89 初めての部下
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――第二次王都防衛戦が始まる二十六日前。
面接から三日後、大急ぎで人事異動や引っ越しなんかを済ませて貰って、採用した二十人、つまりは俺の初めての部下を全員、王城の一角にある剥き出しの土が放置されて荒れ放題になってる区画の前に集めて、初顔合わせする。
「改めて、王家直属特殊戦術精霊魔術騎士団即応遊撃隊所属特務騎士エメルだ。今日からは、みんなに所属して貰う農地生産改良室の室長に就任したわけだけど、俺の事はエメルでもなんでも好きに呼んでくれ」
ふぅ……噛まずに一気に言えた。
だってさ……やばいってこれ! 滅茶苦茶緊張するんだけど!?
これまで会議に参加したところで俺にはなんの責任もなかったし、姫様やフィーナ姫を貶めようって連中に言い返してるだけだったから、人前だろうが貴族相手だろうが、気楽に言いたい放題言えてたんだ。
でも、役職が付いて部下が……ってなると、全然別物だよ!
前世じゃバイトリーダーはおろか、学級委員長すらしたことないんだぞ!?
面接の時は一対一だったし、味方や協力者を見極めるって重要な場面だったから、緊張しててもなんとかこなしたけどさ。
こうして全員集めて改めて見たら、全員二十代、三十代、四十代の年上ばかりって!
しかも全員、前にちゃんと仕事を持って働いてた社会人なわけだし、それをまだ十四の、村から出てきて三ヶ月程度の俺が上司になってまとめろって、どんな無茶ぶりだって話だよ!
ふぅ……。
でも、やるしかないんだよな。
上手くやれる自信なんて全然ないけど、やらなかったら、姫様とフィーナ姫との結婚が遠のいちゃうんだ。
だったら、開き直ってやるしかないだろう。
ともかく部署のリーダーっぽく、変に謙らないようにって事前に色んな人から言われたとおり、多少らしくなくてもそれを意識しながら話す。
「あ~~、ゴホン! 年下で平民の、それもなんの実績もない俺に、あれこれ指示されるのは内心面白くないと思う。だけど、この顔合わせはそれを払拭する意味もあるんで、結論を出すのはこの顔合わせが終わってからにして欲しい」
全員を見回すと、俺が年下で平民だからって、軽く見てる様子はない。
一応、俺が年下だからってあからさまに舐め腐った態度を取った奴や、平民だからって見下して馬鹿にしてきた奴は、全員面接で落としてやった。
横暴と思うなかれ。
そういう奴は絶対に、指示に従わなかったり適当な仕事をしたりして、統率を乱したり反抗したりで仕事に支障が出るのは火を見るより明らかだ。
せっかくやる気を持って集まってくれた人達ばかりなんだから、そんな奴らのせいでモチベーションを下げられて、成果が出なかったらたまったもんじゃない。
その点、面接で合格した彼ら彼女らは、そんな態度を取らない人達ばかりだ。
でも、それと信頼関係の醸成は別の話だ。
だから、俺は『力』を示し、実績を上げて、彼ら彼女らの上に立つに足る人物だって、評価と信頼を勝ち取らないといけない。
「同じ部隊や省で働いてた人達は顔見知りかも知れないけど、初対面の人も多いだろうから、名前と元の所属と、面接の時に聞かせてくれた意気込みを、そっちの端から一人ずつ順番に自己紹介していってくれ」
ともあれ、アニメなんかで定番のクラスでの自己紹介シーンよろしく挨拶して貰う。
ここに集まったのは、予定通り、精霊魔術師部隊、農水省の役人、トロルに奴隷にされてた人達ばかりだ。
面接で一番意欲的だったのが、農水省の役人達だった。
「書類仕事ばかりで、せっかく水の精霊と契約したのに喉が渇いたらコップに水を入れるくらいしか使い道がないなんて、宝の持ち腐れでしょう? もっと精霊を活躍させて、現場で農業を発展させる仕事がしたかったんですよ」
「栄養価の高い作物の栽培、なんて魅力的な話なんだ! 餓死者が減って労働力が増えれば、さらに食料生産が増やせて、治水事業にも力を入れられる。それに自分の精霊が役立つなんて、こんな心躍る仕事はそうそうない!」
こんな感じで、仕事にすごく熱意を持って取り組んでくれそうだったんだ。
