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9 戦争の足音

 それは俺が成人した少し後のある日。

 すっかり顔なじみになった、行商人のおじさんから聞いた話だ。



「戦争!?」

「ああ、まだ始まったわけじゃないがね。どうやら隣国が戦争の準備を始めてて、この国に仕掛けてくるんじゃないかって噂が流れてるんだ」


「どこの国が? なんで?」

「隣のトロルの王国、ガンドラルド王国だ。理由は……食料と、人間を奴隷にして連れて行くため、だろうな」

「トロル……奴隷……!?」


 十四歳にして、俺はこの世界の真実を初めて教わった。


 力が正義。

 弱肉強食。


 俺は人間で、この国は人間の国だ。

 だからこの世界には人間しかいない――ゴブリンなんかは知能が低すぎて、野生の獣扱いが世間の常識――って思い込んでたんだけど、どうやらそうじゃないらしい。


 例えば、人族って呼ばれる人間、エルフ、ドワーフ。

 例えば、これら人族とは見た目も知能も文化レベルも全然違う、妖魔族って呼ばれるトロル、オーク。

 それら異種族もそれぞれに国を作って、様々な文化圏を築いてるそうだ。


 そしてどの国も、領土や食料、鉱物資源、さらには異種族を奴隷にするため、しょっちゅう戦争を繰り返してるという。

 しかも同じ人間の国同士ですら戦争することも珍しくないらしくて、同じ種族だから味方だって安易に考えるのは危険みたいだ。


 小国でしかないこの国マイゼル王国が、俺が転生して以降の十四年間、一度も戦争に巻き込まれなかったのは単に運が良かっただけ、そういうことらしい。

 って言うか、この国の名前、今初めて知ったくらい、よくよく考えれば村以外のことを俺はなんにも知らなかった。



 それを聞いて俺は考えた。

 一度は村を出て独立するつもりだったんだし、どうせなら王都へ行って一旗揚げるべきじゃないか?


 だって、俺には鍛えに鍛えた精霊魔法があるんだ。

 こう言っちゃなんだけど、戦争が始まるってんならこれを生かさない手はない。


 分別した精霊力とエネルギー効率で、精霊魔法の威力と持続時間は基本六十四倍。

 体内に溜め込んでる圧縮した精霊力は普通の人の数十倍以上。

 消費した精霊力も、数倍から十倍の高効率で自然回復が可能。


 契約精霊の持つエネルギーは野良の精霊の優に数千倍以上。

 そんな契約精霊が通常は一体のところを、しかも一般的に知られてる六属性だけじゃなく、秘密の二属性を含めた八属性で八体。


 この国の兵士や精霊魔術師になれば、大活躍して出世間違いなしだろう。

 本職の兵士や精霊魔術師がどのくらい強いのか全然知らないから、さすがに最強を豪語するつもりはないけど、そこらの精霊魔術師なんて目じゃないはずだ。

 精霊魔法が使えなかったり、使えても少々使えるって程度の雑兵相手なら、多分、数千人規模の部隊を相手取っても余裕で蹴散らせると思う。


 肉体改造のおかげで、もはや人間をやめてアニメやゲームの主人公かって自分でも突っ込みたいくらいだから、多少攻撃を食らっても生き残れる自信あるし。

 手足の一本や二本吹っ飛んでも、生命の精霊ユニが再生してくれるし。


 大活躍したら富も名声も思うがまま、それこそ英雄扱いで女の子達からキャーキャー言われて、選り取り見取りでお嫁さんを選べるんじゃないか?


 うん、『立身出世、貧乏脱出、お嫁さん探し』にこれ以上手っ取り早い手はない。


 この国の平和を守るのは、ひいては家族と村の平和な暮らしを守るってことだし。

 何より、俺達家族から食料や財産はおろか命まで奪っていこうって連中相手に、なんの遠慮や躊躇いがいるんだって話だよ。

 ここは力が正義で弱肉強食、奪われたくなければ奪うしかない、守りたければ戦うしかない、人権なんて概念すらない、そういう世界なんだから。


 それにさ。

 もし無理って思ったら尻尾巻いて逃げればいいんだから、気楽なもんだよ。


 そもそも、そこまで命懸けたいわけじゃないし?

 負け犬とか臆病者とか呼ばれても屁でもないし?

 帰る場所も、愛すべき家族もいるんだし?


