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96 パーナは普通に仕事がしたい

◆◆



「あぁ~~、疲れたぁ~~、もうお勉強嫌ぁ~~」

 農水省の建物に間借りしてる、農地生産改良室――略して生改室――の部屋に戻って自分の席に着くと同時に、机にぐったりと突っ伏す。


「頑張れよ、元農家の娘」

「精霊魔術師部隊でトロル相手に攻撃魔法をぶっ放してるよりマシ、なんだろ?」

「そうだけどぉ~~」

 からかってくる同僚に、唇を尖らせて抗議する。


「読み書き計算なんて、農家の娘には必要なかったのぉ~~」

 両手両足を伸ばして突っ伏したままバタバタするけど、それが無駄な抵抗だって言うのも分かってる。

 だって、この新設された生改室に転属した以上、書類仕事や税の計算が必須技能だからね。


「同じ農家出身でも、エメル室長と比べてパーナときたら」

「ちょっとぉ~~!」


 さすがにそれは聞き捨てならない。

 ガバッと跳ね起きて、デリカシーのない同僚を軽く睨む。


「なにその『パーナときたら』って! エメル室長がおかしいんだから! 農家出身なのに、読み書きも計算も科学知識も学者以上なのがあり得ないの!」

「そうか、エメル室長に『エメル室長の頭がおかしいってパーナが言ってました』って報告しとくわ」

「ちょ!? ダメダメ! うそうそ、って、あたし『頭がおかしい』なんて言ってないからね!?」

 途端に、みんなしてドッと笑う。

 くっ……弄られてる。


「でもま、エメル室長、マジであの人は別格だわ。比較したり、手本にしたりしたら駄目な人だな」

「だよねぇ~~」

 またしても突っ伏すあたしに、みんなも同意して、うんうん頷いてる。


 この生改室は、エメル室長が王家に働きかけて新設した、肝いりの部署だ。

 ここに所属する二十人全員が精霊魔術師で、エメル室長が応募に際して出した条件が、契約精霊が一体以上いること、だった。


 でもね? 普通、契約精霊って一体だけだから!

 普通そこに『以上』なんて複数を念頭に置いた条件なんて付かないから!

 それ以前に、ただの貧乏農家の次男坊が、王家に働きかけて部署を新設したり、農政改革のプロジェクトを立ち上げたりなんてしないから!


 しかも先日の第二次王都防衛戦でエメル室長とレド君がぶっ放した、超超超巨大ファイアボールの馬鹿みたいな連打!

 契約精霊に乗って飛ぶとか見た事ないから!

 もう本当に、人間業じゃないから!


 最初に面接でエメル室長と会った時に『へえ、あたしと同じ農家出身なんだぁ』って覚えた親近感はもう軽く吹っ飛んじゃって、同僚が言うように比較したらダメな人だって、つくづく思い知らされた。


 目の前を、あたしの契約精霊で火の精霊のドーム君が、元気を出せって慰めてくれるみたいに、ふよふよと漂ってる。


「ありがとうドーム君」

 撫でると、目を細めて喜んでくれる。


 ドーム君は、野良の精霊の大体十数倍くらいの大きさの、火蜥蜴の姿をしてる。

 火の精霊にはこのタイプの姿をさせる人が多くて、みんな個性を出そうと、奇をてらった姿にさせることが多い。

 例えば、全身が炎に包まれてるとか、尻尾の先端に炎を灯してるとか。

 でもドーム君の場合は、極々普通の赤い蜥蜴って姿をしてる。


 だって奇をてらったイメージが浮かばなかったから。

 こういうのは、契約者が愛着を持てればいいんだから、普通でいいの、普通で。


 うん、でも……あたしって、本当は普通より、若干下なんだよね。

 精霊力は多い方じゃないし、コントロールもあんまり得意じゃないから、ファイアボールも直径四メートルギリギリって感じで、八発も撃ったら精霊力が底をつく。


 精霊魔術師部隊の中でも最弱のあたしが、どうして王城陥落時に生き残れたのか。

 運が良かったくらいしか理由が思い付かないけど、正直、あたしには精霊魔術師部隊で攻撃魔法をぶっ放すのって、向いてなかったんだなぁ……そう思ったんだ。


 だから、この生改室の話を聞いて、すぐ転属願いを出したんだけど……。


 精霊魔法を使って作物に合わせた土壌に改良する、そのための訓練をするのはいいんだ、それがメインのお仕事だから。

 でも、読み書き、算数、物理、化学、税の計算、帳簿の付け方、報告書の書き方……全部が全部、ちょっと苦痛だ。

 農家の娘だったのがアドバンテージになってる、農作物についての勉強は、これまでの知識があるし楽しいから平気だけど。

 逆にほとんどの同僚達は、農作物についての勉強の方が大変そうだけどね。


 でも、頑張って勉強したら、あの美味しくて栄養満点の野菜やパンを、どこの農村でも作れるようになって、みんなが喜んでくれて、餓死者が減ってくれるなら、うんざりな勉強だって頑張れる。