次に意欲的だったのが、精霊魔術師部隊の人達だ。
「殺伐とした殺し合いはもうたくさんなんだ。せっかく生き残れたんだから、この命をもっと意義あることに使いたいと思ってね」
「えっとぉ~~、あたし、この前の王都防衛戦が初陣で、こんなこと言うと笑われちゃうかも知れないけど、もう本当に怖くて怖くてたまらなくて、戦うの向いてなかったんだなぁって……それで実家が農家だし平和にのんびり土いじりがしたいなぁって」
とまあ、戦うことに疲れたり、怖くてもう嫌だったり、って言うのが、ほとんどの人の理由だった。
「今度結婚するんで、彼女から兵士の仕事は辞めてくれって泣きつかれちゃって」
中には、こんな人もいたけどね。
対して、意欲が違った方向を向いてたのが、トロルに奴隷にされてた人達だ。
「トロルどもから解放してくれて、とても感謝してるよ。そんな君に恩を返すために応募させて貰ったんだ」
「祖国に戻っても、もう俺の居場所はないだろう……だから救ってくれたこの国と君の役に立てる仕事をさせて欲しい」
こういう人が一定数いて、くすぐったいやら照れるやら。
感謝してくれるのは嬉しいけど、そこまで大げさに恩義を感じなくてもいいんだけどね。
とまあこんな感じの面接で、今もその思いを語ってくれてる。
他の人の意気込みを聞いて、なるほど、分かる分かる、みたいな感じに、共感できる部分があったのか、早くも仲間意識が出来つつあるみたいで、いい感じだ。
そうして一通り自己紹介が終わったところで、表情を改めて咳払いする。
「知っての通り、この部署は王家主導の事業を行う重要な部署で、仕事を通して知り得る情報の多くは機密情報になる。ゆくゆくはその機密を解除して、広く一般にも知れ渡るようにしたいって思ってるけど、今はまだ時期尚早なんで、みんなには十分注意して貰いたい」
仲間意識が出来つつあるところで、さらに機密情報を共有する仕事仲間って事で、みんな頷いてくれる。
「とはいえ、薄々感づいてる人もいると思うけど、この事業は大きな利権を生む。だから、いずれ貴族達の妨害工作や商人達の横槍なんかが入る可能性が高い。俺も十分に気を付けて極力排除するように立ち回るけど、みんなもそれぞれ気を付けて欲しい。特に、機密情報を迂闊に口にすると、それを聞いた人は貴族達や商人達に狙われる危険もあるから、たとえ相手が家族であっても、軽々しく業務内容を漏らしたりしないように」
貴族家出身って人達は当然だって顔をしてるけど、平民出身の人達は確かにそうだって顔で気を引き締めたみたいだ。
それから、貴族家出身の人達が、わずかに周囲に立つ人達に視線を走らせた。
「でも、この部署のメンバー相手ならどんな情報を話しても大丈夫。むしろ、どんどん積極的に共有して欲しい。そういう貴族や商人の息が掛かった工作員は、厳重な調査の上、全員面接で落としたから、ここにいるのは信用出来る人達ばかりだ」
ほっと空気が緩んだ。
お互いに顔を見合わせて苦笑したり、胸を撫で下ろしたりしてる。
特に貴族家出身の人達が。
貴族社会の闇を知ってる人達にしてみれば、誰が敵で誰が味方か分からなくて、腹の探り合いをしながら仕事をするのは辛いだろうから、初っ端で安全なのを保障して良かったみたいだ。
「この部署の目的は、募集時や面接時にも説明したんで詳細は割愛するとして、言葉だけだと実感出来ない人もいると思うから、実際に見て貰おうと思う。こっちに注目」
今回は、メリザさんがわざわざアシスタントを買って出てくれて、俺の合図に、俺の横にセッティングされてたテーブルの上にかけられてた布をさっと取り払う。
布の下から現れたのは、二種類の野菜だ。
片方は、トトス村で作ってるグレードの高い野菜。
もう片方は、他の農村で普通に作ってる、見た目も味も悪くて栄養価も低い、グレードの低い野菜だ。
まず、グレードの低い野菜を手に取って、みんなによく見えるように差し出す。
「これは、発育不良とかじゃなくて、普通に育てた上で普段平民が食べてる奴だ」
途端に、一部の人達がざわつく。
「そんな半分しなびたみたいな?」
「不味そうだな……」
「あんなの食っても力が出ないだろう」
特に精霊魔術師部隊の人の動揺が大きい。
