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94 農村にて土壌改良を実践開始 1



 ――第二次王都防衛戦が始まる十日前。



「さあいよいよ農政改革の第一歩、美味しい野菜と穀物の栽培を始めるぞ!」

「「「おー!」」」

 農地生産改良室の二十人全員が、気合いの入った顔で拳を突き上げた。


 利権に絡めて貴族達の頭を押さえられるか、それで俺と姫様とフィーナ姫と三人で結婚するのを認めさせられるか、ここの成否に掛かってるからな。

 俺も否応なしに気合いが入るってもんだ。


 一班につき一台、荷馬車に乗り込んで、王城を出発する。

 目的地は、王都から北に徒歩で一日半ほどの距離にある王家の直轄地。そこの農村の一つだ。


 道中は特にゴブリンや盗賊や魔物、果ては貴族が雇ったゴロツキなんかに襲われることもなく、途中で一晩野営し、朝の早い時間に目的の村へと無事に到着する。

 すでに先触れは出して今日俺達がやってくることは村人達には伝えてたから、村の入り口で村長に出迎えられて、そのまま村の中心の広場へと案内して貰った。


「初めまして、俺はアイゼスオート殿下直属の特務騎士、そして農地生産改良室の室長エメルと言う!」

 広場には、老人から子供まで、動ける村人百数十人が集まってたんで、明るく気合いを入れて挨拶する。


 ただ、俺のテンションとは対照的に、村人達のテンションは低い。

 って言うか、落ち着かない感じで不安そうに俺達の顔色を窺ってる。


 まあ、王家の直轄地だからって、実際に王家の人間が視察に来ることなんて滅多にないのに、普通の騎士とは違う見慣れない服の特務騎士、しかもまだ成人したての若い騎士が突然やってきて、村人全員を広場へと集めたんだもんな。

 そりゃあ何事だって不安にもなるだろう。


 口で安心してとか落ち着いてとか言っても無理だろうし、すぐに本題に入る。

 一応ここでも変に(へりくだ)らないように、横柄や傲慢とは違う、権威を持つ者らしく少し偉そうな態度を心がけて。


「今日はみんなに協力して貰いたいことがあって王都からやって来た。って言っても、アイゼスオート殿下の名前が出た時点で、どうせ拒否できないんだろって思ってると思うけど、協力してくれた村には相応の見返りがちゃんと用意されてるんで、まずは話くらい聞いて欲しい」

 村長を始め、ほとんど村人達が一瞬反抗的な目になったけど、見返りって言ったら、どういうことだって不審そうな顔に変わる。


 もしかして、一方的に命令して『言うことを聞かなきゃ分かってんだろうな』的なことを言われるとでも思ったのかな?

 俺だって彼らと同じ農民……まあ最近は元農民になりつつあるけど、心はまだ農民で平民だから、そんな高圧的な貴族や騎士みたいな事をして、反発を招くような真似をするわけがない。


 協力しなかったらペナルティがあるんじゃなくて、協力したらメリットがあるよ、って提示したことで興味を惹くと同時に、高圧的な態度を取るわけじゃないって態度で示したつもりだけど、少しは伝わってくれたかな?


「どんな見返りがあるか先に知っといた方が熱心に話を聞いてくれると思うんで、まずそれから先に教えるからよく聞くように。この村の税は収穫物の七割だけど――」


 農村にとっては死活問題に直結する税率の話を出して、一瞬溜める。

 大人達の、特に村長の目が真剣味を帯びた。


「――六割にまで軽減する」


 途端に上がるどよめき。


「あ、あの騎士様」

 村長、狼狽えてるな。

「税を上げるという話ではなく、ですか?」


「どうしてそう思ったんだ?」

「それは……」

「別に怒らないんで、教えてくれるかな?」

「王都が大変なことになって……まだトロルが攻めてくると噂が……」

「ああ、なるほど。それで戦費の調達や食糧の確保に、税を上げるぞって言いに特務騎士の俺が来たと思ったわけだ」

 怖ず怖ずと頷く村長。


「協力してくれた見返りなんだから、上がるんじゃなくて下がるで正しいから、心配しないでいい。それも今年一年とかの期限を切ってじゃなくて、この先ずっとだ」

 再び上がるどよめき。


 村人達のほとんどが、ぱあっと表情が明るくなる。

 でも、村長と一部の人達だけが不安そうなまま……いや、不審そうな顔に変わった。


 農村では、人頭税の他に、収穫物の何割って感じに税が掛かってる。

 およそ収穫物の八割前後が平均くらいで、実は七割って低めの設定だ。

 それを六割に下げようって言うんだから、破格の待遇だろう。


 だからこそ、もし突然領主や騎士がやってきてそんなこと言い出したら、当然、俺だって疑って掛かるし警戒もする。

 でも、いくら当然でも、警戒されたままじゃ余計な誤解を生みかねない。


「アイゼスオート殿下はお優しい方だから、協力を無理強いするような真似はされない。だから、どうしても協力出来ないって言うなら、まあ仕方ないんで、この村で協力を仰ぐのは諦めることにする。別の村にも同じ話を持って行くつもりだから、そこが協力してくれればそれでいいんで。もちろん、断ってもペナルティはないから税が上がることはないけど、当然、税が下がる話もなしになるから、よく考えて判断してくれ」


