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第26話 着ぐるみ士、植林する

 全員が魔獣の姿で走るから、速度も速い。出発してから二時間ほどで、俺達はピスコの村に到着、昼の三時くらいには、もう植林の手伝いに入れていた。


「いやぁ、わざわざありがとうございます。激戦でお疲れだったでしょうに」

「いえ……」


 ピスコの村村長のウベルト・ファリネッリがスコップで地面を掘りながら俺に話しかける中、掘っては植え、掘っては植えをものすごいスピードでこなす俺は魔獣語で短く答えた。

 まだ、人間語を話せるようにはなっていない。着ぐるみの内側も狼の頭だ。仕事にまい進するより、他に無いのである。

 俺の代わりに村民とのやり取りを引き受けているリーアが、掘った穴に木の苗を植えながらにっこりと笑った。


「ジュリオとアンブロースさんがここまでやっちゃったから、自分が元に戻すのを手伝わないといけない、って言ってて」

「ありがたい限りです。ここまで広範囲となりますと、村民だけではとてもとても」


 リーアの言葉にそう話しながら、額の汗をぬぐうウベルトである。

 彼を含めピスコの村の住民は、今朝から総出で森の片づけを行っていた。倒されて形が残っている木は村に引き上げて材木や(たきぎ)に、砕けた木屑は地面に混ぜ込んで土壌に。そしてむき出しの地面に木の苗を植えるのだ。

 俺達が到着した頃にも、まだ倒された木の運び出しは終わっていなかったので、三頭総出で木を運び、先程から植林作業に加わったところである。

 巨体の後ろに(すき)を取り付けて、木屑を地面に混ぜ込む仕事を行っていたアンブロースが、一定間隔(かんかく)で苗が植えられた地面を見やった。


「ともあれ、この範囲はこんな感じでよいか」

「はい、問題ありません。あとはあちら側を済ませれば、ここはおしまいでございます」


 アンブロースの言葉に、ウベルトは嬉しそうな顔をして身を起こした。

 今いる区画の植林は、これで三分の二が完了。やってみれば、案外早く終わるものである。

 植林が必要な区画はここを除いてあと五つ。このペースなら、明後日くらいには終わらせられるだろう。


「それにしても、魔狼王様のみならず、雷獣王様までも植林にご協力いただけるとは思いませんでした。普段は我関せずといった様子で、森の奥にこもってらっしゃるのに」


 ウベルトが、脚の爪の間に木屑が挟まったのを取り除いているアンブロースに声をかけると、彼女はすんと鼻を鳴らしながら人間語で答えた。


「たまにはな。私も責任を感じなかったわけではない」

「ははあ……」


 普段は気にすることが無くても、責任を感じないわけではないのだ。存外に理性的なことを言う神獣に、村長は感心したような声を漏らした。

 その様子を苦笑しながら見ていると、いつのまにやら村長の息子二人が俺の着ぐるみにくっついていた。身体にもふっと抱き着きながら、俺の顔を見上げてくる。


「ねーねーまろーおーさま、どうしてしゃべらないの?」

「おこえきかせてー」

「え……えっと、その、今は」


 子供の純粋なまなざしにまごつく俺だ。説明しようにも、魔獣語しか話せないから説明が伝わらない。

 というか魔狼王「()」なのか。俺はもう既にアンブロースと同列の扱いをされているのか。


「こらっ、二人とも、魔狼王様のお仕事の邪魔をするんじゃない」

「「はぁーい」」


 困り果てている俺を見て、ウベルトが子供たちを叱る。俺から両手を話した子供たちに、リーアが屈みこみながら声をかけた。


「あのね、魔狼王様は、雷獣王様との戦いでたくさん力を使われて、疲れているの。魔物が人間の言葉を話すのには力を使うから、今は話せないのよ」

「「そっかー」」


 子供たちはどうやら、リーアの説明に納得したらしい。しかし何だろう、微妙に釈然(しゃくぜん)としないものがある。別に俺は疲れ果てて喋れないというわけではないのだが。