 俺はまだ、今世の家族とさよならしたくない。

 だから、変に構えずさくっと挑戦してみればいいさ。





 攻撃魔法のバリエーションを増やしたり、契約精霊達と連携の練習をしたり、いざというときに死んだふりや逃げ隠れして生き延びる練習をしたりしてた、そんなある日。


 遂に開戦したって話がこの村にも届いた。

 教えてくれたのは、戦争の準備のためにいつも以上に大量の食料を買い集めてた、行商人のおじさんだ。


「もう開戦したの!? 間違いじゃなく? だってまだ準備してる途中で、募兵(ぼへい)が始まったばかりだよね?」

「どうやら宣戦布告もなしの、夜襲による不意打ちで開戦したらしいんだ。おかげで南の辺境伯の部隊は総崩れだそうだ」


 この国、マイゼル王国は小国だ。

 だから国土は狭い。

 とはいえ、端から端まで噂が流れてくるにはかなりの日数がかかる。


 仕掛けてきたのは、南に国境を接するトロルのガンドラルド王国。

 俺達の村、トトス村があるのは、国の北方、ディーター侯爵領の片隅だ。


 辺境伯と言えば国境を守る要の貴族。

 その部隊が総崩れって噂がようやく北方に届いたってことは、それってゆうに十日以上前の話になるはず。

 ってことはだ、順調に進軍されてたら、中央にある王都がすでに危ないことになってる可能性もあるわけだ。


 万が一王都が陥落したらこの国は崩壊。他の国もここぞとばかりに領土的野心を剥き出しにして攻め込んでくるよな、絶対。

 ましてやこの村が戦場になって、みんなが殺されでもしたら……ゾッとしない。

 そんなことになったら俺、残りの人生の全てを費やして復讐の破壊神になる自信あるぞ。


 もちろん、もっと早く防衛ラインを敷いて進軍を食い止めてたり、押し返してる可能性だってある。


 戦況を判断するのは、こんな田舎の村にいたら不可能だな。

 頭では分かってたつもりだけど、電話はおろかネット環境もないと、こうまで不便だったなんて。


「坊や、どうしたんだい? もしかして怖くなったかな? 大丈夫、王様達がなんとかしてくれるよ。こんな北の方にまでトロルが攻めてくることはないさ」


 行商人のおじさんは気楽に笑うけど、俺としては笑ってる場合じゃなさそうだ。

 戦況が良い方に転んでても、悪い方に転んでても、もう残り時間はあまりないかも知れない。

 よし、急いで旅支度を整えて、すぐにでも出発しよう。



「やだやだエメ兄ちゃん行っちゃやだ~!」

 俺にしがみついて大泣きするエフメラ。

 エフメラがあんまりにも駄々をこねて大泣きするもんだから、釣られてプリメラまでわんわん泣いちゃってる。


 そんなプリメラを抱っこしてあやしてるお父さんと、エフメラを宥めるお母さん。

 二人とも、すごく心配そうな顔だ。


「家を出て独立すんのはいいけど、だからってわざわざ戦争に首を突っ込むか? やっぱオレにはお前の頭ん中は理解出来そうにないな」

 呆れたように兄ちゃんが言うけど、それも心配してくれてのことだろう、多分。


「ほら、俺、強いから大丈夫だよ。がっつり出世して、たっぷり稼いだら、仕送りするからさ」

「もう仕送りなんてこと考えなくていいのよ。これまで村や家族のために頑張ってくれてたんだから、これからはエメルの好きに生きていいのよ。とは言え、戦争に行くだなんてやっぱり心配だわ」

「王都に着いたら、もう勝って終わってましたってこともあるし、そん時は一度帰ってくるよ」


「小さい頃から物怖じしない子だったが、戦争にまで物怖じしないとは……俺はお前の育て方を間違えたんだろうか?」

「もう、お父さんってば大げさだな。怖かったり危なかったりしたら、国とか他のこととか知ったことかって放り出して逃げ帰ってくるさ」


 大事な家族だから、俺に八体の契約精霊がいることは話してるし、その姿を見せてもいる。

 おかげで、今生の別れで泣き崩れるってほど心配をかけずに済んで、俺としても物見遊山半分で気楽に出立できるってもんだ。


「だから大丈夫、エフメラも安心していい子でお留守番しててくれ」

 最初は自分も一緒に行くって聞かなかったからなぁ。

 ブラコン妹、可愛すぎ!


「エメ兄ちゃんが戦争で死んじゃうの嫌だけど、活躍したらモテちゃって、他にお嫁さんを見つけちゃうのもやだ。エメ兄ちゃんのお嫁さんはエフなのに」

 そういう心配もしてるのか。

 うーん、さすがにちょっと溺愛し過ぎたか?


「分かった分かった、じゃあエフメラが十四歳になってまだ兄ちゃんと結婚したかったら、そんとき改めてまた考えよう」

 まあ、本来こういうのは麻疹(はしか)みたいなもんで、時間が経てば自然と落ち着くもんだって言うしな。


 そもそも十一歳にもなってもまだ『お兄ちゃんのお嫁さんになる』って言ってること自体がレアケースなんだ。

 あと三年もあるし、これから離れて暮らすことになるわけだから、さすがに十四歳になって成人する頃には、エフメラもちょっとは大人になって落ち着いてるだろう。


「そんな無責任なこと言って、エフメラちゃんが本気にしたらどうするの?」

 ハンナちゃんが苦笑して、お父さんもお母さんも兄ちゃんも、同じように苦笑する。

 だから『いくらなんでもそんなわけないよ』って、肩を竦めて笑おうと――


「約束だよ? 約束だからね? エフが十四歳になって大人になったら、エメ兄ちゃん、お嫁さんにしてね?」


 ――したんだけど、そう言って俺を見上げてきた目が……あれ? ガチ?


 もしかして俺……余計なフラグを立てたんじゃ……。

 いやいや、気のせい気のせい。


「じゃあ、ちょっと行ってさくっと活躍して、ぱぱっと出世してくる」



 こうして俺は愛する家族と別れて村を出て、一路王都を目指したのだった。



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