 だって面接の時に語られたエメル室長のその理想に、すごく共感したから。


 多分それは、ここにいる同僚全員がそうだと思う。


 あたしと同じ、精霊魔術師部隊からきた人。

 農水省の役人で、安定した仕事と収入を捨ててまで再就職した人。

 王都奪還時に保護された、トロルの奴隷になってた人。


 あんまり話したがらないから、みんな深くは聞かないようにしてるけど、トロルの奴隷になってた人達は、虐げられて重労働をさせられてた事もそうだけど、食べ物でもかなり辛い思いをしてたみたい。

 あの美味しくて栄養満点の野菜やパンが、泣くほど美味しかったみたいだから。


 だから、あたし達の結束は固い。

 みんな同じ夢を抱いて、同じ理想に向かって、毎日努力してるから。


 最初こそ遠慮して話しかけるのも勇気がいったけど、貴族の子弟の人達とも、同じ夢を持つ同僚で仲間だからって、今では当たり前のように軽口を叩けるようになったくらいだし。


 それに、みんなハッキリとは口にしてないけど、密かに小さな野望も持ってる。

 エメル室長に訓練を付けて貰ったら、そのうち二体目の精霊と契約出来るようになるんじゃないか……って。


 かく言うあたしも、風の精霊との契約を狙ってる。

 実は火属性の魔法より、風属性の魔法の方が得意なんだよね。

 でも風属性は攻撃魔法に向いてないって言われてたから、精霊魔術師部隊に入るために火属性を選んだんだ。

 それを後悔してるわけじゃないからいいんだけど、エメル室長に目の前で八体もの契約精霊を連れ歩いてる姿を見せられたら……ねぇ?


『パーナ、何を突っ伏してサボっている』

「ひゃあっ!?」

 突然、脇に金色の精霊が現れて、ビックリして慌てて飛び起きる。


「キ、キリさん!? どうしてここに!? エメル室長も一緒ですか!?」

『いや、我が君はアイゼスオート殿下の護衛だ。そのアイゼスオート殿下の要望で、我が君より指示が下された。それがこれだ』

 一枚の書類が手渡される。


「手分けして先日の農村を回って、作物の育成状況の確認……ですか」

『自分がした仕事の経過を確認しておくことも大事だと、我が君は(おお)せだ』


「あっ、そうですね。実はあたしも、あれからお野菜達がちゃんと育ってるか気になってたんです」

『そうか。ならば丁度いい。育成状況をスケッチしておくようにとあるだろう? 通常の農地の作物の育成状況との比較も必要だから、ここで一番農業に詳しいパーナが、それらを取り纏めて報告するようにとのことだ』

「うっ……あたしが取り纏めてって……」

 書類仕事をたっぷりさせられるってことですよね!?


『確かに伝えたぞ。では自分は我が君の下へ戻る』

 言って、ふっと姿と気配を消すキリさん。


 ふぅ~~……って息を吐いて、身体から力が抜ける。


「契約精霊がお使いって……エメル室長の精霊って、マジでどうなってやがんだか。受け答えなんて、人間と変わらないんだぜ?」


 みんな苦笑する。

 あたしも同じだ。


 ドーム君との意思疎通なんて『げんきだして~』『やっつければいいの~?』『へいきだよ~』『たのしいな~』って感じに、いいとこ赤ちゃんくらいの子犬を飼ってるって感覚なのに。

 誰が言ったか『規格外』って、心からそう思う。


「さて、私もどれだけ育っているか見てみたいし、班ごとに五つの農村をそれぞれ回って報告書の作成としよう」

「副室長、留守番は残さないで平気か?」

「恐らく大丈夫だろう。今は毎日訓練だけで、特別残ってしなくてはならない仕事はない。それに今のところはまだ、間者が忍び込んで書類を漁ろうと、機密が漏れるような内容の物はないからな」

「だなぁ。それによ、エメル室長のことだ。何かあれば最速のロクを飛ばして連絡してくるだろうぜ」


 そんな感じで、班ごとに行く村を決めていく。


 さて、と……。

 これも、やっぱり報告案件……だよね。


 ねえ将軍。


 生改室でやった仕事、エメル室長の動向、などなど、誰にも気付かれないよう逐一詳しく軍部に報告しろって、それってスパイですよね?

 あたしにスパイしろって言ってるんですよね?


 ……バレたらあたし、エメル室長に消されちゃったりしませんか!?

 軍部は王室派に入ったのに、味方のスパイもしなきゃダメなんですか!?

 一人だけみんなのこと裏切ってるみたいで、後ろめたいんですけど!?

 何よりあたし、エメル室長のこと尊敬してるから、裏切りたくないんですけど!?


 これだから貴族って!

 これだから貴族ってぇ~~!



 ちなみに、報告書の提出後、あたし達の業務にスケッチの勉強が増えた。



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