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第29話 着ぐるみ士、笑われる

 レティシアとベニアミンの身体が、俺の影が落ちる中で小さく震えている。

 その顔は正しく蒼白だった。レティシアなど、支えがなければ今にも倒れてしまいそうだ。


「あ……あ……」

「そんな……ジュリオが……」


 フェンリルになった俺を目の当たりにして、すくみ上がる「白き天剣(ビアンカスパーダ)」の五人。対して俺は堂々としたものだった。

 今なら自信を持って言える。勇者など、ただの称号だ。俺のステータスの前では何の意味も持たない。

 俺の発する濃密な魔力にあてられて恐怖したか、ナタリアも身体を震わせながら目を大きく見開いている。

 だが。


「は……あっははははは!!」

「ナタリアさん?」

「ナタリア?」


 その口元をゆるく吊り上げながら、ナタリアが高らかに笑いだした。彼女の両隣に立つマリサとイバンが、再びナタリアの肩に手をかける。

 恐怖のあまりに狂ったか。いや、この程度(・・・・)で狂うような女じゃないし、狂うようなら勇者など名乗ってはいられないだろう。なにせ「勇者」の称号は、如何なる魔物をも恐れない勇壮(ゆうそう)な者に、国から授けられる称号だ。

 ナタリアの芯の図太さによる恐れの知らなさは折り紙付きだ。故に彼女は「勇者」たりえるのだ。そんな彼女が、俺を見上げてけらけら笑いながら、こちらに指を突き出してくる。


「あははは、おっかしい。偉そうなことさんざん言っておいて、あんた、結局は魔物化(・・・)してるんじゃない、バッカみたい!」


 ナタリアのその放言に、目をぱちくりと瞬かせる俺だ。何と言うか、当たり前のことを言われすぎて逆にリアクションに困る。深くため息を吐き出して言い返した。


「当然だろ、まさか俺が人間(ヒューマン)のままで、あんなとんでもないレベルとステータスを持っているとでも思ったのか?」


 呆れたように発した俺の言葉を聞いて、ナタリアがぴくっと動きを止める。さて、次は何を言い返してくるか、と構えていると。


「人間辞めたくせに、偉そうに人間語でしゃべるんじゃないわよ、魔狼(ウルフ)風情が!!(・・・・・)


 次いで発せられたナタリアの言葉に、今度は俺がぴくっと動きを止める番だった。

 放言を通り越して暴言の域だ。これは流石に、捨て置けない物言いだ。

 内心に怒りの火が灯り、牙がカチリと噛み合わさる。どう噛みつこうか、どう蹴散らそうか、と考えている間に、横からずいと顔を突っ込んでくるのはリーアだった。


「へーえ? その魔狼(ウルフ)風情より、レベルもステータスも格段に低いのにね、勇者さまのくせして!」

「全くだ。一つでも我が盟友(とも)より優れたところを見せつけてから、魔物風情などと(のたま)うがいい」


 アンブロースも加わって、ナタリアにさんざん(あざけ)りの言葉を浴びせかけていく。

 俺の頭からさっと血の気が引く感触がした。こんな挑発を受けて、我慢が出来るナタリアではない。事実、彼女は本気で腰の剣を抜こうとしていた。


「言うじゃないのよ……でも、魔物になったってんなら、殺したっていいわけ(・・・・・・・・・)よね!?(・・・・)


 いや、抜こうとして、ではない。彼女はとうとう剣を抜いた。

 そうして抑えようとする両隣の二人の手を振り払い、リーアに、ともすれば俺に向かって斬りかかろうと地を蹴った、次の瞬間だ。

 ベニアミンとマリサの手が、同時にナタリアへと伸びた。


「光の(なわ)よ、(かせ)となりて()の者を封じよ! 捕縛(バインド)!」

悪言(あくげん)よ去れ! (くら)静寂(せいじゃく)をここにもたらす! 沈黙(サイレンス)!」


 魔法が素早く唱えられたと同時に、ナタリアの肉体が駆け出そうとした姿勢のままで固まった。口も大きく開いたままで、息のかすれる音さえ聞こえない。重力に従って、彼女の身体が地面に倒れ込んだ。

 光魔法第二位階「捕縛(バインド)」、そして闇魔法第三位階「沈黙(サイレンス)」。対象の動きを封じ、また対象が声を発することを封じる魔法だ。

 声も出せないままに、口をあんぐり開いたままでナタリアが俺たちを睨みつける。当然、彼女の仲間たちは彼女を助けようともしない。


「……! ……!!」

「ナタリアさん……今のは言いすぎです」

「ええ、ええ。さすがに今の放言は看過(かんか)できませんわ」


 ベニアミンとマリサが、揃って倒れ伏すナタリアへと冷たい視線を投げかける。

 一連の行動に、俺たち三頭ともが目を(またた)かせた。当然の話だが、だとしても容赦(ようしゃ)がない。しかしだからこそ、下手に手を出さずに済んでよかった。


「いや、ベニアミン、マリサ、よくやってくれた。俺としても、今のやり取りからナタリアを犯罪者にするのは忍びない」


 彼女を放置して彼女の仲間たちにそっと頭を下げると、隣でアンブロースがすんと鼻を鳴らした。


「よく言うわ、斬りかかられたら一撃で叩きのめすつもりだっただろう、貴様」

「……まあな」

「全く……いい加減にしろよ、ナタリア」


 アンブロースの発言に、ふっと口元をゆがめる俺だ。正直、あのまま斬りかかってこられたら前脚で即座に叩き潰す算段だった。イバンやマリサの位置からは、俺が僅かに前脚を浮かせるのが見えていただろう。

 ダメ押しとばかりに、倒れ込んだナタリアの背中にイバンが足を乗せる。背中にぐっと体重をかければ、ナタリアの口から僅かに息が漏れた。

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