 村人達がざわめいて、どうするかお互いに顔色を窺った後、村長に視線が集まった。

 村長はしばし考え込んだ後、怖ず怖ずと尋ねてくる。


「騎士様、儂らに協力とは、一体なんでしょう?」

 よし、自主的に話を聞く気になってくれたな。

 だって聞くだけならタダだもんな。


「その協力して欲しい事は……って話をする前に、ちょっと早いけど昼飯にしようか」

 振り返って合図を送ると、うちのメンバー達が荷馬車から積み荷を降ろして、村人達の前に並べていく。


「これは……なんて立派な野菜と麦だ……!」

「しかも、美味そうなパンまで……!」


 降ろされた荷物を見て、村長を始め、村人達がみんな驚きの声を上げる。

 この野菜と小麦は、俺がまたトトス村から持って来た物だ。

 パンは当然、うちの村の小麦を使って焼いてある。


「じゃあ昼飯の準備に、この野菜を使ってポトフを作ってみんなに振る舞ってくれ。あ、俺達全員にも。パンはちゃんと人数分あるから、一人一つずつ、これも配ってくれ」


 野菜と一緒に降ろした大鍋を幾つも使って、芋煮会ならぬポトフ会の開催だ。

 村の男達が野菜の皮剥きをして、女の人達が切って煮込んで、年長の子供達が各自の家から取ってきた木皿によそって村人達に配る。そして小さな子供達が、パンを配っていった。

 まあ、俺達に配るときは、子供達はみんな怖々って感じだったけど。


「じゃあみんな食べてどうぞ」

 俺がそう言うより早く、子供達や一部の大人達がもう食べてたけど、まあ固いことは言いっこなしで。


「美味い! なんて美味い野菜だ!」

「野菜の味が濃くて、食べ応えがあるぞ!」

「パンもふわふわでおいしい!」

 うん、村人達には大好評だな。


「こんな農村で適当に作ったただのポトフなのに、やっぱり素材がいいとそれだけで美味いな!」

「大貴族だって滅多に食べられないグレードの野菜とパンをこうして度々食べられるなんて、この仕事の役得だよな!」


 相変わらず、うちのメンバーにも大好評だ。

 がっついて食べる奴、大事に食べる奴、みんなそれぞれだけど、多分数年もすれば、王城に勤めてる人達なら毎食普通に食べられるようになるんじゃないかな。


 そんな感じで昼飯を食べて、程なく、鍋の底に残った野菜の小さな欠片すら奪い合いながら、ポトフもパンも綺麗に完食された。


「みんな腹が膨らんだところで、注目!」

 俺の号令に、雰囲気が柔らかくなった村人達が俺に注目する。


「お腹が膨れて満足したからって、大事な話を忘れて貰っちゃ困るからな。ここからが本題、協力についての話だ」


 そう言えばそうだった、みたいな感じに、村長も大人達も、俺の話にちゃんと耳を傾けてくれる。小さな子供達は……まあ、いいだろう、お腹がくちくなって多少ウトウトしてる子がいても。もっとも、親に叱られて起こされてるけどさ。

 それはさておき。


「協力ってのは他でもない、この村で、今食べた野菜、そして小麦や大麦なんかの穀物を栽培して貰いたい」


 輪をかけて大きなどよめきが上がった。


「つまり、村を挙げてこれら見目良く美味しく栄養満点の野菜と穀物を栽培すれば、税が六割で済む……残りの四割は手元に残って、全部自分達で食べるもよし、行商人に売って生活費に充てるもよし、ってわけだ」


 さらにどよめきが大きくなる。

 何しろ美味しいことずくめだから、誰もが最初感じてた不安とか吹き飛んじゃって、早速やる気になってくれてるみたいだ。


 だけどちょっと待って欲しい。

 当然、美味しい話にはそれ相応の裏がある……って程の事でもないけど、条件くらいはある。


「ただし、三つ条件がある」


 当然の顔でそう言った途端、どよめきがピタリと止まった。


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