「リーア、俺はそんな、疲れているわけじゃ」

「いーの。そういうことにしておきましょ」

「違いない。力を大いに使ったのは事実だからな」


 しかし俺の小さな主張は、リーアとアンブロースにあっさり返されて終わった。くそう。

 ともあれ、まだまだ作業は続きがある。ウベルトが再び腰をかがめて地面を掘り始めた。


「さて、ここら一帯を植え終えましたら、一旦休憩といたしましょう。もうひと頑張りです」




 その後も掘っては植えを繰り返して一時間ほど。この区画の植林を完全に終えた俺達は、休憩しながらお茶を飲んでいた。

 村民は俺を完全に、フェンリルとして崇めている。着ぐるみをしまって獣人(ファーヒューマン)の姿を晒していても、何か言ってくる人はいなかった。


「でも、アンブロースさんが怒って暴れるたびに植林しないといけないなんて、村の人、大変だねー」


 リーアがお茶を飲みながら屈託(くったく)のない笑顔で言うと、ウベルトが苦笑を返しながらうなずいた。


「お気遣いありがとうございます。しかし雷獣王様がお怒りになることで、村民にも仕事が出来ますからな。むしろ、お離れになった後は森が焼き払われることが無いから、どうしようかと思っているところですよ」

「ほう、それなら残った雷獣どもに命じて、定期的に暴れるようにさせようか」


 そううそぶくアンブロースは、今は小獣転身(しょうじゅうてんしん)を発動させて身体を小さくしている。俺の膝の上に乗っかりながら、にやりと笑って物騒なことを言いだした。

 ピスコボ森林のサンダービーストは、何も全滅したわけではない。アンブロースが離れた後も、いくらかはまだこの森に棲んでいるのだ。

 とはいえ、あくまでもいくらかである。大半は先日の戦闘の際に、俺達が倒して死体も分解してしまった。


「でも、その雷獣も、先日俺たちがほとんど倒しちゃったしな……」


 しょんぼりしながら俺が零すと、アンブロースとリーアが首をかしげながら気にすることでもないように言った。


「心配するな、森の魔力が高まれば、勝手に増える」

「魔物は人間と違って、交尾しなくても土地から生まれてくるからねー。あたしやお兄ちゃん、お姉ちゃんみたいに、パパとママが交尾して生まれてくることもあるけれど」


 二人の言葉に、村民が総じて目を見張った。

 そう、魔物というものは、土地から自然発生的に湧き出すのだ。

 基本的に土地の魔力の高い、森や山、洞窟などの自然の場所に、勝手に湧いてくる。しかし際限なく湧き出すわけではなく、ある程度の数が湧いたらそこで出てこなくなる。

 そうして湧いてきた魔物を冒険者が倒したら、数が減ってまた湧くようになる。上手く回るようになっているのだ。


「ただ、そうだな。先日の私とジュリオの激突で、この森や近隣の土地の魔力の割合が、いくらか変わっている。サンダービーストばかりでなく、ウィンドビーストあたりが生まれだしても、不思議ではないな」

「そうなの?」


 と、アンブロースが足元の地面に視線を落としながら言うと、リーアが不思議そうな顔をして言った。

 ウィンドビーストは突風を操るイタチのような魔物だ。サンダービーストの属性違いとも言える。この森は土地として、そういう魔物が生まれやすい環境なのだろう。

 きょとんとするリーアに、アンブロースがゆっくりと説明を始める。


「人間どもは、人間が勝手に定めた境界で森の名前を分けているが、我々はその土地に根付いた魔力の割合によって、森を区別している。ここまでは光の魔力が強いからピスコボ森林、あっちは風の魔力が強いからジェミト森林、というようにな。だから、繋がっている森でも場所によって生息する魔物が違うのだ」

「そういう仕組みになっていたのか……」


 アンブロースの説明に、俺もリーアも、村民も一様に息を吐き出した。

 魔物の生息域が明確に区切られていることを不思議に思っていたが、そういう理屈だったとは。

 世界の真実の一つを、見た気になった俺たちだった。

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