーヒューマン)の姿になって、口をあんぐり開けた俺は、ナタリアの顔を、べろりと大きくなめ回した。

 ナタリアの喉が、かすれた音を立てる。


「勘違いするなよ、俺はお前なんか、一齧(ひとかじ)りで殺せるんだ。お前が何百何千と斬ろうと、俺の毛一本も斬れないんだ。肝に銘じておけ」

「……!!」


 俺の言葉に、ナタリアの喉の奥で、悲痛な音が漏れ出た。

 叫びたいだろう、喚きたいだろう。しかしそれは、彼女の仲間が許してくれない。

 涙を流し始めるナタリアの硬直した身体を、イバンがそっと抱き上げて、肩にかつぐ。

 

「もういいだろう、ナタリア……行くぞ。ジュリオ、邪魔したな」

「いいや、こっちこそ」


 俺を止めるのでなく、ナタリアを止める。その辺りからも、彼女が何をしようとしたかが分かるだろう。

 立ち上がって、苦笑を返す。そうしてイバンが(あご)をしゃくると、他の三人もジェミト森林の方に向かって歩き出した。

 森の中に戻っていく間際。イバンが立ち止まって、小さく振り返る。


「最後に一つだけ教えてほしい……ジュリオ。お前は獄王を殺すのか、それとも守るのか?」


 その言葉に、目を見張る俺だ。それを問われるとは、思ってもいなかった。

 しかし、逆に言えば、ここではっきり言っておかなくてはならないだろう。俺は静かに、笑いながら告げる。


「言っただろ、俺は魔物である前に冒険者だ。冒険者として、イデオンの首を狙う。『白き天剣(ビアンカスパーダ)』や他の冒険者パーティーとは別に、な」

「……そうか」


 俺の答えを聞いて、イバンが小さく笑みをこぼす。そうして再び前を向いた彼は、ジェミト森林の中へと消えていった。

 彼らが立ち去っているのは、足音でもわかる。ようやく身体の力を抜き、人化転身したリーアが耳元を掻いた。


「思ってたより、ダメな人だったね、あの勇者さま」

「全くだ。ブラマーニ王国の者共も見る目がない」

「ふっ……」


 アンブロースの言葉に、思わず苦笑が漏れる俺だ。本当に、アルヴァロ先生もブラマーニ王国の宰相(さいしょう)たちも、人を見る目がないと思う。

 とはいえ、実力はあるのだ、あんな勇者くずれでも。


「まあ、そうは言うけどな……あれでも剣の腕前は一流なんだぞ、光魔法も第七位階まで使えるし」

「へー」

「あんなのが……」


 俺の説明に、はーっと息を吐くリーアとアンブロース。と、そこにまた土を踏む音が聞こえてきた。今度はピスコの村の方からだ。


「あ、あのぉ、魔狼王様?」

「んっ」


 声をかけられ、目を向けると、そこにはピスコの村に常駐するギルド出張所の職員がいた。手には魔法印の()された巻紙を携えている。


「あ、あぁ、ピスコの村の。何か?」

「はい、そのぉ、オルニの支部から伝書鷹(レターホーク)が来ましてぇ……」


 少し間延びのした口調で、冷や汗をかきながら巻紙を差し出す職員。

 それを受け取り、ナイフで封を切ると。

 そこには「『双子の狼(ルーポジェメリ)』 Bランク昇格決定」の文字が、でかでかと記されていたのである。

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