兵士は士気に関わるから優先的にいい物食べてただろうし、役人達はそこそこ給料貰ってるだろうから、いい物を食べてたはずだ。
貴族の子弟からしてみれば、自分達が口にするような物じゃないって思ったんじゃないかな。
「こんなんでも、貧しい農村だったら食べられるだけマシで、ちょっと不作になったらこんな野菜も食べられなくて、バタバタ餓死するから」
知識として知ってはいただろうけど、現物を見せられながらだと、より想像しやすかったはず。
平民出身やトロルに奴隷にされてた人達は身につまされるのか、苦い顔だ。
「なんでこんな見た目も味も悪くて栄養価も低い、そんな野菜を育ててると思う? これは別に品種が悪いとか、育ててる農民が悪いってわけじゃない。マイゼル王国の多くの土地が痩せてて、品質がいい作物を栽培できる土地が限られてるからなんだ」
だから、肥沃な大地を持つ近隣の大国から、穀物や根野菜なんかの長距離輸送が可能な物を輸入してるってわけだ。主に、貴族や金持ちのために。
そしてマイゼル王国で収穫される数少ない品質のいい物も、やっぱり一般市民の口にはなかなか入らない。
「俺がみんなを集めたのは、それをなんとかするためだ」
その一言に、みんなの顔つきが変わった。
トトス村で作ってるグレードの高い野菜を手に取る。
「そのための魔法もすでに開発済みだ。そうして育てた野菜が、これだ。つまり、その魔法を使えば、マイゼル王国は肥沃な大地に変わり、大国の輸入品に負けない素晴らしい作物が育てられるようになる。みんなにその魔法を教えるから、是非それを使いこなせるようになって欲しい」
どよめきが上がる。
それからメリザさんに頼んで、それぞれの野菜で作った野菜たっぷりのクリームシチューを給仕して貰って、みんなに食べ比べて貰った。
「すごい……美味しい!」
「美味い! なんて美味いんだ!」
「それに比べて……ここまで違うとは……」
自分達が何をするために集められたのか、本当の意味で理解してくれたと思う。
食器を回収して、整列して貰ったところで、これまでより声を大きくして身振り手振りを交えながら訴えかける。
「今はガンドラルド王国と戦争中だ。そのせいで、貧しい農民が民兵として集められて戦い大勢死んでしまったから、一部の地域では働き手が不足して、食料生産量がガタ落ちしてる状況だ。しかも、一度王都が陥落したことで経済的なダメージもかなり出たから、中央は王都の再建が急務のため地方に援助する余裕はあまりないし、食料の輸入もこれまで通りにいけるかどうかも分からない。だからこんな野菜すらも市場で高騰しかねない上、さらに戦いが続いて兵糧として集められたら、なおのこと不足するのは明らかだ」
元農水省の役人達が頷く。
平民にはちょっと難しいと思うから、理解を待って、言葉を続ける。
「もしこれに不作が重なったら、餓死者が大勢出かねない。それでも多くの貴族達が厳しく税を取り立てるだろう。結果、貧しい人達が食い詰めて盗賊になって、なけなしの食料を奪い合ったり、欲の皮が突っ張った貴族や商人達が民を顧みず、買い占め高騰させて私腹を肥やそうとしたりするかも知れない」
過去にはそういう事例も多くあっただろうから、みんな納得顔だ。
貴族の子弟にとっては貴族批判に聞こえたのか、ちょっと渋い顔をしてるけど。
「そんなことになったら、さらに大きく混乱して国が疲弊するのは確実で、その状況を周辺の大国が黙って見逃すとは思えない。それら大国に対抗するため、さらに民兵と兵糧が集められて……負のスパイラルに陥る。我が国はそんな予断を許さない状況だって事を覚えといて欲しい」
しんと静まり返る。
ほとんどの人が、そこまでの話だとは思ってなかったんだろう。
将来起こりうる危機、その不安を多少なりとも感じてくれたはずだ。
「でも、そんなことは俺がさせない。農地を改良し、食料の生産量を上げるその先には、この国と民の未来が掛かってるんだ。だから王家の名の下に、みんなは集められた。各自それを自覚して職務に励んで欲しい」
「「「はい!」」」
うん、みんな顔を引き締めていい返事だ。
自分達の仕事が、この国に、民に、どんな形で貢献する事になるのか、これで目的意識も共有できたと思う。